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2016年4月、日本のシステムキッチンメーカーであるクリナップが、世界最大級の家電見本市「ミラノサローネ2016」と同時開催の「ミラノ・デザインウィーク」に、「DAIDOCORO 2016」という名のコンセプトモデルを出展した。

"日本の食文化を世界に発信する"という目的のもと、同社としては2014年に次ぐ2回目の出展となったが、キッチンとダイニング、リビングを融合させた従来にはない発想のプロダクトで注目を集めた。

今回はそのコンセプトモデルのプロジェクトの中心となった同社 開発本部開発1部デザイン課主任の間辺慎一郎氏に、開発に至った経緯をはじめ、コンセプトモデルに込められた思いや制作過程における秘話を伺った。

○LDKをひとつに重ねた「DAIDOCORO 2016」

「DAIDOCORO 2016」と名付けられたコンセプトモデルは、ひと言で説明するとしたら、LDK(リビング・ダイニング・キッチン)という食にまつわる空間を、"キッチン"という形で1つに重ねたようなプロダクトだ。従来はそれぞれ個別に存在していたものを1つに融合させて、「リビングの真ん中に置いてもらうことをイメージした」と間辺氏。

クリナップでは2014年にも「FURUMAU」と「CONVINO」という2つのコンセプトキッチンを発表しているが、それぞれ"つくる""食べる"という発想から生み出されたものであるのに対して、今回は"くつろぐ"の要素を加えたという。

「前回の"DAIDOCORO"のコンセプトを引き継ぎ、未来のキッチンとしながらも、当社が培ってきた技術を生かすこと。そして日本の食・住文化を少しでも発信できるものをと考えた時、囲炉裏という日本伝統の台所文化に思い当たりました。家族が集まり、調理をしながら食事をし、くつろぐ空間は日本独自の食・住空間です。これを今、そして未来に受け継ぎ新しい型として発信するには?と突き詰めて考えていきました。」

そんな中、間辺氏が強く意識したのが"重なり"。「プロジェクトが始まった時、結婚したばかりだったのですが、リビングでくつろいでいる時にキッチンで料理をしている妻の顔が見えないなとふと思いました。妻のほうも、私の背中しか見えない。そこで、料理をする人と食事をする人、くつろぐ人全員の視線が合うようにしよう……ということでコンセプトが固まっていきました。そこで導き出されたのがLDK空間と視線を"LDK空間と視線を"重ねる""というテーマです」と出発点を明かす。

○「重ねる」ことでコンセプトを実現

次に検討された課題が、"重ねる"というテーマをどのように表現していくか。視線を重ねるために欠かせない要素は"高さ"だ。

「キッチンやダイニングテーブルの高さは、日本人の体型を基準にだいたい決まっています。調理作業をするキッチンは、椅子を使うダイニングテーブルより10〜15センチほど高い。そうすると、どうしても視線が合わなくなってしまうので、高さをどう組み合わせるかというアイディア出しでかなり試行錯誤しました。この流れで座りながら調理をすることを新しく提案し、それに適した調理台と椅子の高さを検討しました。ただ、これをどのように一体感を持たせ、デザインするかが思案のしどころでした」と間辺氏。

視線を"重ねる"高さの課題を解決するために採用されたのは、複数の板を積み重ねていく"積層構造"だ。一枚のステンレス天板を用いる案もあったが、優れたステンレス加工技術を持つメーカーとしても知られる同社がこの手法を取らなかったのは、空間としての"くつろぎ"を意識したためだという。

「もちろんステンレス加工の技術力を見せたいという思いはありますが、まずそれぞれのシーンにあった素材を使うことが大切だと思いました。料理を楽しむためのステンレス。暖かみがあり会話の弾む天然木。高級感がありながらゆったりくつろげる人工大理石…。高さだけでは無く素材にもバリエーションを持たせ、一体化するためにも、この"重ねる"という構造が最適でした」

間辺氏が明かしたように「DAIDOCORO 2016」の積層構造では、ステンレスをはじめ、天然木の屋久杉、人工大理石、京友禅着物の柄付技法による塗り物など表面加工技術が施された複数の素材で構成されているのも特筆すべきポイント。それ自体がまさに日本の伝統文化の表現ともいうべき特徴で、ミラノにおける展示でも来場者の目を惹きつけていたとのことだ。

○ミラノでの反応は?

「ミラノサローネの現場では、作業性やデザイン性を進化させたカッコいい、近未来的なキッチンは溢れているんです。同じようなジャンルにとらわれてしまっても、弊社が発信したいものとはつながらないのかな、と。なので、今回のコンセプトモデルではライフスタイルとしての台所の提案を第一としたのですが、とても好評でした。特にヨーロッパでは、囲炉裏や鍋を囲むというのは新鮮だったようです。『社会性をもたらすキッチンだ』との声をいただけたのがうれしかったです」

「また、日本のエッセンスとして伝統柄などを取り入れました。意外だったのは、テーブルカウンターに用いた"麻の葉"や京友禅、コンセプトでもある"囲炉裏"そのものを、会場を訪れた一般のイタリア人の方で知っている人が多かったことですね。"JAPAN"というブランドは思っている以上に浸透しているのだと感じました」と、展示当時の現地の反応を振り返った。

○囲炉裏の再現は「挑戦」だった

「DAIDOCORO 2016」では、日本の囲炉裏を再現したIHヒーターや下側のフードから蒸気を吸い込む換気扇、キッチンシンクの水道蛇口が外から見えないように中に内側に収めた水栓など、技術的にも新たな試みが盛り込まれている。

間辺氏によると、「せっかくなので、販売モデルの開発ではできないことにチャレンジしました。製品化となれば、工業規格や法律など多くの壁がありますから」としながらも、「まずはこういう提案をしなければ何事も進んでいきませんから」と、「DAIDOCORO 2016」のプロジェクトとミラノでの出展の意義を語る。

○コンセプトモデルだからこその苦労も

「アイディアを出して、試作をして……という開発プロセスそのものは、通常の製品開発とほぼ同じ流れでした。しかし、通常は販売モデルという枠組みがあり、量産技術の下地の上にプラスしていく考え方で進めていくのですが、今回のコンセプトモデルの場合はチャレンジしたいアイデアに対して、追って作り方を考えていくという流れなので、コンセプトモデルならではの苦労もありました」

さらに、このモデルにはコンセプトモデルならではの挑戦もあった。たとえば、くつろぎながら食事ができる大理石のリビングテーブルには、繊細な麻の葉があしらわれている。「この模様は、プリント加工ではなく職人さんが1つ1つ削った異なる色のピースをはめ込んでいるんです。これを量産化するとなると、工程をどれだけ減らせるかなど、生産性のハードルがものすごく高くなります」(間辺氏)

また、このほかにも、シンク前の「ふるまいカウンター」にはエッチングを施したステンレスと、漆器をイメージした深い彩色で、麻の葉の柄が浮かび上がるようにデザインされている。これも現状では職人の腕に支えられている部分だ。

ミラノサローネの家具見本市という性質、そしてコンセプトモデルでありながら利用シーンが具体的に示されたDAIDOCOROには、買い付けのオファーが複数あったという。「だからこそ、今回実現できた製造技術を今後にどう生かしていくかが課題になる」と間辺氏は語る。

最後に今回のプロジェクトを振り返り、「実使用を想定していますが、コンセプトモデルということでデザインを重視した点もありました。例えば、ルーバーの部分。ミラノでは好評でしたが、11月に日本でお披露目した際に日本の方からは"掃除がしにくそう"といった評価を多く受けました。想定はしていましたが」と間辺氏はほほえむ。「逆に言えば、日本の方のほうがコンセプトモデルとはいえ、より現実的に捉えてくださったのかなと思います。"未来のキッチン"として提案したものが、ここまで現実的にとらえていただけたのは自信にもなりますし、、今後さらに新しい発想へチャレンジする原動力にもなります次回以降の参考にしたいと思います」と評価を総括した。

日本の台所文化を"キッチン"というかたちで表現して世界に向けて発信を続けるクリナップ。「DAIDOCORO 2016」はもはやプロダクトデザインというよりも、建築デザインやライフスタイル、家族のあり方の再デザインと言ってもよいほどだと感じられる。同社の今後の展開に注目したい。

(神野恵美)