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●あのデザイナーが手がけたクルーズ船
徳川3代将軍・家光は、自らの威光を示すためなのか、それとも純粋に遊行するためなのか「御座船」を建造させた。そして造られたのが「天地丸」「安宅丸」。その安宅丸の名を継ぐクルーズ船が御座船「安宅丸」だ。

この御座船安宅丸に乗船し、東京湾クルーズを体験する機会があった。

実はこの御座船安宅丸は、進水年月が昭和61年5月、就航年月が昭和61年7月と、30年ほどの年月が経過しており真新しいものではない。だが、同船を管理する両備ホールディングスがメディアを招待してまで、御座船安宅丸による東京湾周遊を行ったのにはワケがある。 それは、同船のリニューアルを大幅に行ったからだ。

○両備グループデザイン顧問の水戸岡氏

そして、このリニューアル・デザインを監修したのが水戸岡鋭治氏だ。水戸岡氏といえば日本を代表するインダストリアル・デザイナーで、JR九州の車両デザインで有名。日本初のクルーズ・トレイン「ななつ星in九州」のデザインを手がけたといえば、ピンとくる方も多いのではないだろうか。

その水戸岡氏が、なぜ御座船安宅丸のデザインを手がけたのか。ハナシは簡単だ。JR九州のデザイン顧問のほか、両備グループのデザイン顧問を引き受けているからだ。ちなみに“両備”とは、その名のとおり「備前」「備中」、つまり岡山県に由来する。そして、水戸岡氏は、九州のイメージが強いが、岡山県出身。氏が両備グループのデザイン顧問に就任したのは、至極自然な流れだ。

●瀬戸内海から東京湾へ廻送
さて、この両備グループだが、全国に存在感を強めている。

もちろん同社の収益の基盤となるのは岡山県で、「岡山電気軌道」をはじめ、バス、タクシー、そして瀬戸内海のフェリーなどを運営する。それだけでなく、和歌山電鐵をグループ化。ネコの駅長「タマ」で一躍名をはせた鉄道だ。タマ駅長だけでなく、水戸岡氏が手がけた「いちご電車」でも知られている。

さらに今年に入ってから、東京と大阪を結ぶ完全個室の深夜高速バス「ドリームスリーパー 供廚鯑各。多くのメディアに採り上げられた。

余談だが、筆者はこのドリームスリーパー 兇瞭睛会の際、両備グループ代表 兼 CEO 小嶋光信氏に「ドリームスリーパーは流行の豪華列車を意識しているのか」と問いかけたが、その答えは「意識していません」というものだった。だが、豪華絢爛な安宅丸の内装をみせられて、やはり同社は“豪華路線”を模索しているのではないかと思えた。

○大型客船を造船

さて、両備グループが岡山県や瀬戸内海以外にも存在感を強めていると前述したが、安宅丸もその表れといえる。というのも、この安宅丸は「御座船 備州」として、瀬戸内海を中心に西日本でのクルージングに用いられてきた。

それが、7年前に東京湾に廻送。そして現在、東京湾唯一の“和船風大型クルーズ船”として活躍している。岡山県や瀬戸内海以外でも、両備グループが進出している、その象徴ともいえるのではないだろうか。

さて、両備ホールディングス CEO 小嶋氏によると「30年経ったとはいえ、まだ安宅丸は現役。あと20年は運行できる」とはなした。そして、8〜9,000トンクラスの客船を建造中であることも明かした。

安宅丸自体が486トン、総長49.7メートルだ。それに比べると、桁違いに大型な客船となる。小嶋CEOによると、なんとか2020年東京五輪までに、造船および艤装をまにあわせたいというが、ハナシを聞いてみると、どうやら五輪の年からずれ込みそうだ。

家光の時代に造船された御座船だが、安宅丸は維持費などの問題で解体されたが、天地丸はその後も残った。だが、幕末を迎えた際に、来港した“黒船”の偉容に幕府はあらがえないと判断し、廃止された。

(並木秀一)