ニトリHD似鳥昭雄会長。米のチェーンストアをお手本にした。

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イノベーションを起こすビジネスの多くが、模倣から生まれています。クロネコヤマトの宅急便を立ち上げた小倉昌男氏は、牛丼の吉野家から、「取り扱う荷物を絞り込む」というアイデアを思いつきました。セブン−イレブンの生みの親、鈴木敏文氏は、米国へ視察に行き、セブン−イレブンの看板を見たときに「日本の零細小売店を救う業態はこれだ」と直感し、業務提携を進めました。このように、優れたビジネスの多くは模倣から生まれているといっても過言ではありません。その一方で、他社のビジネスを模倣しながら、うまくいかないケースも少なくありません。その違いはどこにあるのでしょうか。

模倣が失敗する原因を整理すると、次の4つを挙げることができます。

1つ目は、「お手本を見誤る」ことです。同業のライバル社など、自社と近い世界の会社をお手本にした場合、模倣が仮に成功しても、ビジネスはお手本の会社と似たものになり、成長やイノベーションにはなかなかつながりません。逆に、目立った成功ばかりに目を向け、自社とあまりに違うものをお手本とした場合もうまくいきません。

お手本を見誤らないためには、ライバル社や目立った成功企業など、すぐ頭に思い浮かぶものをお手本とするのではなく、遠い世界で構造(ビジネスモデル)が類似した先行者を探す「探索力」が必要です。同業種なら海外、国内なら異業種に目を向けるのです。

例えば、大手アパレルメーカーのワールドは、松下電器産業(現・パナソニック)のナショナルショップを参考に系列販売店網を築きました。その松下が参考にしたのは資生堂でした。この3社に共通するのは、「説明なしには使えない」商品だったということです。それぞれの時代背景から、資生堂は化粧品の使い方を、松下電器は電化製品の使い方を、ワールドは服装のトータルコーディネートを、消費者に説明して販売する必要がありました。異業種の中に類似点を発見したのです。

サイゼリヤ創業者の正垣泰彦氏は、「紳士服チェーンや百円ショップなど、気になったところは何でも見に行きます。料理と違って、経営の仕組みはどの業界からも学べます。むしろ、飲食とは全く異なる業界のほうが、固定観念を持たずに見られる分、ヒントを見つけやすい」(「日経ベンチャー」2008年7月1日号)と述べています。

2つ目は、「上っ面を真似ようとする」ことです。これには、「他社観察」と「自己観察」という2つの側面があります。「他社観察」の問題は、成功の原因を理解していないことです。ヤマト運輸が宅急便を立ち上げた直後、多くの運送会社が宅配事業に乗り出して失敗しました。その理由は、成功のカギとなったハブ・アンド・スポーク(中軸になる拠点〈ハブ〉から放射線状に輸送網〈スポーク〉が延びるようなネットワーク)を理解せず、動物のキャラクターという表面だけを真似たからです。一方、「自己観察」の問題は、自社の既存事業との矛盾に気づかないことです。例として、大手航空会社がLCCの生みの親であるサウスウエスト航空を模倣しようとして失敗したケースが挙げられます。自社が行ってきた既存のハブ・アンド・スポークの航路やフルサービス体制と、サウスウエスト航空の2都市間を直接結ぶポイント・トゥ・ポイントの航路や格安サービス体制が矛盾を引き起こすことに気づかなかったのです。

そこで必要になるのが「観察力」です。アメリカのチェーンストアをお手本に、家具業界において低価格・高品質のバリューチェーンを実現したニトリHD創業者の似鳥昭雄氏は「物事はすべて立体で、四次元で表さないと本質というのはわからない。一枚の絵を見たときに、その絵の奥行きはもちろん、その世界の空気や温度や時代背景までも観察する」(「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」12年8月号)と述べています。多面的に、見えないところも観察する訓練が求められます。

ヤマト運輸やセブン−イレブン、ドトールコーヒー、ニトリなどの成功企業は、会社が厳しい時期でも意識的に海外を視察し、見聞を広めています。

3つ目は、「実行力の不全」です。これにはさまざまなケースが考えられますが、まず「技術力がついていかない」こと。11年に中国の高速鉄道で起きた事故は、日本などの技術を模倣したものの、技術力が不足しているにもかかわらず応用を急いだためでした。また、「資金不足などで機会を逃す」ケースもあります。後にフェイスブックがその仕組みをお手本にしたフレンドスターは、アメリカでSNS事業をヒットさせましたが、資金不足でユーザーの急増にサーバーの台数が追いつかず、失敗しました。ベンチャーによく見られるケースです。そして、もう一つ挙げられるのが「応用や適応ができない」こと。海外や異業種の企業から模倣する場合は、そのまま模倣したのでは困難が生じます。それを創造的に解決できないと、成功できません。

ここで必要になるのは「実行力」、やり切る力です。自らの地域や業界の脈絡に合わせて、つくり替えたり、出てくる課題を創造的に解決していく力が求められます。例えばセブン−イレブンは、30坪程度の店舗で3000品目もの品揃えを実現するために、従来のメーカー縦割りの物流システムを変え、共同配送システムを生み出しました。ドトールは、低価格の立ち飲みスタイルのコーヒーショップを実現するために、都心の一等地に店を構えて回転率を高め、当時としては画期的な機械化を進め、注文を受けたらすぐにコーヒーを出せるように先行投資をしました。困難を乗り切るには、こうした実行力が不可欠です。

■抽象と具象を往復するトレーニングを

そして、4つ目が「心構えとやり切る意志の不足」です。模倣を成功させるには、オープンな気風を育てること。そして、自分たちが他社よりも優位であるという固定観念を脇に置くこと。さらに、柔軟な姿勢、偏見のない心、変わろうとする意志、そして好奇心が求められます。似鳥氏は、「良いと思ったものがあれば全て丸呑みして徹底的にマネをして、どうしても消化できなかったものだけ吐き出せばいい。出して足りなくなった分だけ、日本のものを入れてみればいい」(同)と述べています。

「意志力」という言葉があります。物質には、液体から固体へと形状変化する凝固点(閾値)があります。同じように意志力にも、「単なる願望」から「固い意志」へと変化する閾値がある、という考え方です。閾値を超える前は流動的なモチベーションの状態であり、疑念や不安を解消するために常に自問自答し、障害にぶつかると萎えてしまう。しかし、閾値を超えると、モチベーションはコミットメントに変わり、揺るぎない状態になり、目標に向かって一心不乱に突き進み、困難も乗り越えられるようになるといわれます。

模倣に必要な能力は探索力・観察力・実行力ですが、それを支えるのは、心構えと意志力です。これらの能力を身につけることで、イノベーションにつながるような模倣が実現できると考えられます。

最後に、模倣能力を高めるためのトレーニング法を紹介しましょう。それは、お手本とする異国や異業種のビジネスを一度抽象化して、型や原理を理解し、自社のビジネスに落とし込んでみること(具象化)です。先述の通り、お手本をそのまま真似ようとすると、そのビジネスの核となる部分を見逃したまま、上っ面だけのもの真似で終わってしまいます。このような、抽象と具象の往復運動を繰り返すトレーニングを積むことによって、イノベーションにつながるような模倣能力を鍛えることができます。

(早稲田大学商学学術院教授 井上達彦 構成=増田忠英 写真=柳井一隆)