『ラ・ラ・ランド』ケナすと逮捕!SNLのコントと、“菊地成孔氏だけが酷評”の差

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 第89回アカデミー賞で、史上最多タイの14部門にノミネートされた映画『ラ・ラ・ランド』。先月24日から公開された日本でも興行収入10億円を超え(3月2日時点)、早くも大ヒットとなっているようです。

 そこへ「世界中を敵に回す覚悟で」疑問を呈したのが、ジャズミュージシャンで文筆家の菊地成孔氏でした。3月6日に『Real Sound』で公開された記事で、『ラ・ラ・ランド』を全否定したのです。

 その熱量の高さと博識ぶりに圧倒されますが、しかし問題提起はシンプルなものでした。

<『君の名は。』や『シン・ゴジラ』でさえ賛否両論ある世界で、本作は、「観た者全員が絶賛」という、気持ち悪いぐらいの受け方をしている。ここ10年、いや、20年でもいい。これほど絶賛が集中した映画があるだろうか?>

◆批評されると「ディスられた」と騒ぐ人たち

 これは日本のエンタメを考えるうえで重要な指摘なのではないでしょうか。J-POPでもアニメでも、ポジティブな感想をシェアし合うだけの薄っぺらい“共感”が幅を利かせ、少しでも反対意見があればくだらなく炎上するか、その考えは締め出されてしまう。

 しかし、菊地氏のように強いキャラを持った個人に暴れ馬の役割を背負わせているだけで本当によいのでしょうか? 偏った意見や考えのバランスを取るような働きが自然に生まれる方が健全なのではないでしょうか?

 こんなことを言うと、“みんな絶賛で何が悪いの?”と思う人もいるかもしれませんね。でも反対意見を目にして腹が立った時の方が、頭が働いてるなんて経験はないでしょうか?

 それと同じで、批判意見を読むことで、改めて自分の審美眼が鍛え直されるのですから、みんながみんな大絶賛という状況では馴れ合いになってレベルが落ちていくだけになってしまうのです。

◆SNLのコント「ラ・ラ・ランド取り調べ」

 というわけでアメリカやイギリスの例を見てみましょう。

 アメリカの長寿番組『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』では、コント「ラ・ラ・ランド取り調べ」(La La Land Interrogation)を放送していました。

 レストランでデート中の男女が『ラ・ラ・ランド』について語り合う。女性は目をキラキラさせて映画の素晴らしさを語るのですが、男は冷静にツッコミを入れる。その一部始終が監視カメラで捉えられていて、男は“ラ・ラ・ランドをけなした”罪で逮捕され、取り調べられてしまうという設定なのです。

 アメリカでも「気持ち悪いぐらいの受け方」(by菊地氏)をしていたのでしょう。このコントは、そんな空気を揶揄しているのです。

 たとえば冒頭のシーンは、こんな感じ。

 ふくよかな白人女性が、「今年一番よかった映画は何だった? ラ・ラ・ランドはもう最高だったわよね」と言うと、アジズ・アンサリ(インド系の俳優)演じる男が、「マジで? まあよかったけど、中盤ちょっとダレるよね」と語る。

 ここでいったんビデオが止まり、女性捜査官が机のコーラをはたき落として、男にこう詰め寄るのです。

「何言ってんだよ、このバカったれが!! ラ・ラ・ランドは完璧な映画なの!!」

 それでもめげずに真意を説明しようとする“容疑者”に対して、女性捜査官が「フツウの客はそれでじゅうぶん満足なんだよ!」とイスをガラスに投げつける。

 アメリカでは他にもワシントンポストがツッコミどころを箇条書きにまとめた記事を配信していました。

◆さらにイジワルだった英「ガーディアン」紙

 さらにイジワルだったのはイギリスのガーディアン紙。

 映画の中から意見が割れそうなトピックをあえてピックアップして、“本当にそこまでいい映画なのか?”についてどうぞご自由に議論してください、と。そんな記事を1月の段階で掲載していたのです。