真相究明はどこまで進むか Reuters/AFLO

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 かつて金正日総書記の後継者と呼ばれたこともある金正男氏が暗殺された。指令を下したのは腹違いの弟・金正恩委員長とみられる。北は核開発に前のめり、南の韓国は大統領弾劾騒動と、ただでさえ朝鮮半島情勢が混乱するなか今回の暗殺事件は何をもたらすか。今から3年前、マレーシアで当の正男氏に直撃した経験を持ち、死の2週間前に正男氏から「カカオトーク」でメッセージを受け取ったジャーナリストの李策氏が半島情勢の未来を読む。

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 北朝鮮の過去と現在を知り、かつ世界を見渡しながらあの国の未来を語れる重要人物は、私の知る限り近年では2人いた。

 1人は、権力中枢において実力ナンバーワンと言われた張成沢元国防副委員長である。正男氏の後ろ盾とされていた叔父で、正恩氏によって処刑された。

 ただ実力はあったにせよ、「資格」については問題なしとは言えなかった。彼がその地位と権力を維持せんがために葬った人の数は、10人や20人では済まないだろう。

 もう1人が、正男氏である。彼には張氏のようなパワーはなかったが、権力のために誰かを手にかけたという噂も聞かない。彼の言葉に胡散臭いものを感じる人は少なかっただろう。

 いずれにせよ、2人とも正恩氏によって亡き者にされてしまった。北朝鮮には「唯一的領導体系」というものがある。ざっくり言うと、すべての物事を独裁者の考えに従って決めるルールだ。独裁者以外の人間は国の未来など考えてはならないのであり、そのような自由な思考を持つこと自体が死に値する罪なのである。

 それにしても愕然とさせられるのは、仮に正男氏殺害の黒幕が正恩氏であると断定されたとしても、正恩氏は誰からも罰せられないという現実だ。

 国際社会が何らかの制裁を加える可能性はあるが、核・ミサイル開発ですでにたっぷり制裁を受けている金正恩体制は、さほど痛痒を感じないのではないか。

 軍事的にも、核武装した北朝鮮はかつてより遥かに「安泰」である。一説に、北朝鮮は核弾頭60個分のプルトニウムと高濃縮ウランをため込んでいるとされ、発射が察知されにくい固体燃料ロケットを積んだ弾道ミサイルの配備も間近だ。アメリカといえども、おいそれと手を出せない力を備えつつあるのだ。

 このような脅威は近く行われる韓国大統領選に影響を及ぼすだろう。たとえば文在寅氏ら革新候補がかかげる「抱擁政策」は、修正を迫られるかもしれない。だがその範囲は限定的だ。かつてなら、北朝鮮の暴走は韓国の保守系候補の追い風になった。しかし最近は、必ずしもそうとは限らない。

 北朝鮮による「哨戒艦撃沈」への対応が争点となった2010年6月の統一地方選挙では、保守優勢の大方の予想を裏切り、南北対決の危険性を訴えた革新が大躍進した。北のやることに目くじらを立てたところで、誰も止められないではないかそのような諦念が「現実的判断」に化けてしまっているのである。

 正男氏殺害も、韓国国民の反北感情を燃え上がらせることはない。目下の関心事は、自らの生活に直接かかわる「サムスン・トップ」の逮捕だ。そこに、朝鮮半島の「危機」を感じる。アンタッチャブルとなった正恩氏はより完璧に北朝鮮をわが物とし、それがまた、さらなる暴走を可能にしてしまうのだ。

※SAPIO2017年4月号