人間とAIが手を取り合えるのは、いつの日か。(写真はイメージ)


 今回のテーマは人工知能(AI)。今は第3次ロボットブームの中にあり、深層学習(ディープラーニング)やシンギュラリティなど、人工知能に関するワードも日々メディアで目にすると思います。

 歓迎や称賛、悲観や警戒、さまざまな声がある中で、我々は人工知能に何を期待しているのか探ってみたいと思います。

映画で描かれる人工知能は亜種としての人工生命である

 さて、我々が頭に思い浮かべる人工知能。そのほとんどは映画で見たものではないでしょうか? 「2001年宇宙の旅」のHALや「ターミネーター」「マトリックス」「A.I.」「アンドリューNDR114」「her」など、人類の敵から恋愛の相手までさまざまな姿で描かれています。

 それらで描かれていることの根本テーマ、それは自我を持つ人間以外の存在に人間が向き合った時のジレンマです。

 人類は古代より自分たち以外の知的な存在を夢想し、崇め、産み出そうとしてきました。それは神であったり、奴隷であったり、はたまた友人であったりと、人間と対峙した時のスタンスによって、その関係性は変わります。言語をインターフェイスとした知的な人工生命体、その無機的なものを人工知能として描いてきました。

考え、判断することの意味

 では、自我とはなんでしょう?

「我思う、故に我あり」

 まさしくその通りで、自律して考え、判断できるか否かが、自我のあるなしを決定します。

 そして、この「判断」が我々にジレンマをもたらします。

 でも、これって人工知能に限った話ではないですよね?

「イエスマンになるな」「批判するなら代案を言え」「上司は何も分かっていない」。職場でよく聞く言葉です。

 また、落語家の立川談志師匠は、夫婦喧嘩の原因は「共有価値観の崩壊」にあると言いました。

 つまり、コミュニケーションの対象者が、

従順のみならず、自ら判断し、双方に共有された手続きで、有益な結果をもたらす

ことができないと、無能と見なされ、時に喧嘩になる。

 だから、逆に「相手に期待しすぎない」や、長続きする夫婦の条件として「50%の愛情と50%の無関心がいい」なんて言われたりします。これは共有価値観を増やし過ぎないための努力です。

 そして、この判断がマンネリ化すると人は飽きる。つまり、

従順のみならず、自ら判断し、双方に共有された手続きで、時に相手の予想を裏切りながら、有益な結果をもたらす

ことが必要です。本当に難しいですよね。

 だから、極力ストレスを回避できるように人は関係を形式化します。契約やルール、肩書きがそうですね。

ロボットも“考える”?

 では、我々がロボットに求める「判断」とはなんでしょう?

 有名な「ロボット工学三原則」というものがあります。これは、SF作家アイザック・アシモフが自身のSF小説にて示した、ロボットが従うべきとして定義された原則です。「ロボット三原則」とも言われます。「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とする3つの原則から成ります。

 これが守られている限り、ロボットや人工知能が人類の敵にはなり得ない、というわけです。

 人が人工知能に飽きることを受け入れ、オーナーに従順なパートナーが欲しいなら、

従順に、双方に共有された手続きで、有益な結果をもたらす

を実施できれば良いと言えます。

・対話型ロボットの例:Softbank Pepper

 現在、世に出回っている対話型AIのほとんどは、「Siri」や「Pepper」のようにオーナーに従順なパートナーとして、オーナーの指示に返答します。Siriが質問を待つというプル型なのに対し、Pepperは質問をするというプッシュ型になっています。

コンシェルジュとしての人工知能がまず発展する

従順に、双方に共有された手続きで、有益な結果をもたらす

という点で、やはりコンシェルジュとしてのパートナーという使われ方が、ますます発展するでしょう。

 現在、最も普及しているのは、バーチャルアシスタント機能を持つ、「Intelligent Personal Assistant」と呼ばれる対話型AIです。アップルのSiriやアマゾンの「Alexa」、マイクロソフトの「Cortana」、グーグルの「Google Assistant」など、さまざまなアシスタントアプリケーションが存在しています。

 しかし、残念ながら、これらは正確には、“人工無能”と呼ばれ、ある一定の単語のマッチングで会話のパターンを生成しているに過ぎません。

 ここでもう一度言います。「飽きることを受け入れてください」。

 同じことを何度繰り返し言っても、同じミスを何度繰り返しても受け入れてください。今は、従順にオーナーの言うことを聞く能力を磨くときなのです。

 命令を忠実に、素早く、正確にこなす人工知能を求めましょう。まず、これが達成されるだけで、十分に我々の生活は快適になります。

 その繰り返しのコストについても、昨今の機械学習の進化が解消しつつあります。

・次世代型コンシェルジュの例:TOYOTA Concept-愛i

 2017年のCES(ラスベガスで開催される家電見本市)で発表されたトヨタのコンセプトカー。車載のIntelligent Personal Assistantの「YUI」が運転手の表情や動作を認識し、感情や覚醒度を推定。トヨタ・リサーチ・インスティテュートのギル・プラットCEOは「人を守る機能と、お抱え運転手の機能の両方を実現する」としています。

 会話内容のみならず、生体反応やSNSなど、多くの情報をもとにオーナーの手助けを行う。これが近未来のコンシェルジュAIの形だと言えます。

Augmented Intelligence=拡張知性

 さて、身の回りのことを従順にサポートし始めた近未来。人工知能はどのように進化するでしょう。

 私は、人自らの知性の拡張に使用されると考えています。

 さて、ここで「知能」と「知性」について考えたいと思います。

 英語ではともに“Intelligence”ですが、日本語では意味を分けています。

 一般に、「知能」は答えのある問いについて、情報をもとに答えられる能力と言われ、「知性」は答えのない問いを問い続け、答えに近づこうとする能力と言われます。

 知能テストには答えがありますし、人工知能も情報の中から最適な答えを探す能力と言えます。一方、知性は探求心や好奇心、詩的な感情など、より複雑な思考能力とも言えます。

 知能は学習で学べますが、知性はさまざまな思考に触れて磨くものと、私は考えます。

 振り返ってみましょう。先程の従順なコンシェルジュ。オーナーにパーソナライズされたその人工知能は、あなたの行動データを蓄積しています。

 何が好物か? 何に興味があるか? 何を購入したか? 誰と仲が良いか? 何に困っているか?

 その情報をもとに、推測と学習を事前に行うとどうなるでしょう?

『オーナーはそろそろアップルパイが食べたいはずだ。明日の帰宅時に立ち寄れるお店を調べ提案しよう』『明日はシンガポールのクライアントとの会議だ。最近のシンガポールの話題を調べて報告しよう』

 こういうことが可能になります。現時点でも、オンラインサービスのレコメンデーション機能は一部こういった機能を提供しつつあります。

 興味のある内容についてリコメンデーションするものについては、知能の向上に役立つものですが、興味のないものもリコメンデーションするものについては、知性の向上に役立つものと考えています。

 言われた命令を実行するのみならず、自発的に提案をする人工知能の登場も近いでしょう。

 そして、ここであなたは少しジレンマを感じるはずです。「この提案は有益なのだろうか?」と。

 その提案を採用するか判断するのはあなたの知性です。

 AIが哲学的な問いを持ち出した場合は、人工知能ではなく“人工知性”と訳すようになるでしょう。

人工知能との恋愛はあり得るか?

 100%従順な人にあなたは惹かれるでしょうか?

 恋愛にはさまざまな形がありますので、従順なイエスマンに惚れる人もいるかもしれません。しかし、大体において、100%従順という人はいませんし、従順過ぎると物足りないというのが人間の性(さが)ではないでしょうか?

 コミュニケーションにおいても、複雑な駆け引きや気遣いをすることで、人と人は関係性を築いています。

 人工知能を恋愛対象とするには、その性格の予想に不確実性のゆらぎがあることを前提としないと成立しません。もちろん、これは会話を前提とした性格の相性に限定した話で、容姿や振る舞い、生活力などの条件を省いて単純化した話です。

 我々が人工知能に何かしらの「生命らしさ」を感じるには、その不確実なゆらぎが重要で、予想の可否の割合に意味があると感じます。つまり、常識の範囲での行動予測は可能だが、経験に基づく行動予測は外れる場合があるという状態です。

 今日は機嫌がいいかもしれないし、悪いかもしれない。誰にも分からないのです。おそらく本人にも。そのゆらぎを人工知能が獲得した時に、我々は初めて、ドキッとするのかも知れません。

・感情表現を伴った人工知能の例:Soul Machines Baby X

 アカデミー科学工学賞を二度受賞しているCG界の重鎮マーク・サーガル博士と、ニュージーランドに拠点を構えるSoul Machinesとの共同プロジェクト。人間と同じように学び、感情表現する人工知能アバターの開発に挑戦しています。

代替か拡張か? 人工知能とのハッピーなつき合い方

 色々と思考してきましたが、やはり現時点では、人工知能に人の代替を求めるのはかなり厳しいと言えるでしょう。

 2045年に訪れると言われているシンギュラリティ。現実的には、機能として従順な人工知能と、人を主体として、その知性を拡張させる人工知能の2種類に落ち着くのではと思います。

筆者:澤邊 芳明