年に2回開催されている国内最大の造形イベント「ワンダーフェスティバル」などに出てくるような造形物で、大きくカテゴリー分けしたときに人気カテゴリーの1つなのが「美少女フィギュア」で、中には税込198万円の等身大フィギュアもあるほどです。

しかし昨今、美少女「フィギュア」ではなく美少女「プラモデル」に注目が集まっています。美少女プラモデルはフィギュアよりも歴史が古く、一度は人気に陰りが出てきたものの、最近になって美少女プラモデルを開発するメーカーが再び出てきました。その背景について、フリーライターの廣田恵介さんが第56回全日本模型ホビーショーで開催されたステージイベント「美少女プラモ最前線 〜金型に込めた『カワイイ』への祈り〜」で熱く語りました。

登壇者はアニメーション研究家の五十嵐浩司さん、ライターの廣田恵介さん、マックスファクトリーの高久裕輝さんです。



イベントの最初のテーマは「女の子プラモを取り巻く現状」について。女の子プラモの現状を表すものとしてスライドに登場したのが、minimum factoryシリーズの「リン・ミンメイ」。ぱっと見ると、完成品フィギュアに見えるものの、実は1/20のプラモデル。色分けが済んだパーツを接着剤で組み立て、瞳のところにデカールを貼るという形になっています。



マックスファクトリーはminimum factoryというシリーズで女の子をプラモデルにするチャレンジに取り組んでいるとのこと。女の子や人物をプラモデルにするという試みは、マックスファクトリーだけでなくバンダイやコトブキヤなども手がけており、2015年から2016年にかけて1つのトレンドとも言えます。なぜ女性キャラクターのプラモデルが流行しているのか、その現状を今回は歴史的にひもといていきます。



1979年に発売された「花の子ルンルン」というアニメのキャラクターのプラモデルは、瞳にシールが貼られていて、さらに、遊んでいて剥がれた場合のために予備のシールが同梱されていました。廣田さんは「(瞳に関しては)もう40年近く前に答えが出ていた」と話しており、1979年には現在の流れの原型ともいえるものが世に出ていたというわけです。しかし、「花の子ルンルン」を含むそれ以前の女の子プラモデルは、手足のパーツをパチッと組み合わせれば完成するタイプのもの。廣田さんが考える世界で最初の女の子プラモデルは「伝説巨神イデオン」のプラモデルとして1981年の春に発売された「1/25 コスモ&カーシャ」です。



同年の6月にはバンダイが「機動戦士ガンダム」のプラモデル「1/20 セイラ・マス」を発売。廣田さんは「セイラさんは台座の形やパッケージの大きさまで全て意識して作られていました。この辺りから美少女プラモデルの歴史が始まった」と解釈しています。



廣田さんが美少女プラモデルのマイルストーン的な存在として挙げたのは1982年にバンダイから発売された「うる星やつら」の「1/12 ハイスクールラムちゃん」。このプラモデルは、美少女プラモデルの歴史上初めて「パンツ」が胴体に刻印されました。スカートの別パート化、そしてパンツ再現は、美少女プラモデルだけでなくフィギュア全体の方向性を決定づけたとのこと。厳密に言うと、これより前に発売された「機動戦士ガンダム」のプラモデルシリーズでパンツが登場するらしいのですが、1/12スケールで完全なパンツが刻印されたのは「ハイスクールラムちゃん」が初めてのことだそうです。



「伝説巨神イデオン」の「コスモ&カーシャ」以降、タミヤ模型の「1/24 キャンパスフレンズセット」、バンダイの「ミンキーモモ」などが1983年に登場しますが、1984年になると美少女プラモデル単体での販売が難しくなり、「おまけ」として同梱されるように。廣田さんによれば、美少女プラモデルの歴史は実際のところ「伝説巨神イデオン」から「ミンキーモモ」くらいまでの2〜3年で、その後は商売として成り立たない状態になっていたそうです。



次は「女の子のプラスチックモデルはどこで廃れたか?」というテーマが続きます。



スライドで登場したのは、1985年発売の「ガンダムマークIIレディー」と1986年発売の「二代目麻宮サキ」。「二代目麻宮サキ」は、プラモデルではないもののソフトビニールでできたフィギュアで、スカートとパンツは布製。「ガンダムマークIIレディー」はガレージキット感覚のプラモデルとして発売された製品で、廣田さんは「ガンダムマークIIレディー」を「美少女に対する愛が感じられない」と評しました。ニンジンや大根のようなゴロゴロした上腕パーツや太もものパーツが入っていて、自分の好みのポーズを決めてから接着するという投げやりとも取れる構成が、廣田さんの「美少女に対する愛が感じられない」と感じた理由につながります。



「1985年は『機動戦士Ζガンダム』が放送された年なんですよ。『機動戦士Ζガンダム』は、美少女プラモデルにとってある意味ターニングポイントになった作品で、『機動戦士Ζガンダム』以降からアニメのキャラクターのプラモデル自体がマイナー化してきたような感じがあります。1983年には数え切れないくらいたくさんのメーカーがキャラクターのプラモデルを販売していましたが、1985年にはバンダイさんと日東科学教材さんだけになってしまいました。この辺りはプラモデル業界の氷河期という感じでしたね」と話す廣田さん。1985年を境にプラモデル市場が縮小し始めたというわけです。

マックスファクトリーが創業したのも、ちょうどこの頃。同社は1987年創業で、創業から数年は代表を務めるMAX渡辺氏の意向によりロボットや怪獣モノの製品を出していましたが、1990年9月に「きまぐれオレンジ☆ロード」の「1/6 鮎川まどか」を同社初の美少女フィギュアとして発売。「1/6 鮎川まどか」は、彩色済みのソフビが入っていて、それを自分で組み立てる構成になっていました。完成品フィギュアとしては、彩色済みの「1/4 綾波レイ」を1996年に発売。この製品はかなり売れたそうで、アニメーション研究家の五十嵐さんも購入したとのこと。この頃は現代のようなPVC(ポリ塩化ビニル)ではなく、いわゆるそれまでの怪獣とかを作っていた同じ技術で美少女フィギュアも作ろうという流れで、ソフビが中心だったそうです。



廣田さんは「1990年から2000年代前半は『ガシャポンHGシリーズ(バンダイ)』や『超合金魂(バンダイ)』など、塗装済みの完成品が多数登場した」と話しました。「ガシャポンHGシリーズ」のように、完成度が高い上に価格まで安いものが出てきたことで、「わざわざプラモデルで何かを作ろうという機運がしぼんでいた時代」になっていたそうです。高久さんは「今の時代に『ガシャポンHGシリーズ』を作ろうとすれば、人件費や材料費が高くなっているため当時の5倍以上の値段になるのではないか」とコメント。今の時代からするととんでもなく安い値段で、質の高い完成品フィギュアを購入でき、プラモデルの人気に陰りが見えていたということです。

ただし、完全に美少女プラモデルがなくなったのかと言えば、そうではありませんでした。廣田さんが「非常に重要な存在」と紹介したのは、1994年に「美(ビューティー)セレクションシリーズ」として「セーラームーンS」の放送時に発売された「セーラーマーキュリー」です。この製品はプラモデルっぽく見えますが、手足の肌色のパーツに柔らかい素材が使われていて、顔は塗装済み。衣装はシールを貼って装飾するというもので、美少女フィギュア好きのユーザーではなく、子どもを狙った製品でした。当時の流れとして、安価で売られていた完成品を、わざとプラモデルっぽくして発売するというのがあったそうです。



廣田さんが次に紹介したのは、1996年に発売された「ファイナルファンタジーVII」のリミテッドモデル「エアリス・ゲインズブール」。同製品はバンダイが長年培ってきた可動機構を採用せずに、ユーザーにポージングをゆだねたものでした。スライドの左側に映し出されているのは、セガから発売された「サクラ大戦」のセレクションモデルシリーズ「真宮寺さくら」。この製品は、軟質のプラスチックが使われており、完全なプラモデルとは言えないもの。すでに同キャラクターの塗装済み完成品が発売されていたため、少し異色の存在でもあったとのこと。この時代は、プラモデルの形態を取りつつも、柔らかいプラスチックを採用した製品などが「ほそぼそと」生き残っているような時代だったそうです。



2000年代に入ると可動する美少女フィギュアが台頭してきます。スライドに映し出されたのは2008年に登場したマックスファクトリー制作の「figma 超勇者ハルヒ」。これはマックスファクトリーの1/12の可動フィギュアの第1弾で、現在のfigmaシリーズと比べると台座が違っていたり、オールドスクールな造形になっていたりするとのこと。こういった可動式で完成品のフィギュアが各メーカーから約2000〜3000円で販売されていたのが2000年代前半のことで、安価な完成品フィギュアの登場により、わざわざ美少女プラモデルを作らなくてもいい、という流れが業界に出てきたそうです。



しかし、2010年代に入ると一周回って美少女プラモデルを出すメーカーが出てきます。この理由について高久さんは「プラモデルというのはその時に流行したものとか、みんなが知っているものをプラスチックのパーツにして組み上げて遊ぼうというもの。流行していた『ラムちゃん』をプラモデルにしようというのが昔の流れだとすれば、流行していてみんなが知っている『美少女フィギュア』をプラモデルにしようというのが今の流れだと思う」とコメント。



現代の流れをくむ美少女プラモデルとして紹介されたのは「PLAMAX MF-01 minimum factory ネーネ」。この製品は冒頭でも出てきたminimum factoryシリーズの1つで、色分け済みのパーツを接着してデカールを瞳に貼るだけで完成するプラモデルです。接着剤を使って組み上げるのでプラモデルっぽいですが、製造方法的にはPVCのフィギュアとあまり変わらないとのこと。



2015年に発売された「PLAMAX KC-01 駆逐艦×艦娘 島風」。高久さんによれば、「1/350の艦船にフィギュアをつけたいけれども、完成品のフィギュアをつけると価格がものすごく高くなる。だったらプラモデルを付けよう」ということで作られたそうです。このころからマックスファクトリーではフィギュアの代わりになるプラモデルが作れるというのがわかってきて、同社の得意な美少女フィギュアを生かして美少女プラモデルを作ろうという流れになってきたとのこと。フィギュアよりは小さいけれども、フィギュアを買うのと同じくらいの満足感を得て欲しいという開発者の願いが込められています。



昔のプラモデルとは違うけれども、プラモデルの概念を引き継いだ製品が登場してきているというのが美少女プラモデルの現状。これについて廣田さんは「minimum factoryのシリーズには、服のパーツや胸のパーツ、おしりのパーツまである。こういったパーツを組み立てて、自分の好きなキャラクターを再現するというのはプラモデルが持つエンターテインメント的な要素なんです。これを実感しながら作るのと、何も思わないで作るのとは全く違う楽しさがあります。これがプラモデルの楽しさで、この楽しさは映画や文学にもありません。自分の手で胸やおしりを再現するのはプラモデルにしかない楽しさなんですよ」とプラモデルの楽しみ方を熱弁。



廣田さんのこの熱い語りの裏には、昨今のモデラーが美少女プラモデルを買うときに「恥ずかしい」「照れくさい」と感じているという実情があります。しかし、廣田さんは「恥ずかしさ」や「照れくささ」がモデラーの目をくらましていると指摘。「かわいいとかエロいという情動をインダストリアルに分割したのがプラモデルのすばらしさ。戦車であろうが、飛行機であろうが、プラモデルなのだから工学的な意味で分割しなければならず、これは美少女も一緒。工学的に分割する部分は、開発者がものすごく工夫しているところでもあります。だから、購入するときは『恥ずかしい』という思いを捨てて、買った後に恥ずかしさを持って作って欲しい。パーツを組み上げて完成させる楽しさは、プラモデルだけの体験です。僕はミンメイにニッパー入れるのがかわいそうでかわいそうでたまりません。だから、痛くないようにニッパーをゆっくり入れます。こういった体験を今のモデラーの人にもして欲しい」と弁を振るいました。

なお、こうした美少女プラモデルの歴史をもっと詳しく知りたいという人は廣田さんの書籍「我々は如何にして美少女のパンツをプラモの金型に彫りこんできたか」がオススメ。「美少女プラモデルのカタログ」的な側面を持ちつつも、廣田さんがいかにしてこの「美少女プラモデル」の世界に囚われたのかがわかる一冊となっています。

我々は如何にして美少女のパンツをプラモの金型に彫りこんできたか | 廣田 恵介 |本 | 通販 | Amazon