<舞台は名古屋の風俗街。フィリピンパブを研究対象にした22歳の大学院生は、なんとホステスと付き合い始める。実体験に基づく『フィリピンパブ嬢の社会学』の疾走感をぜひ楽しんでもらいたい>

フィリピンパブ嬢の社会学』(中島弘象著、新潮新書)は、当時大学院生だった著者が、実体験に基づいて綴った新書。つまり、長年にわたって研究を続けてきた専門家による研究書的なものではない。それどころか著者は執筆時、就職に失敗し、仕事を探していた状態だった。

軸になっているのは、修士論文のテーマにしたフィリピンパブについて調べる過程で知り合った、「ミカ」というホステスとの関係である。このテーマを取り上げることについては、大学院の女性指導教官も「おもしろい研究になるかもしれませんね」と好意的だったらしい。ところが間もなく、話はとんでもない方向に進んでしまう。


 ミカは150センチと小柄で25歳。僕より3つ年上だったことを隠しもせずに教えた。明るくて、やさしい。商売抜きで親切にしてくれるように思えた。店の客としては、僕が若い方だったからかもしれない。「今夜のチャージは千円だけでいいよ」と耳元でささやいてくれたこともある。
 何回か通ううち、僕はミカと付き合うことになった。
 指導教官にそのことを告げたら、顔色が変わった。
「そんな危ないこと、すぐやめなさい! そんなことを研究対象にはできません。その女性とは早く別れなさい。あなたのお母さんに顔向けできません!」
 それでも付き合い続けた。(5ページ「はじめに」より)

このとおり、序文の段階から読者の心をぐっとつかんでしまう。そして以後に続くストーリーも、人間的で、適度に泥くさく、痛快だ。著者から話を聞き、「これは本になる」と確信したジャーナリストの尽力によって書籍化が実現したというが、十分に納得できる話である。つまりタイトルに「社会学」とあるものの、実体験に基づくドキュメンタリーといったほうが近い。

とはいえ一般人からすると、フィリピンパブとその周辺状況には、不透明な部分も少なくない。そもそもフィリピン人は、なぜ日本の風俗産業に浸透しているのだろうか?


 日本各地のナイト・クラブやキャバレーなどで演奏するために、いわゆるフィリピンバンドと呼ばれる楽団が、フィリピンから日本へ来るようになったのは、1960年代あたりからと言われている。(中略)当初は男性が多く、女性はコーラスメンバーや、ダンサーとして働いていたのが、いつしか「ホステス」として使われ出し、次第にそちらがメインの「出稼ぎ」となっていった。だが、最初が「興行」だったから、ながらくフィリピン人の出稼ぎには「興行ビザ」が使われ、「タレント」として来日してきたのだ。(22〜23ページより)

印南敦史(作家、書評家)