6日、日本新華僑報網は、コラム「ある中国人研修生とある日本人おばあさんとの“一期一会”」を掲載した。中国人留学生と日本人との心温まる交流について回想している。資料写真。

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2017年3月6日、日本新華僑報網はコラム「ある中国人研修生とある日本人おばあさんとの“一期一会”」を掲載した。以下は、その内容で、中国人留学生と日本人との心温まる交流について回想している。

中国人研修生が所属する企業の近くで毎週土曜日朝市が開かれていました。スーパーの半額で新鮮な野菜が帰るということで、いつも始まる前には行列ができ、わずか数分で売り切れる人気ぶりです。私たちも毎週通いましたが、争奪戦に負けて何も買えずに買えることが続きました。

そんなある日のことです。私がいつものように朝市に並ぼうとすると、一人のおばあさんに声を掛けられました。手招きに応じてそちらに向かうと、箱いっぱいの白菜と大根。てっきり運ぶのを手伝うように言われるのかと思ったら、おばあさんは笑いながら「中国からきたんでしょ。私はね、遼寧省で生まれたのよ」と話しました。10歳まで中国にいたんだそうです。もっと多くを話したいようにも見えましたが、それ以上は何もおっしゃいませんでした。おばあさんは野菜を指し、「あげるよ。いつも買いそびれている姿をみてね。いいものをさっと見つけるのができないんだね。これからは買わなくていいよ。ここにおいで」と言ったのでした。思いも寄らぬ親切を受けて胸が熱くなる思いでした。

それからというもの、まるでデートのように土曜日の朝におばあさんと会いました。お菓子や餃子、肉まんを持って行くこともありました。日本語が不慣れだったのであまり多くは話せませんでした。おばあさんはもっとたくさん話をしたいように見えたのですが。

そしてある週からおばあさんは姿を見せなくなりました。次の週も、その次の週も。帰国の日を迎えてもおばあさんに会うことはありませんでした。日本には一期一会という言葉があります。生涯で一度しかない出会いもあるのだから大事にするべきだという意味です。まさに私とおばあちゃんを表すための言葉ではないでしょうか。彼女が元気で暮らしていることを祈っています。同じ場所で生まれた中国人はずっとおばあちゃんのことを思っていますよ。(翻訳・編集/増田聡太郎)