ミツバチの世話をするはつはな果蜂園の松原代表(写真提供:はつはな果蜂園)


 ミツバチをITシステムで育てるという日本初の試みに取り組む養蜂家がいる。広島で「はつはな果蜂園」(広島県廿日市市)を営む松原秀樹さんだ。

 松原さんはかつて日本IBMの営業マンとして東京で働いていた。しかし、自然と触れ合う生活への思いが絶ち切れず、故郷の広島にUターンして農業を始めることを決意する。

 松原さんが農業の柱として選んだのは養蜂だった。ITの世界から養蜂の世界に飛び込んだ松原さんは、巣箱管理の作業を効率化する必要性を痛感し、ITシステムを発案。自らそのシステムを利用してミツバチを育てると共に、システムの販売も手掛けている(システムの名称は「Bee Sensing(ビー・センシング)」。開発と販売は東京・上野のアドダイスという会社と共同で行っている)。

 松原さんは養蜂業のどのような課題を解決しようとしたのか。ITシステムで養蜂業はどう変わるのか。松原さんに話を聞いた。

養蜂業はどうすれば大規模化できるのか

──15年務めたIBMを辞めて養蜂業を始められたそうですが、なぜ養蜂の世界に進まれたのですか。

松原秀樹代表(以下、敬称略) 元々、農業にずっと関心があったんです。実家は農業ではないのですが、家庭菜園があったり、祖母の家も農地を持っていたり、農業がずっと身近にあったことが影響していると思います。東京で働いているときも、いつかは農業をしたいという思いがあり、小田原の農家さんに5年ぐらいボランティアで手伝いに行ったりしていました。

 それと、里帰りのたびに、広島は元気がないな、大丈夫かなと感じていて、広島に帰りたいという思いもずっと持っていました。そうした思いがどんどん膨らんで本格的に農業をすることを決め、「アグリイノベーション大学校」という社会人向けの農業学校に通いました。その学校で養蜂講座を受けたことがきっかけで、養蜂業の世界に入りました。

──「Bee Sensing」を開発することになった経緯を教えてください。

松原 私が養蜂を始めて間もない頃、高校時代からの友人が養蜂場を見にきました。その友人と養蜂業の課題について話を交わしたことがきっかけです。

 養蜂業をビジネスとして成功させるカギは、巣箱の数をたくさん増やすことです。けれども、ミツバチを飼育するときは、巣箱を毎週見て回ってチェックしなければなりません。週に1回はふたを開けて、女王バチがちゃんと産卵をしているか、餌の量は足りているか、働きバチが十分にいるか、病気が発生してないかなどを内検するんです。1人で内検できる数には限界がありますので、巣箱を増やすには人を雇う必要が出てきます。

IT業界から養蜂業の世界に転身した松原さん


 また、それぞれの巣箱について、先週はどういう状態だったか、調子が悪いのはどれだったかなど、間違えないように管理するのも大変です。

 そこで、巣箱を開けなくても中の様子が分かるようにセンサーを入れたら巣箱を増やして大規模化ができるんじゃないか、と話し合ったのが発端です。

 そんなシステムを作ったら販売もできるんじゃないかという話になり、KDDIの「∞ Labo(無限ラボ)」というベンチャー育成プログラムに応募しました。そこで採択されて開発支援、事業化支援をしてもらい、システムが完成しました。

スマホで巣箱の中の状況を確認

──どのようなシステムなのでしょうか。

松原 巣箱に3つのセンサーを取り付けてあります。1つ目は、巣箱の中でハチが生活している場所の温度を測るセンサー、2つ目は巣箱の周辺部の温度を測るセンサー、もう1つは湿度を測るセンサーです。

 この3種類のデータを、養蜂場に置いてある親機に無線で飛ばし、クラウド上に送ります。養蜂場から離れた場所や自宅でもスマートフォンでそれらのデータをチェックして巣箱内の状況を把握できるというシステムです。

巣箱(上)と、巣箱に取り付けたセンサー(下)(写真提供:はつはな果蜂園)


──なぜ温度と湿度を測るのですか。

松原 健康なミツバチは、自分たちで巣箱の中の温度を一定に保っています。また、湿度はミツバチの呼吸や蓄えた花蜜の水分などによって変化しますので、温度と湿度からミツバチの健康状態が分かります。

 内検ができない越冬時も、温度と湿度で中の様子が分かれば、危険な状態を察知して手を打つことで、全滅を防ぐこともできると考えています。

──そうやって内検の作業を効率化すれば、もっとたくさんの巣箱を飼うことができるというわけですね。

松原 その通りです。さらには商品力の強化にもつながります。はつはな果蜂園のハチミツは、ラベルに2次元バーコードが付いています。お客さんがそこからURLを読み取ると、誰が作っているのか、どこに養蜂場があるのか、周りにどんな花が咲いているのか、いつどんな作業を行ったのか、といった情報を見ることができます。生産履歴が分かれば安心して食べられますし、信頼という付加価値も高まります。

はつはな果蜂園の商品


AIで「予兆」を検知

──今後に向けての課題はありますか。

松原 奥深い山の中だと、現状では電波が届かずデータを飛ばせないという問題があります。養蜂は周りに家があると迷惑をかけてしまいますので、山の中で飼う人が多いんです。ところが山の中だと携帯電話のデータ通信ができる場所が限られてきます。

 最近、IoT向けの通信網やネットワークサービスが出てきていますよね(編集部注:NTTドコモやKDDIなどの通信キャリア、京セラなどがサービスを展開している)。そういうインフラ環境がどんどん整備されてくれば、ITシステムを使った養蜂はもっと便利になって普及していくのではないでしょうか。

──システムについて改良していきたい点はありますか。

松原 養蜂家のいろいろな要望に応えられるようにしていきたいですね。

 このシステムでは、センサーで取得したデータと内検時の観察記録、作業履歴の内容をパターン学習することで、何か問題が起きる前に予兆を見つけられるようになります。

 例えば、養蜂家が困っている問題に「分蜂」があります。新しい女王バチが現われたときに古い女王バチと働蜂の半数程度が巣別れして出て行ってしまうことです。分蜂があると、貯蜜の量も働きバチの数も減ってしまい、養蜂家にとっては大きな打撃となります。分蜂の前にシステムが何らかのアラートを出すようになれば、対策を打てるので、多くの養蜂家が助かると思います。

 養蜂業はまだまだ勘と経験の世界です。科学的な養蜂が行われるようになれば参入のハードルが下がって、新たに養蜂を始める人も増えてくることでしょう。ITによって養蜂業の世界が開かれ、活気づくことを願っています。

 

筆者:鶴岡 弘之