金正男暗殺事件の当初、韓国の情報機関「国家情報院」は、暗殺の指示を出したのは北朝鮮の軍の秘密工作部隊「偵察総局」であり、5年前から金正恩が偵察総局に金正男暗殺指令を出していたとの見通しを示した。そのため報道では偵察総局が凄まじい暗殺軍団かのようなイメージで語られた。

 しかし、2月27日、国家情報院は、犯行を行ったのは偵察総局ではなく「国家保衛省」であるとの見解を発表した。

 偵察総局が暗殺集団であるというイメージは現在は正しくない。実際のところ、偵察総局が実施した破壊工作は、近年は非常に少ない。

(前編はこちら)「政権幹部も粛正する北朝鮮・国家保衛省の全貌」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49344

3組織の役割を踏襲した偵察総局

 偵察総局は、金正日が晩年の2009年に、それまで海外で活動してきた秘密工作機関である党の「35号室(旧・対外情報調査部)」、党の「作戦部」、軍の「偵察局」の3組織が合併して創設された組織である。

 ちなみに、それまで海外秘密工作機関としては、それ以外に党の「対外連絡部(旧・社会文化部)」という組織があったが、そこは偵察総局には吸収されず、いったん「225室」という名称で内閣傘下に組み込まれ、秘密工作機関としての活動は大幅に縮小した。その後、統一戦線部の隷下に改編されている。

 軍の偵察総局は、そのまま母体である3組織の役割を踏襲した。それぞれの役割は以下の通りである。

 35号室──海外での諜報活動(前身の対外情報調査部の仕事で有名なのは、日本国内での日本人拉致や1987年の大韓航空機爆破テロ)。

 作戦部──主に韓国に潜入する工作員(南派工作員)のひそかな送り迎え(そのため潜水艦や工作船を運用する)。

 偵察局──海外での秘密軍事作戦(有名な作戦は83年のミャンマーでの全斗煥・韓国大統領爆殺未遂)。

 なお、偵察総局に入らなかった党対外連絡部の有名な仕事は「よど号グループ」の管理や、欧州ルートでの日本人拉致だ。

北朝鮮で偉いのは金正恩だけ

 偵察総局は組織上は軍の組織だが、軍の指揮系統からは事実上独立しており、金正恩に直結している。この偵察総局の特異性を説明するため、まずは朝鮮人民軍の権力構造について解説しておきたい。

 朝鮮人民軍の組織上のトップは人民武力相だが、あまり実権はなく、3つの大きな軍内組織である「総参謀部」「総政治局」「偵察総局」がそれぞれ独立して実権を握っている。なかでも権限が強いのは、軍内政治警察である総政治局で、総政治局長ポストは北朝鮮では金正恩に継ぐ事実上のナンバー2ポストである。総参謀部のトップである総参謀長は、朝鮮人民軍全体を指揮する事実上の軍トップで、以前は金正恩に継ぐナンバー2ポストだったが、現在は総政治局長のほうが序列が上だ。

 この北朝鮮の権力機構の序列についてよく誤解されているのは、どの機関が制度的にどの機関より上とか下とかいう話だ。形式上はそうした序列があるが、実際には北朝鮮の権力構造は、トップである金正恩と「その他」の関係しかない。金正恩が優遇する組織が優先されるし、それらの組織のトップの人間も、その序列は金正恩が意のままに決める。北朝鮮の政権幹部には序列が存在するが、それはあくまでその時点での金正恩による評価にすぎず、序列が上の人間が下の人間より単純に偉いということではない。北朝鮮で偉いのは金正恩だけで、その他は全員、偉くないのだ。

 軍の謀反を警戒する金正恩は現在、軍全体の指揮権を持つ総参謀長(最高司令官は金正恩だが、その意にそって指揮権を代行する)の権限を制限するため、軍内部の謀反の兆しに目を光らせている総政治局を統括する総政治局長にナンバー2の序列を与えている。現在の総政治局長(つまり政権ナンバー2)は、党幹部(党組織指導部第一副部長)から軍監視役として送り込まれた黄炳瑞である。黄炳瑞・総政治局長は他に党政治局常務委員、党中央軍事委員会委員、国務委員会副委員長のポストにあり、次帥に称せられている。

偵察総局は金正恩直結、初代局長は金英哲

 軍の独立機関である偵察総局は、陣容は総参謀部や総政治局よりずっと小規模だが、秘密工作機関であるため、総参謀部傘下の実戦部隊とは指揮系統を切り離され、金正恩直結の別系統となっている。

 もともと初代局長だった金英哲が全権を握っていた組織だが、つまりは金正恩から金英哲に、総参謀部長を通じない直結のルートがあったということである。

 金英哲は2009年に創設された偵察総局のトップに就任した時点では、国防委員会政策室長だったが、その後、権力中枢に引き上げられ、昨年1月には偵察総局長から党統一戦線部長・党書記(対南担当)に転出した。その後、党中央委員会副委員長、党政治局員、党中央軍事委員会委員、国務委員会委員などにも就任している。

 偵察総局はこのように初代局長だった金英哲の部隊という印象が強い組織だったが、昨年1月の金英哲転出の後、未確認情報だが、昨年5月に第7軍団長だったハン・チャンスンが後任の局長に就任したとの情報がある。

 なお、党の統一戦線部長に就任した金英哲だが、昨年夏の約1カ月間、なんらかの責任を問われ、農場で革命化教育を受けたとの未確認情報がある。このとき金英哲の責任を追及したのが金元弘・国家保衛相で、この両者に確執があるとの推測も報じられたことがあるが、これも未確認である。

仕事のメインは諜報活動

 前述したように、偵察総局の前身組織はかつてさまざまな秘密工作を実行してきたが、2009年に偵察総局が発足してからは、それほど目立った秘密工作は多くない。知られているところでは、2010年3月の韓国軍哨戒艦「天安」の撃沈、同年に韓国で摘発された工作員の黄長菀・元書記暗殺未遂(まだ初期段階だった)、2011年の金寛鎮・韓国国防長官暗殺計画(疑惑段階)などがある。

 もちろん現在でも、とくに海外での諜報活動も任務とする偵察総局は、海外に要員を派遣していることは間違いない。旧「偵察局」の破壊工作部門であれば、軍の化学兵器部門との協力もあり、毒殺のプロットも計画可能だろう。前述した黄長菀・元書記暗殺未遂の工作員は、懐中電灯型銃や毒殺用偽装ペンを持ち込んでいた。

 しかし、実際のところ、偵察総局による暗殺は、久しく実行されていない。偵察総局の仕事のメインは諜報活動であり、作業としてはほとんど現地で協力者をオルグすること(包摂という)である。

 偵察総局はそうした任務のため、海外に要員を常駐させているはずである。国交のある国なら外交官に偽装するのが一般的だが、それ以外にも、貿易商などに偽装する場合もあるだろう。とくに、韓国へのスパイの潜入は、今でも偵察総局が力を入れて実施していると思われる。

 偵察総局の内部機構は、以下の通りと推定される。

▽第1局(作戦局 ※旧・党作戦部)
スパイ浸透・養成担当。海州、南浦、元山、清津の4カ所に出撃のための連絡所を運営。

▽第2局(偵察局 ※旧・軍偵察局)
軍事作戦を担当。2010年の韓国哨戒艦撃沈事件にも関与したとみられる。

▽第3局(対外情報局 ※旧・党35号室)
外国で対南情報を収集し、第三国を通した韓国浸透を支援する。

▽第5局(対南交渉局 ※旧・国防委員会政策室の実働セクション)
南北対話関与、交渉技術研究などを担当。

▽第6局(技術サイバー局)
サイバーテロとスパイ装備開発。

▽第7局(支援局)
他部局の工作を支援。

中国各地でサイバー作戦を展開

 偵察総局の近年の活動として特筆すべきは、サイバー作戦である。偵察総局でサイバー戦を担当するのは第6局(技術サイバー局)だが、実働部隊として専門の「121局」が運用されている。121局の要員は推定で3000人。交代で中国各地に派遣され、ハッキング任務に従事しているとみられる。

 そのため偵察総局第6局は、たとえば遼寧省、黒龍江省、山東省、福建省、北京隣接地域などに、貿易会社事務所などに偽装したハッキング基地を設置しているとみられる。とくに中心的な拠点は遼寧省丹東市に設置されているようだ。

 古い記事だが、2011年5月8日付『中央日報』日本語版が、北朝鮮ハッカーの興味深いインタビューを掲載している。一部抜粋引用する。

「上部からの命令により中国に行き、南朝鮮のサイトをハッキングする。また、指示されたプログラムを受け取り、南朝鮮の動画ファイルに悪性コードを埋め込む作業もする」

「正直なところ、どの南朝鮮サイトもハッキングはとても簡単だ。指示さえ下されれば数百人ずつがあるサイトを攻撃する。それであっという間にダウンする。IPアドレスのため、できるだけわれわれがやったことを知られないようプロキシサーバーを利用し、第三国を迂回して入る方法を使う」

「南朝鮮の選挙の際には、数十人ずつチームを作って中国に滞在し、南朝鮮のサイトで世論を作り、デマを広める。サイトに加入するために盗用した住民登録番号を使う。われわれは住民番号100万個を持っている。南朝鮮の人の名義で開通した携帯電話もある」

「私の友人らが中国で仕事をする際にはひとりが数百人分の住民番号を管理した」

「中国に行く期間は短くて10日、長くて3〜6カ月だ。デマ攪乱チームは2〜3カ月ずつ滞在する」

「コンピューターウイルス製作のために働く人だけでも数百人になる」

リスキーな暗殺を敢行する特異な独裁体制

 いずれにせよ北朝鮮の工作機関は、偵察総局や国家保衛省以外を含めても、重要人物の暗殺はそれほど行っていない。

 他の工作機関も含めて、北朝鮮が実際に成功した暗殺は、今回の金正男を別にすれば、97年の李韓永殺害くらいしかない。李韓永(本名・李一男)は、金正男の実母である成螵琳の姉の息子である。つまり金正男の従兄弟にあたる。

 この李韓永は82年に韓国に亡命し、96年に暴露本を出版した。この暴露本で「喜び組」など北朝鮮上層部の私生活を明らかにしたことが、おそらく決定的な原因となり、97年、ソウルの自宅アパートの前で銃撃されて殺害された。犯人は逃げおおせたが、これは偵察総局の前身組織ではない「党社会安全部(対外連絡部)」による暗殺作戦との説がある。

 今回の金正男暗殺はその党統一戦線部225室(対外連絡部の後身)でもなければ、破壊工作のプロ集団である軍の偵察総局でもなく、おそらく秘密警察である国家保衛省の作戦と思われるが、いずれにせよ国家が明らかな犯罪行為である暗殺を行うのは、露呈した場合の政治的リスクを考えると、現代ではやはりリスキーである。

 金正男暗殺のように、北朝鮮の犯行であることが歴然な暗殺を、しかも金正男が特別に反政府活動などをしているわけでもないのに実行するというのは、それこそ政治的殺人のハードルが極端に低い超個人独裁体制の特異性の表れといえるだろう。

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筆者:黒井 文太郎