2017年2月27日午前9時、バルセロナ――。いよいよ始まった今季の開幕前合同テストで、コースインしてわずか1周で固く閉ざされてしまったマクラーレン・ホンダのピットガレージを見て、詰めかけたメディアの間には不安が広がった。ガレージ内ではパワーユニット交換が行なわれ、コース復帰を果たせたのは午後4時になってからだった。


カラーリングも一新した今シーズンのマクラーレン・ホンダ 翌日も最初のチェック走行でエンジンを止めてゆるゆるとピットに戻り、メカニックが慌ててピット入口まで駆け寄って押し戻す。29周を走行したところでパワーを失ってパワーユニット交換。

「今年のホンダは、もうおしまいじゃないか?」
「2年間の経験がありながら、どうして今年もまだトラブルだらけなんだ?」

 海外メディアからは厳しい声が上がった。

 ピットガレージ前で成り行きを見守っていたフェルナンド・アロンソの地元スペインのテレビ局『Movistar』のレポーターは語る。

「スペインではフェルナンドがもう一度、チャンピオンになるところを見たいという願望を抱えているんだ。ホンダ批判一辺倒のイギリスよりは、マクラーレンの車体性能に対して疑問を持つ声もあるけれど、それよりもなにより『すべてはホンダにかかっている』という印象がある。マクラーレンとホンダとのコラボレーションなのだから、いつかは絶対に成功するだろうとは思っているけど、それが20年後では遅すぎるんだ」

 いつまで経っても上がらない成績と、続発するトラブル……。「マクラーレン・ホンダ」という往年のタッグ復活に寄せた期待が裏切られて3年目。ファンもメディアも我慢の限界に達しようとしているのだ。

 しかし、外から見える様子と、チーム内の実状は異なっている。

 ホンダが抱えたトラブルは、参戦初年度の2015年のような悲惨なものではなく、どれもシンプルなものだった。

 初日は、走行中にGがかかった際にオイルタンク内でオイルが暴れ、ポンプから吸い出せない瞬間が生じるという問題が起きた。だがこれは、実は前日のフィルミング走行(プロモーション撮影用)で発覚していたものだった。ホンダは夜のうちにオイルタンク内部の「バッフルプレート」と呼ばれる仕切り板の再分析を行ない、現場で加工を施して対策した。その分析・再設計作業に時間がかかり、対策が間に合わなかったため、テスト初日の朝はダメもとで同仕様のままコースに出してみたのだ。

 その結果、撮影用の低速走行ではなんとか騙し騙し走行することはできても、やはりレーシングスピードの走行は難しいと判断し、オイルタンクの対策完了を待つことになった。ガレージ裏では対策済みオイルタンクを組みつけたもう1基のパワーユニットが準備され、パワーユニットの載せ換え作業が行なわれることになった。

 ホンダの長谷川祐介F1総責任者はこう説明する。

「オイルタンクは内部の形状とかバッフルが命ですから、そういうところがうまくバランスが取れていないと横Gや縦Gの影響でどこかに(オイルが)溜まってしまって、うまく吸い取れないという問題が起きるんです。ちょっとした改修でできることだったんですけど、本当に大した問題じゃないんですよ(苦笑)。どんなエンジンでもよくあることだし(パワーユニットそのものに関わる)根源的な問題ではないんですけど、直そうと思ったらパワーユニットをマシンから降ろさないといけませんから、時間がかかってしまいますね……」

 攻めた設計刷新を図ったため、オイルタンクも一般的な縦長の筒型ではなく、中央部にマウントしたターボのコンプレッサーを避けるように「Ω字型」をしている。それだけにその対策は十分に考慮されていたが、末端のポンプ吸入口あたりに単純なミスがあったのだという。

 完全な新車であり、パワーユニット側もレイアウトを一新していることもあり、交換作業を担当するマクラーレン側のメカニックもまだ不慣れ。さらには、テストデータ収集のための何十本というセンサーの配線もある。6時間以上を要する大作業となってしまったのは、そのためだった。

 もちろん、失った時間は大きい。しかし、発生した問題自体は極めて単純なものだった。

 2日目の朝一番にマシンが止まったのも見栄えが悪かったが、これもガソリンが足りず燃圧が落ちたというもの。つまり、ただのガス欠だった。

 しかし、29周を走ったところで発生したトラブルは深刻なもののように見えた。

「戻ってくる途中に突然、パワーダウンしたということでした。テレメトリー上でも事前に何の兆候もなくて、ストフェル(・バンドーン)が『パワーがなくなった』と報告したのでデータを見たら、実際にパワーが落ちていたのでクルマをピットに戻しました。エンジン自体は回っていましたけど、気筒がいくつか死んでいました」

 明らかにメカニカルな問題で、ICE(内燃機関エンジン)内部で何かが壊れていた。

 このパワーユニットは日本のHRD Sakuraに送り返され、2日後には破損箇所を確認。まだ詳しい原因はわかっていないが、まったく同じ仕様のパワーユニットが3日間で111周(初日午後28周、2日目午後11周、3日目72周)も走行を続けている。長谷川総責任者は明言こそしないが、設計の根本に関わる問題ではなく、部品の製造不良や使用上のイレギュラーなものだったと考えているようだ。

「あれ以降も出力を落としたり特別なことはせず普通に走りましたが、何も問題は出ていません。問題が起きたことは頭が痛いですが、(2日目のパワーユニットだけが)あまりにも短命で壊れているので、普通に考えればイレギュラーなことが起こったんだと考えるのが自然ですね」

 つまり、4日間のテストでトラブルが多発したように見えるが、実際にパワーユニット本体に起きたのは2日目の何気筒かが壊れた問題だけで、それ以外の3基のパワーユニットは何の問題もなくマイレージを重ねている。

 3日目と4日目は順調にテストプログラムをこなし、約1日半先行しているライバルのようにロングランやタイムアタックを行なっていないために好タイムは記録していないものの、2〜3周のランを繰り返し、マシンの基本確認のための空力データ収集やセットアップ変更に対する反応の確認を行なった。

 マクラーレンのチーフエンジニアリングオフィサー、マット・モリスもそれほど悲観的な表情はしていなかった。

「今回のテストでマシンの基本的なチェックを行なって、想定外の動きをしているところはないし、高速コーナーのパフォーマンス向上は果たせている。去年苦しんだ問題からは解放されていることが確認できたよ。まぁ、確かにちょっとスロースタートだったし、まだ本当に一歩目のステップでしかないけどね」

 長谷川総責任者はむしろ、ファンや周囲に漂う悲観的なムードは意外だという様子だった。

「予定していたプログラムはおおむねこなすことができましたし、取り戻せたと思います。ロングランとか耐久性確認はできていませんけど、クルマの基本的な確認作業やセッティングといったようなテストプランは相当できましたからね。正直言うと、たかだかテスト2日でちょっとトラブルがあったくらいで、みんなちょっと騒ぎすぎなんじゃないかと思うんですよね(苦笑)」

 メルセデスAMGやフェラーリが順調に走行距離を伸ばしたのに対し、ホンダとルノーにはトラブルが出た。これは、この2メーカーが大幅な設計刷新をしてきたからに他ならない。守りに入らず攻めた結果なのだ。信頼性を確保するのは容易だが、もともとない性能を上げることは容易ではない。それがF1界の原則だ。

「去年のパワーユニットをマイナーチェンジしていくっていう選択肢もあったとは思いますけど、それでは1ステップ上に行けないわけですから、イチからすべてを見直してやり直して今シーズンに臨んでいるわけです。その結果が今の状況で、守りよりも攻めの姿勢で臨んだことによって多少のトラブルは仕方ないかなと思いますし、(攻めの姿勢で臨んだからこそと)僕は前向きにとらえています」

 最初のつまずきはあったが、我々が「2015年の二の舞か」と懸念するような状況ではないようだ。

「ちょっとつまずいてしまって、ちょっと転んじゃったし、ひざくらいは擦りむいたかもしれないけど、大ケガはしていないという感じです。大ケガしたなんて全然思ってないですよ。2日目で何かあったからといっても、どうってことはないと思っています。つまずいたという事実は残念ですし、走れなかったことは申し訳ないですけど、これが今シーズンを左右するみたいなことはまったくないですから。それよりもこれからセッティングを進めていったときに、競争力がどうなのかということのほうが重要です」

 そう語る長谷川総責任者の表情が今ひとつ晴れやかでないのも、マクラーレン・ホンダのスタッフたちの間にどこか活気がないのも、タイムシートの下位に留まっているからだ。心に重くのしかかっているのはトラブルなのか、パフォーマンス不足なのかと問うと、長谷川総責任者は当然とばかりに言った。

「そりゃあパフォーマンスですよ、圧倒的に。トラブルはいずれ解決することができますから。ただ、この段階でガッカリしちゃいけないし、結果についてあれこれ申し上げるのはまだ早いということですね。ルノーが速いのに驚いていますけど、空タンかもしれないしアンダーウェイト(最低重量以下)で走っているかもしれないし、我々だってそういうことをやろうと思えばできますけど、我々はテスト項目に専念してタイム狙いの走りをしていませんからね。もちろん、一番時計が出ていれば元気が出るのは当たり前ですけど、まだまだがんばらなきゃいけないなということです」

 まだテストは折り返し地点を迎えたところでしかない。この段階で一喜一憂するのは早すぎる。残る4日間(3月7日から)でどれだけ濃厚なテストを進め、開幕へ向けて準備を整えることができるか。そこで、マクラーレン・ホンダがどれほどの速さを見せるか。勝負はそれからだ。

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