アレッポからの避難。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】包囲された街で飢えてやつれきり、時には死の危険にさらされ、また時には自ら死を望む若きジャーナリストに、いったいどんな言葉を掛けられるだろう?

 励ましや、仕事に対する称賛を並べるばかりだが、計り知れない無力感は拭い切れない。

「気を強く持って。われわれには君が必要なんだ。頑張って。諦めないで」

 レバノン・ベイルート(Beirut)にいる私や同僚らは、シリア・アレッポ(Aleppo)を担当するカラム・マスリ(Karam al-Masri)記者との日々のやりとりの中で、こうした言葉を何度送ったことだろう?

 われわれはカラムに敬服している。空腹や恐怖、爆撃を耐え忍んできたからだけではない。これらあらゆることに直面しながらも、記事や目撃した詳細、写真、動画をわれわれに送り続けてくれたからだ。われわれは常にこう伝え続けた、ただ君に無事でいてもらいたい、自分の身をいたわって、この地獄から抜け出してほしいと。

 われわれは1年前から、正式な訓練こそ受けていないが、ジャーナリストの血が流れているこの若者と親交を深めてきた。

 写真を撮って家に帰って来ては、自分もいつか街で誰にも顧みられないまま殺されたりけがを負ったりするんだという思いにとらわれてならないと打ち明けるようになった。

 われわれが彼のために何をしてやれただろう? どんな選択肢も結局、非現実的なのだと判明した。

 無力感。遠くの悲劇。彼の声はあまりに近く落ち着いて聞こえ、苦悩などほとんど想像もできなかった。

■人間の絶望の淵

 2014年、私はシリア第3の都市ホムス(Homs)にいた。かつての「革命の中心地」が政府軍に明け渡されるという、大きな転換点となる合意から1週間後のことだった。

 そこで私は人の身に起こり得る惨状をまざまざと目にした。ある老夫婦は、飢えと壊滅的な包囲の2年間を、自宅にこもって過ごしていた。

 しかしカラムとのやりとりで、遠く離れているにもかかわらず、私は人間のさらなる絶望の淵をのぞき込むことになった。

 カラムは、自分が置かれている状況など、赤ちゃんに与える食ベ物さえない母親らに比べれば何でもないと繰り返すばかりだった。

 われわれは、カラムの目を通してアレッポの人々の苦しみを見た。ベイルート支局全体が胸を痛めた。われわれの親族までもがカラムのことを心配していた。支局員の母親らは、カラムから便りはあるかと尋ね、彼のために祈っているからと口をそろえた。

 政府軍がカラムの住む地区に迫ると、われわれは彼が手掛けた記事や動画、写真には彼の署名を入れないと決めた。

 しかし彼はこれに激高した。「記事に自分の名前をどうしても入れたい。それが私の義務だから」と言い張った。無論、彼の署名を記事に入れ直した。

 カラムが特に自分の署名にこだわったのは、アレッポの通りに体の部位が散乱しているという記事だった。彼はわずか数メートル先で、少女の両脚が引き裂かれるのを目撃していた。想像を絶する破壊行為だった。

 彼が自分の記事に署名を残すことにどれだけ誇りを感じているかをいよいよ悟ったのは、彼が火事でカメラを失ったあの悲惨な夜だった。彼にとって、それ以外に生きる理由など皆無に等しいのだと、ようやく理解した。ほぼ唯一の生きがい。

 その夜、私は胸にあふれる感情をこらえ切れず嘔吐(おうと)した。カラムから、よく泣き顔の絵文字の入ったメッセージが届いたが、私自身も悪夢を生きている気がした。

 度を越していた。両親を失い、政府軍とイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の両方に拘束され、飢えの苦しみを思い知らされた揚げ句にこんな目に遭うなんて。

■絶対に生き延びなければならなかった人間が生き抜いてくれた

 カラムが奈落の底に沈んでいく前に、何とか手を差し伸べなければならないと思った。

 私はその夜、彼と2時間以上話した。失ったのはただの物にすぎないじゃないか──また奮起しなくてはならないと説得した。新しいカメラはわれわれが用意するから、と。

 ベイルートやキプロス・ニコシア(Nicosia)の同僚らがカラムを励ました。AFP会長もカラムに電話した。彼は絶対に生き延びなければならない人間だった。そして確かに生き抜いてくれた。今は、言葉では言い表せないほど誇らしい気持ちでいっぱいだ。

このコラムは、AFPベイルート支局のラナ・ムサウイ(Rana Moussaoui)副支局長が執筆し、2017年2月8日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

【翻訳編集】AFPBB News