(写真=(C)乃木坂46LLC)

写真拡大

 乃木坂46が毎年恒例にしているバースデーライブは、その時点までの乃木坂46楽曲の全曲披露というコンセプトのもと、グループの歩みを振り返る記念日として存在してきた。2月20〜22日に行なわれた『5th YEAR BIRTHDAY LIVE』もまた、これまでとは違う振り返り方で乃木坂46の足跡を確認するものになった。

(参考:乃木坂46、5年目のバースデーライブで開いた“第2章”の扉

 例年、原則としてリリースされたシングルの順に楽曲が披露されてきたが、今回はそのルールを取り払って披露する順番を柔軟にし、また同一楽曲を複数回パフォーマンスする機会も増やしている。時系列に歴史を追ってみせるスタイルにこだわらなくなったことで、3日がかりの大イベントに拡大したバースデーライブを、1本ずつのライブとしてより効果的に構成していた。

 柔軟さを見せるその一方で、3日間のうちどの日に訪れても、1st『ぐるぐるカーテン』から最新16th『サヨナラの意味』までの、16枚すべてのシングルに収録されているいずれかの楽曲を聴くことができるよう、均等に目を配ったセットリストが組まれていた。つまり、グループ最初期から現在に至るまでの道程を、初日〜3日目までそれぞれの形で振り返るスタイルになっている。これまでのバースデーライブの原則を一旦解いて再構築した結果、6年目に入ったグループのキャリアを、いくつもの観点から確認できるようになった。

 ライブ初日となる20日は、何よりも橋本奈々未の卒業コンサートとしての意味が大きい。フロントメンバーとしての彼女の存在の強さはライブ冒頭、センターを務めた「サヨナラの意味」から5曲連続で披露されたシングル表題曲のパフォーマンスや、ライブを締めくくる去り際の美しさで十分に見せつけられた。けれども、おそらく彼女の真骨頂はグループ全体を、あるいはアイドルという職業そのものを俯瞰してみせる、特有のスタンスにあった。橋本の意向が反映されたこの日のセットリストは、パフォーマーとしての彼女をメインに据えた楽曲ばかりでなく、「ボーダー」や「生まれたままで」といった、橋本とは大きく違う立場にいるメンバーたちにとっての重要曲も要所でフィーチャーされた。また、昨年末の武道館ライブで白石麻衣・松村沙友理とともに披露した「Threefold choice」をこの日も同じトリオでパフォーマンスし、オリジナルでは若年メンバーによって歌われる同曲を再解釈してみせた。独特の距離感でアイドルグループと対峙してきたフロントメンバー・橋本奈々未の存在を通して、乃木坂46の歴史を辿ったのが、バースデーライブ初日だった。

 この日を最後に表舞台を去った橋本は、乃木坂46在籍中からしばしば、アイドルからの「卒業」をことさら特別なものとして捉えない見方を語ってきた。それは「アイドル」である時期もそうでなくなってからの人生も、等しく尊いことをあらためて認識させてくれる姿勢だった。グループアイドルシーンの隆盛によって「アイドル」の総数が増大した今日にあって、「アイドル」の生に対する視野を広げてくれる橋本のスタンスは、異端であるどころかきわめて重要なものだ。その彼女がこれ以上ない大きさのステージで卒業を迎えて舞台を降り、そこから地続きの人生を歩んでいくことは、乃木坂46にとってもアイドルというジャンルにとっても決して喪失ではなく、未来に開かれた大きな希望である。

 さいたまスーパーアリーナという大会場での3日連続公演の実現は、それだけで乃木坂46の隆盛を存分に物語る。いまやアイドルシーンの中心に立ち、グループアイドルとしてひとつの最盛期を迎えている乃木坂46は、いつしかたくましさを湛えるようになっていた。そのためか、今年のバースデーライブで聴く草創期の楽曲には、未完成の頃の懐かしみよりも、2017年現在のメンバーたちの成熟の方が強く印象に残った。

 たとえば、まだキャリアの浅い段階にいたかつての生駒里奈に向けて2012年に書かれた「水玉模様」は、その年齢特有の不安定さをも含めた作品だった。5年を経て歌われる同曲からわかるのは、彼女が以前とは異なるパフォーマンス、異なる身体を手にしているということだ。当時だからこそできた表現と、現在だからこそできる表現。その遠近感をひときわ感じられるのも、自然な成長とともにシーンのトップに立つことができたグループゆえだろう。

 そして、そんなパフォーマーとしての進化は、やはり集団としての表現にこそ強く感じられる。「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」で幕を開け、アンダーライブの積み重ねが生んだ成果を祝福するような2日目冒頭のセットリストも、各日の要所に固められた歴代のシングル表題曲群も、歴史の振り返りである以上に、キャリアを重ねてスター集団になった現在の乃木坂46によってアップデートされた作品として迫ってくる。今回のバースデーライブはなにより、過去への視線よりも現在のグループの強さを突きつけるものだった。

 グループアイドルの歩みは、メンバーの循環を必然的にともなう。楽曲発表時とはメンバー編成もそれぞれの立場も移り変わっていく。とりわけ、特定のメンバーに紐付いた楽曲をあらためて披露する場合には、その曲の扱い自体がグループの意思を示すことになる。昨年、卒業を発表し新たな道の入り口に立った深川麻衣へ捧げられた「ハルジオンが咲く頃」「強がる蕾」は今回、乃木坂46加入という形で新たな入口に立った3期生たちに受け渡され、これらの楽曲に新たな意味付けを与えてみせた。

 もちろん、近い将来に3期生たちの立場も変化していくし、卒業するメンバーもあらわれるだろう。オリジナルメンバーたちの成熟は同時に、メンバーがグループから旅立つステップアップの準備でもある。初めての大きな循環期に対峙する乃木坂46にとって今年のバースデーライブは、結成以来最高の充実期と、結成以来最も大きな転換期とが交錯する3日間になった。

 最後に記しておきたいのは、乃木坂46の歩みはメンバーたちの成熟の軌跡であるばかりでなく、制作チームの細やかなクリエイションの蓄積でもあるということだ。このバースデーライブでは、さいたまスーパーアリーナという会場を使用するにあたって、ステージの壁面を可能な限りLEDパネルで埋め尽くし、映像演出面で乃木坂46のライブのあり方を更新した。時にステージに立つメンバーたちを飲み込むように一面に景色を映し出し、時に生身のメンバーのアクションと映像とを連動させ、さらに昨年の武道館ライブでも目を引いた撮り下ろしの楽曲映像も、大画面を駆使してより効果的に見せる。もともと、パッケージングされた映像コンテンツに、繊細なこだわりを見せてきたグループである。その特性は今回、ライブにおけるメンバーの身体と映像との連携強化に注がれた。この3日間は、乃木坂46のコンサートにとってもひとつの転機になったはずだ。

 映像面に限らず、こうした制作チームのポリシーは、乃木坂46というブランドが決して欠いてはならない財産だ。アイドルとして成熟の時期を迎えているメンバーたちと、これらクリエイティブとの相乗効果が乃木坂46の現在を支えている。今回乃木坂46は、過去から現在へ直線的に歴史を辿ってきたこれまでバースデーライブを解体し、現在のグループの強靭さを見せる3本のライブを積み上げ、また映像演出を中心に総合芸術としてのアイドルライブ作りを一歩進めた。さらにメンバーの編成や立ち位置が移り変わっていくはずの近い将来のためにも、今ある財産をいかに維持し、進化させていくかを注視したい。(香月孝史)