2月13日にマレーシアで金正男が暗殺された事件で、同月27日、韓国の情報機関「国家情報院」は、犯行を行ったのは軍の「偵察総局」ではなく、「国家保衛省」で、そこに北朝鮮外務省が協力したとの見解を公表した。北朝鮮の工作機関について最も情報を持っているのは韓国の情報機関だから、現時点ではその可能性がきわめて高いと判断していいだろう。

 現在、海外で破壊工作を実施できる北朝鮮の組織は、この偵察総局と国家保衛省の2つである。前者は諜報活動や破壊工作を担当する情報機関で、後者は反乱分子を摘発する秘密警察である。

 国家保衛省はもともと北朝鮮国内での秘密警察活動と、海外での北朝鮮外交官の監視などが主任務だったが、近年は脱北者追跡の役割が増えており、それに従って脱北者の多い中国東北部、東南アジア、さらには韓国内での秘密活動が強化されている。こうしたエリアでの暗殺などのダーティワークは、近年は偵察総局よりも、むしろ国家保衛省が主力になってきている。

工作員が脱北者を追跡・処刑

 ただし、報道されているイメージのように、暗殺を常日頃から実行しているかというと、それほどでもない。今回の金正男暗殺のような大規模な作戦は、おそらく初のことだ。

 前述したように、国家保衛省は海外では脱北者の摘発を主任務としているため、とくに中国東北部で脱北者の捕捉を実施している。また、同地において、韓国の脱北者支援団体や韓国情報機関員などと日常的に水面下の攻防戦もある。そうした中で、殺人行為もときおり行われているが、それも大がかりなものはほとんどない。

 比較的大がかりな作戦とすれば、脱北者に偽装して韓国内に工作員を潜入させ、そこで他の脱北者を追跡する活動がある。たとえば、2008年に韓国で摘発された女工作員・元正花の場合は、韓国に潜入した後、協力者獲得工作と同時に、大物亡命者である黄長菀・元書記の所在確認も命令されていた。元正花の養父も南派工作員で、その養父含めて数人のスパイ団を韓国内で作っていたが、摘発されている。

 なお、元正花は脱北した後、担当した韓国情報部員と男女関係になるが、それを聞いた国家保衛省の担当指導員は、それを利用してその韓国情報部員を暗殺するように元正花に命じている(未遂行)。

 また、2012年に韓国で摘発された国家保衛省工作員は、脱北者団体幹部に接触するように命令されていた。ただし、いずれもそれほど大がかりな作戦ではなかった。

恐怖支配を実施する最重要組織

 国家保衛省は5万人とも7万人ともいわれる正規要員(うち平壌市テソン区の本部には8000人が勤務との未確認情報)と、数十万人の協力者がいると推定されるが、詳細は不明である。内部の機構も非公表で、詳細は不明である。

 国家保衛省は形式上は省として内閣の一機関だが、実際には金正恩に直結している。国家保衛省は昨年6月、「国家安全保衛部」から名称が変更された。北朝鮮では党中央直結とされる「部」が内閣所属の「省」より格上のため、この名称変更を「降格」と推定する報道もあったが、当時は昨年5月の党大会からの大幅な組織改編が進行中で、たとえば人民武力部も人民武力省に名称変更されるなどしており、一概に降格とは断定できない。国家保衛省の権限は依然絶大なものがあり、金正恩の権力の源泉である恐怖支配を実施する最重要組織であることには変わりない。

失脚した国家保衛省のトップ

 その国家保衛省では今年1月中旬、大事件が発生した。トップである金元弘・国家保衛相が解任され、次官級を含む複数の幹部が処刑されたのだ。金元弘は大将から少将に降格されたとだけ伝えられているが、その後の消息は不明で、いずれにせよ失脚したことは確実である。北朝鮮の権力層の失脚の過去事例からみると、監禁・軟禁で済めば良いほうで、処刑される可能性も高い。

 この大粛清は、党の組織指導部の内偵調査によるものとみられる。タテマエとしては、独断による拷問、越権行為、汚職などが挙げられたようだが、要するに「ウラの権力を行使してきた人物は、力を持ちすぎると独裁者にとっても危険なので、排除された」ということだろう。

 金元弘はもともと秘密警察畑の人物である。金正日政権の終盤に、軍内の秘密警察である「保衛司令部」司令官を務めた後、軍内の政治警察である「総政治局」の組織(人事)担当副局長に転じ、2011年末の金正日死去を受けた金正恩体制発足後、2102年4月に国家安全保衛部長に就任している。このように各種の秘密警察での任務を長く務めた人物であり、国家安全保衛部長となってからも、2013年12月の張成沢処刑をはじめ、金正恩政権下の多くの幹部粛正を主導してきた。

 北朝鮮ではウラ権力である秘密警察の指揮官になった人物の多くが、やがては自らも粛正されるという運命にあったが、金元弘も例外ではなかった。彼自身、おそらくそのことは予想していたであろうし、実際、彼以外の政権幹部格の多くが粛正の対象になっていたため、金正恩に疑われることのないよう、ひたすら金正恩の意に沿う働きだけを心掛けてきたと思われるが、金正恩はそう甘くはなかったということだ。

国家保衛省の歴代幹部の末路は悲惨

 ここで、国家保衛省の前身組織のトップたちの悲惨な末路を振り返ってみよう。国家保衛省は、もともと金日成の時代から、独裁者の権力維持のために最重要の中枢組織だった。当初は1973年に金日成直属の秘密警察として「国家政治保衛部」として発足。部長は金炳夏で、金日成体制の恐怖支配確立を主導したが、彼は82年に処刑された。その後、国家保衛部と改編され、部長には李鎮洙が就任したが、実際には金正日が直轄した。

 李鎮洙は87年に視察先で変死(ガス中毒死とみられる)するが、それ以降、金正日の直轄下で部長ポストは空席とされ、歴代の第一副部長が実務を取り仕切った。当初、その責任者となったのは金英龍・第一副部長だった。国家保衛部は93年に国家安全保衛部に改編されるが、98年、内部で大粛清が行われる。このとき、責任者だった金英龍・第一副部長は、粛正を悟って服毒自殺している。

 その後、金正日政権終盤になって、同部の実務を担当した責任者は、禹東測・第一副部長だった。2011年末に金正日が死去した際、霊柩車に付き従った8人の幹部が金正恩体制の当初の後見人であり、そのうち4人が軍・秘密警察幹部だったが、そのひとりが禹東測だった。しかし、その禹東測も早くも2012年4月に失脚した。処刑は確認されていないが、その後の消息は一切不明である。

 前述した金元弘は、この禹東測失脚を受けて国家安全保衛部のトップに就任した。それも、87年以来、空席だった同部長としての就任だった。それだけ厚遇されたといえる。

 なお、国家安全保衛部時代の幹部の粛正では、もうひとり有力な幹部の例を紹介しておこう。2011年に処刑された柳京・副部長である。彼は2001年に日本と拉致問題・国交回復問題を秘密交渉した「ミスターX」とみられる幹部で、それだけ金正日が信頼していた人物だったが、金正日の晩年、収賄の疑いで粛正の対象になったのである。

 このように、国家保衛省の歴代幹部の末路は悲惨である。それでも、そのポストに任命されれば、自らの粛正を回避するために、ひたすら金正恩に忠誠を尽くすしかない。忠誠を尽くす唯一の方法は、ひたすら懸命に不穏分子を狩り出すことだ。しかし、その仕事に邁進すれば、自ずとウラの権力が集まってくる。そうなれば独裁者の猜疑心の対象となり、結局は粛正の対象になる。どちらに転んでも悲惨な運命である。

国家保衛省を監督する党組織指導部

 今年1月の金元弘失脚は、党組織指導部が主導した。国家保衛省は金正恩に直結する組織だが、その指導権・監督権を、金正恩は党組織指導部に与えている。しかし、国家保衛省が党組織指導部の傘下にある組織かというと、そうとも言えない。

 北朝鮮の政治体制は、制度上のタテマエとは違い、実際には金正恩がトップで、それ以外はすべて独裁体制の歯車であり、それぞれの立場の強さはひとえに金正恩の考え次第である。現在の金正恩体制で、体制内の監視機構として大きな権限を与えられているのは、軍の「総政治局」、党の「組織指導部」、そして国家保衛省である。

 独裁政権にとって、どこかの組織が突出して権力を握ることは危険である。そのため、ウラの権力を握る組織同士を互いに監視させ、1つの組織に権限が集中しないようにするわけだ。

 総政治局は、軍を監視する。独裁体制にとって最も警戒されるのは、軍のクーデターであり、そうした芽を摘むために総政治局には絶大な権限が与えられている。

 国家保衛省は不穏分子を実際に摘発・粛正する実働部隊である。その権限はさらに絶大なもので、金正恩の命令があれば、軍や党のトップクラスであっても粛正することになる。そして、国家保衛省を監督する組織として、金正恩は党組織指導部をあてている。

 党組織指導部の中でも注目される実力者が、趙甬元・副部長だ。現在、金正恩の視察に最も多く同行している最側近といわれている。昨年7月、太永浩・元駐英公使が韓国に亡命し、韓国メディアで盛んに金正恩体制批判を語っているが、その太永浩も趙甬元の政権内での権勢について指摘している。

 1月の金元弘・国家保衛相の失脚も、おそらく金正恩=趙甬元ラインで決められたものではないかと思われる。

なぜ暗殺の実行を急いだのか?

 そして、この金元弘失脚と大粛清が、今回の金正男暗殺に影響した可能性がある。

 今回の暗殺の謎の1つは、どうして監視カメラが完備している空港内で行われたのかということだが、可能性の1つとして、暗殺の実行が急がれていたかもしれないということがある。

 本来ならもっと時間をかけて標的である金正男の行動を監視し、人の目のない場所でこっそり殺害したかったところ、そこまで監視する時間的余裕がなかったのではないか。そう考えると、襲撃者たちの身元の足がつきやすい空港内での犯行も合点がいく。

 そして、その急いだ理由に、国家保衛省内部の粛正があったのではないか。つまり、いつまでも結果を出せなければ、自分たちも粛正の対象にされてしまうという恐怖があったのではなかったかという可能性がある。

 これはあくまで1つの可能性だが、たとえば太永浩・元駐英公使などが最近、頻繁に韓国メディアに登場し、さかんに金正恩政権批判を発言していることに関連し、激怒した金正恩がこれまでの幹部亡命者とその協力者の処刑を命令。その多くの対象の中に金正男の名前があり、作戦を急いで実行する必要が生じたのではなかったか。

「外務省職員」は国家保衛省からの要員?

 なお、韓国の国家情報院によれば、今回の暗殺は、国家保衛省に外務省が協力した形ということで、犯人グループの中に外務省職員が名指しされているが、もしかしたら国家保衛省から外務省に派遣されている要員の可能性もある。国家保衛省は海外に派遣される北朝鮮国民の亡命阻止も重要任務だが、そのため常日頃から多くの要員が外務省に送り込まれているはずである。

 また、秘密警察である国家保衛省は、秘密保持のために、基本的には国家保衛省内の限られた要員によるチームで作戦を行うものと考えられる。金正恩の直接指示があれば可能だが、通常は他の省庁と共同で秘密工作を行うことは考えにくい。同様に、事件当初、国家保衛省と偵察総局の共同作戦の可能性を指摘する報道もあったが、その可能性も小さい。

 国家保衛省は、外務省や偵察総局などと比べても圧倒的に格上であり、恐れられている存在である。今後も、脱北者たちに対する暗殺作戦は続くものと思われる。

筆者:黒井 文太郎