フランスの路面電車(「Thinkstock」より)

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 東京都葛飾区が貨物線を利用したLRT(次世代型路面電車)構想を発表。同構想を実現するため、2017年度予算に調査費を計上する。

 このほど葛飾区が発表したLRT構想は、葛飾区内にある小岩駅-金町駅を結ぶ貨物線(通称・新金線)を利用して次世代型路面電車を運行するというものだ。新金線は葛飾区を南北に結ぶ路線で、現在は貨物列車が一日に3本ほどしか走っていない。葛飾区の鉄道網は東西に延びる路線がほとんどで、南北の移動は不便だった。そうした不便を解消するために、貨物列車の合間を縫って路面電車を運行。これに伴い、南北間の人的・物的交流を活発化させる狙いがある。

 東京都では昭和40年代から次々と都電が廃止されて、現在は荒川線のみが残っている。各地でも高度経済成長期に次々と市電が廃止された。路面電車を復活させるというニュースは、古きよき昭和を再現するかのように受け取られがちだが、LRT構想はそうした懐古主義的なものではない。

 自動車の普及により、ヨーロッパの都市は著しく郊外化した。荒廃した中心市街地を再生させるべく、ヨーロッパでは路面電車の導入が相次ぎ、そして見事に街は再生した。

 そうした潮流は日本にも到来。06(平成18)年にはJR富山港線が路面電車に転換されて、新たに富山ライトレールが誕生。富山をきっかけに、全国各地で路面電車を新設もしくは復活させる動きが活発化した。特にそうした傾向が強かったのは、首都・東京だ。

 先の葛飾区のLRT構想もそのひとつといえるが、東京都では豊島区・江東区・中央区で路面電車の構想が検討されている。地下鉄が網の目のように敷設され、頻繁にバスが走る東京23区はどこに行くのにも苦労しない。交通至便な東京23区で路面電車が求められたのは、交通渋滞の緩和、環境問題への対応、高齢化社会に対するバリアフリー対応といった名目があったからだ。

●江東区は白紙撤回

 富山ライトレールが誕生して上げ潮ムードにあったLRT構想だが、現在は停滞した状態になりつつある。葛飾区と同様に貨物線を活用して路面電車を走らせることを検討していた江東区の担当者は、こう話す。

「江東区にも小岩駅と越中島貨物駅とを結ぶ貨物線があります。葛飾区と同様に、江東区でも貨物線を利用して路面電車を走らせることを検討しましたが、費用対効果の面がネックになっています。そのためにLRT計画は保留にして、江東区は地下鉄8号線の延伸計画を優先して進める予定です」

 地下鉄8号線の延伸計画とは、有楽町線を豊洲駅から分岐させて半蔵門線住吉駅まで延伸させる計画のことだ。住吉駅より先は、半蔵門線に乗り入れることも検討されている。そのため、埼玉県南部・千葉県北西部の自治体からも早期実現を望む声が高まっている。

 地下鉄8号線の延伸計画を実現するには、江東区が構想しているLRT計画よりも莫大な建設費用が必要になる。それでも地下鉄計画を優先するということは、実質的に、江東区がLRT計画を白紙撤回したということでもある。

 LRT構想が持ち上がっていた豊島区でも同様だ。豊島区では、サンシャイン60を中心にした東池袋の再開発が昭和60年代から議論されてきた。再開発に合わせて、東池袋にLRT計画も浮上した。東池袋のLRT計画は、推進派の高野之夫区長が当選したことで勢いを増した。豊島区の職員は、こう話す。

「池袋ではLRTの線路が建設されることを想定し、西武池袋本店に通じるグリーン大通り沿いのコンビニエンスストアの出店を規制しました。その理由は、グリーン大通りに路面電車が走るから、というものです。路面電車とコンビニでは街の景観として調和しないので、なんとかコンビニ出店を辞退してもらい、替わりにカフェが出店しています」

 これは路面電車が走る街にはオープンカフェが似合うという高野区長の意向に沿ったものだとされている。それほど豊島区はLRT構想に力を入れていたが、東池袋の再開発が終わりに近づいても路面電車は姿形も現していない。まだ、豊島区のLRT構想は完全に潰えたわけではないようだが、実現可能性はほとんどゼロに等しい。

「豊島区には都電荒川線が走っているので、区民にとって路面電車は親しみのある存在です。その一方で、豊島区がLRT構想を打ち出した際にも都電荒川線のような“チンチン電車”をイメージする区民が多くいました。豊島区が打ち出したのは、ヨーロッパで盛んに走っている新型の路面電車であり、レトロな路面電車ではありません。しかし、どうしても旧来の路面電車という概念を払拭できず、『なんで、いまさら路面電車なんだ』という反対意見も聞かれました。高齢者のみならず、若年層にも路面電車は古いというイメージが定着していて、思うように理解が広がらなかったのです」(同)

●自動車交通の邪魔?

 路面電車が時代遅れというイメージを抱いているのは、豊島区民ばかりではない。地域差はあるものの、各地で持ち上がっているLRT構想には少なからず反対の声が存在する。そうした反対意見で、頻繁に聞かれるのが「自動車交通の邪魔になる」といった声だ。

 2020年の東京五輪開催を控えて、中央区でも繁華街・銀座と選手村のある晴海にLRT構想が打ち出された。東京都は路面電車計画を否定するものではないとしながらも、BRTと呼ばれるバス輸送システムを導入することを決定。BRTが導入されることで、実質的に銀座-晴海間のLRT構想は闇に葬り去られた。BRTに比べて、道路上に線路を敷設するLRTは、道路を占用するから邪魔になる――BRTとLRTの議論を見ていると、そんな思惑が透けてみえる。

 鉄道への依存度が高い東京でさえ路面電車への理解は低い。まして、自動車依存が強い地方都市でLRTに対する理解は一向に深まらない。

 栃木県宇都宮市は中心市街地で慢性的な渋滞が発生し、長年の行政課題となっていた。そうした渋滞を解消するために、市はLRT計画を発表。LRT建設の是非は、市長選の公約のひとつにもなった。選挙の結果、推進派の市長が当選したが宇都宮市のLRT計画は順調に進んでいるとはいいがたい。どうして、これほどまでに路面電車は忌避されるのか。

「ヨーロッパや北米といった先進国では、道路は“みんなのもの”という概念から歩行者を中心に自動車も路面電車も使える空間として整備されています。一方、日本でも道路は“みんなのもの”という概念ですが、道路の一部とはいえ路面電車が走ると自動車交通を阻害することになるため、“鉄道が道路を占用している”と思われてしまうのです。また、道路上に電車と自動車が一緒に走ることで事故の危険性が高まります。道路管理者や警察は“交通安全”を題目として、路面電車を排除してでも安全を確保しようと考えています。そうしたことから、道路に電車を走らせるのは好ましくないという空気があり、LRT構想は遅々として進まないのです」(道路関係のシンクタンク職員)

 葛飾区が発表したLRT構想は、貨物線を利用するから路面電車が道路を走ることはない。それでも、線路と道路の交差部などに踏切が設置されて、それが渋滞の原因になるという理由から反対する声もある。

 葛飾区がLRT構想を発表したことで、沈滞ムードになっていた全国の路面電車構想が活性化することはあるのか。道路における自動車と電車の対立は、今も続いている。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)