福山雅治が主演するジョン・ウー監督最新作『追捕 MANHUNT』(原題)(2018年日本公開予定)にも出演する國村隼。海外の映画人とのタッグが続く。

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 『ブラック・レイン』『キル・ビルvol.1』などのハリウッド映画から香港映画まで、世界を舞台に活躍する俳優の國村隼。初めて韓国映画界に飛び込んだ『哭声/コクソン』で、カンヌ国際映画祭に初参加し、韓国の二大映画賞の一つにあたる第37回青龍映画賞で男優助演賞、人気スター賞を外国人として初めて受賞するという快挙を成し遂げた國村が、海外で活躍する秘訣や現場でのあり方を語った。

 さまざまな国の現場を体験して、システムの違いはそれぞれあれど「大きくやることは一つ」だという國村は、海外の現場であっても特に「この国の映画だから」という気負いはない。「面白いことに、言葉も文化も、いろいろなものが違うのに、映画に関わっている人間はどこかで『人種が同じ』みたいなところがあって、どこの国の人間と一緒にやってもその人が映画に関わっている人間だったら大体似たような気質というか、あまり違和感はない」とどの国の現場でも映画に関わる人間の万国共通の思いを感じるという。

 さらに、自身はキャリアの初期で海外を経験したため、「そっちから映画の世界をいろいろ教えてもらった」と認識している國村にとって、海外の人と一緒に作品を作るのは「自分の中では普通のこと」だそう。「それがある意味映画というメディアの本質でもあるような気がしている。間口が広くて奥行きがあって、何をやってもいいし、どんなジャンルがあってもいい、誰と一緒にどこで作ってもいい」と映画の奥深さに目を輝かせる。

 では、國村流の「海外で活躍する秘訣」とは一体何なのだろうか? 後輩の俳優たちにアドバイスを送るとしたら「オープンマインドかな」と満面の笑みを浮かべた國村。「今自分にある100%以上のものはカッコつけようが何しようが、何もできないから。(両手を広げて)これだけです、私はって(笑)」と身構えすぎずに自分の“あるがまま”を見せることが重要だと語る。

 「日本の現場も一緒なんだけれど、カッコつけたって始まらない。特に海外では言葉の壁があらかじめあったりもする。そういうときは、自分の方から開いていった方が良い。日本人ってわりとシャイだから、自分の殻に入っちゃったりもするけれど、そこはちょっと頑張ってみて。外の人間と何か一緒のことをやろうと思ったときは、自分の方から心を開いた方が相手もこっちを受け入れやすいし、開いちゃうとこっちも楽になるしね」。

 そうした精神で臨んだ『哭声/コクソン』は、ある田舎の村に一人のよそ者が出現したのを機に、村の平和が崩壊し、人々が混沌の中に突き落とされるさまを『チェイサー』『哀しき獣』で知られる鬼才ナ・ホンジン監督が描き出した作品だ。強烈なインパクトで韓国でも話題を呼んだ「よそ者」を演じる國村は、「役は作るものではない」と持論を語りつつ、自身の体を“入れ物”と表現。人間というよりも「全然別のエネルギーというか、パワーというか、存在」をイメージした結果、言葉よりも多くを語る「目」の表現が出来上がった。

 「人を見るときに(自分の)目から何かが出ていて、それが相手の目の中に入って、(胸を指さして)ここをグニュグニュってする感じ。相手の役者をゾッとさせてやろうと思っていただけ(笑)。このキャラクターに関しては、存在としてどんな風に感じられるのがいいのかなって、そういうアプローチ」。キャラクターをどのように観客に見せるのか、その難問に対する力強い答えは、映画全編を通してスクリーンにみなぎる彼の圧倒的な存在感が示している。

 「韓国映画ってなんでこんなにパワフルで面白い映画が多いのか」。その謎を知るためにオファーを受け、実際にそのパワーを感じた國村。「カテゴライズできない、初めて観る映画になるはずです。理屈で考えるより先に『哭声/コクソン』という世界を感じてほしいし、大いに戸惑ってください。戸惑うことを楽しんでほしいです」と本作への自信をにじませていた。(編集部・吉田唯)

映画『哭声/コクソン』は3月11日よりシネマート新宿ほかにて公開