すべての不眠症患者に睡眠薬が効くわけではない(depositphotos.com)

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 いい仕事と充実したプライベートには、健全な睡眠が存在する。ビジネスパーソンが高いパフォーマンスを保つには、なんといっても「いい睡眠」から――。多忙にかまけて睡眠をおろそかにしがちな現代人にとって、有効な睡眠とはどうあるべきか?

 労働安全衛生総合研究所で、睡眠を専門に研究する産業疫学研究グループ部長の高橋正也氏に訊く。

「睡眠日記」で不眠を<見える化>

――せっかく早めに寝床に入っても、なかなか眠れず2時、3時まで起きている人も少なくようです。うまく寝付けない場合の対処法を教えてください。

 眠れない原因は、たくさんあります。働いていれば、職場を離れても「手がけているプロジェクト」「気がかりな顧客」など、考えをめぐらして目が冴えてしまうこともあるでしょう。経営者や管理職ともなれば、大きなプレッシャーに眠りを妨げられることもあるでしょう。

 仕事ばかりではありません。家庭や人間関係などのプライベートな悩みが原因となって、寝付きを悪くしたり、眠りを浅くして目を覚めしたりすることも少なくありません。

 このような場合に睡眠を扱う専門病院で行うのは、まず2〜3週間、患者さんに「睡眠日記」を記してもらいます。何時に寝て、何時に起きたかを記録して、医師と一緒に「なぜ、この日は寝るのが遅くなったか」などを検証します。

 アナログな方法ですが、この「睡眠の日記」が<睡眠を見える化>するいちばんのツールなんです。こうやって<睡眠の全体像>を洗い出さないと、良い対処法がなかなか見えてこないことがあります。

――それでも眠れない場合は、睡眠薬に頼るべきでしょうか?

 不眠に悩んで医療機関を訪ねて「最近よく眠れないので薬をください」――。割りと簡単に処方されるケースが見受けられますが、私は感心しません。

 たとえば、1日に何十人も患者が受診するクリニックだと、診察時間はせいぜい数分。その時間で患者さんの抱えている睡眠の問題を洗い出すことは困難です。

 高血圧や糖尿病に置き換えてみてください。血圧や血糖値を測らずに薬を処方することはあえません。不眠に悩む人の睡眠の状態をよく調べずに処方するのが、歪な医療だと感じるはずです。
不眠の解決には<上流>の原因を探れ!

――睡眠薬を飲んでも眠れないケースもありますか?

 不眠の原因が、単純に脳の回路の問題だけなら、服薬によって功を奏すでしょう。しかし、仕事のストレスや家庭の問題などが根底にある場合、そちらを解決しなければ、薬によって脳の回路だけに働きかけても、不眠が解消されないケースは多いですね。

 眠剤を用いるのは容易ですが、服薬以外の対処が必要な人にも投与している現状があり、それが薬剤頻用や多剤大量処方の問題につながっているのかもしれません。

――医療機関では、仕事や家庭の悩みを解決することはできませんが......。

 もちろん。ここで大切なことは、不眠と悩みのどちちが<上流にある>のかという点です。

 たとえば、借金の悩みなら医師よりも先に弁護士に相談すべきかもしれません。過剰な長時間労働が背景にあって健康的な生活が送ることができていなければ、労働環境の改善が先決です。

 不眠の原因を探り、<上流>にある障りを解決することが重要です。

 一昔前は、徹夜仕事や寝てない自慢が武勇伝のように語られることがありました。深夜まで残業することが生産的なのか? 人らしい生活なのか? まさに今、政府が掲げる「働き方の改革」が問われています。

(取材・文=里中高志/精神保健福祉士、フリージャーナリスト)

高橋正也(たかはし・まさや)
独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 産業疫学研究グループ部長。1990年、東京学芸大学教育学部卒業。医学博士(群馬大学)。労働安全衛生総合研究所で仕事のスケジュールと睡眠問題に関する研究に従事する。2000年、米国ハーバード大学医学部留学。共著に『睡眠マネジメント─産業衛生・疾病との係わりから最新改善対策まで』(エヌティーエス)がある。

里中高志(さとなか・たかし)
精神保健福祉士。フリージャーナリスト。1977年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大正大学大学院宗教学専攻修了。精神保健福祉ジャーナリストとして『サイゾー』『新潮45』などで執筆。メンタルヘルスと宗教を得意分野とする。著書に精神障害者の就労の現状をルポした『精神障害者枠で働く』(中央法規出版)がある。