木村 清(きむら・きよし)●1952年、千葉県生まれ。喜代村社長。様々な事業を手掛け2001年に日本初の24時間営業・年中無休の寿司店「すしざんまい本店」を築地にオープンし、急成長を遂げる。

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■伝説のマグロ漁師を師匠に持つ2人の絆

1月21日。俳優の松方弘樹氏が74歳で亡くなった。豪快なマグロ釣りを愛した松方さんの思い出を「すしざんまい」の木村清社長にうかがった。

「7、8年前になるかな。新幹線で松方さんに声をかけられたのが初めてで、お互いマグロ釣りに魅せられているから、話が止まらなくなってね。

実際にお話をしたのは新幹線の中が初めてでしたが、互いに昔から知っていたのは、実は私も松方さんもマグロ釣りの師匠が山田重太郎さんなのです」

山田重太郎とは、日本の遠洋マグロ漁の歴史を語るうえで欠くことのできない、神奈川県三崎漁港の伝説のマグロ漁師である(2006年没)。世界の海で操業しながらマグロの習性を研究し、漁場の開拓や漁法に革命を起こした。

「マグロ釣りの面白さというのは、実際にやったことがないとわからないからね。同じ大物でもカジキとは引き方が全然違うんだ。カジキはエサに食らいつくと左右にビーン、ビーンと引くけれど、マグロはすごいパワーで一気に真下へダーンって潜る。深い海だと水深500メートルから300キログラムクラスを釣り上げるのだから、これはもう命がけでね。命がけのやりとりをするからこそ、マグロを尊敬するし、愛してもいるんだ。

ずっと手巻きリールだったのだけれど、松方さんから『社長、いい電動リールがありますよ』と言ってプレゼントされたのがこのリール(写真右)」

それから松方さんはマグロが釣れると「社長、釣れましたよ!」と嬉しそうに電話をくれるようになり、築地に運ばれた松方さんのマグロは木村社長が必ず競り落としてきた。松方さんの自己最高記録は15年5月、沖縄・石垣島で釣り上げた361キログラム。これも木村社長がキロ6000円、総額約185万円で競り落とし、解体されたマグロはにぎり寿司約1万2000貫となって客に振る舞われた。

ところが自己最高記録のマグロを釣り上げた約半年後に松方さんは入院。木村社長は病状の良化を待ったものの、見舞いをすることはかなわなかった。

2人を結びつけたマグロだが、14年に太平洋クロマグロは絶滅危惧種に指定されている。松方さんは釣るだけでなく資源管理にも関心を寄せており、「一本釣りは獲れる数も限られ、水産資源に優しい漁法。ところがハイテクを駆使して一網打尽にしてしまう『巻き網漁』は資源の枯渇に通じる」と熱心に語っていた。特に産卵期のマグロを狙った巻き網漁は資源的にもダメージが大きいはずだが、効果的な規制が進んでいないのが現状。政府の漁獲規制では不十分だと長崎県・壱岐の一本釣り漁師も立ちあがっている。マグロ資源について木村社長に聞いてみた。

「現在、市場に出回る刺し身用マグロの多くは『養殖』と呼ばれるマグロを幼魚のうちに捕まえ、生け簀で2〜3年育ててから出荷するものです。世界で初めて人工授精による完全養殖が可能になった近大マグロも話題ですが、いずれにせよ大きくするまでに膨大なエサが必要だし、自然界で産卵しないので資源増には繋がらない。

私が考え実行しているのはマグロの『備蓄』です。捕まえた時点で出荷できる200〜300キログラムの立派なマグロを巨大な生け簀に放し、エサを与えて元気な状態を維持し、そのうえ産卵もさせて、漁獲資源を自然にお返ししながら、1年程度の期間で必要な時期に取り上げ出荷するという一番天然に近い方法です」

産卵を誘発する技術や備蓄している場所は企業の最高機密なので教えていただけなかったが、木村社長の考えに松方さんも「それは素晴らしいですね!」と賛同してくれたそうだ。

「スケジュールがあわずに、結局一緒にマグロ釣りをするという約束は果たせなかったな……」。木村社長は寂しそうにリールをなでた。

(遠藤 成=文)