小池蘭氏(左)と水越徹氏(右)

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 愛煙家の肩身がどんどん狭くなるなか、予約が殺到し、品薄状態になっているのが加熱式たばこの「IQOS(アイコス)」だ(以下「アイコス」)。火も使わず、灰も出ず、煙も出ないこのたばこの正体はいったい何なのか? 作家の山下柚実氏がレポートする。

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 2020年の東京五輪と言えば、巨額な費用にばかり目がいくが、実は国際オリンピック委員会と世界保健機関(WHO)が日本に強く求めていることがある。「たばこのない五輪」だ。その風圧に押されるように、今国会に受動喫煙防止対策強化法案が出される見込み。成立すれば、飲食店等が全面禁煙になるかもしれないと議論を呼んでいる。

 ますます肩身が狭い愛煙家。世界のたばこ市場規模は2014年の8000億ドルを頂点に、右肩下がり。喫煙率を見ればもっとリアルに市場の「縮小」が実感できる。昭和40年の男性喫煙率は実に82.3%。それが今や30%を切った。

 苦境にあえぐたばこ業界に、大ヒットが生まれたとすれば注目を集めないはずがない。2016年4月、フィリップ・モリスの「アイコス」が全国販売をスタートすると、たちまち300万台突破(2016年12月)。予約は殺到し、今も品薄状態が続いている。

 新商品が0.5%のシェアをとればヒットと言われるたばこ業界において、アイコス専用たばこはなんと7%(全国、2016年12月最終週)のシェアをゲット。そんなお化けたばこの正体とはいったい何なのか?

◆白く漂うものは煙ではなく水蒸気

 アイコスを吸っている人の口元を見ると、ふわりと白い霧のようなものが漂っている。かすかな、コーヒーを焙煎した時のような匂いも。しかし、一瞬で消えていく。「煙ではありません」とフィリップ・モリス・ジャパン合同会社の水越徹氏(40)。

「煙は燃焼した時に出るものですが、アイコスは葉を燃やさずに、加熱しています。火を使わないので灰も煙も出ませんし、紙巻たばこに比べて匂いも少なく残りにくいのが特徴です」

 英語で「たばこを吸う」は「Smoke」。だが、アイコスの場合は、「Vape」(=蒸気を吸う)と表現するらしい。いったいどんなメカニズムなのか?

「簡単に言うと、たばこ葉を加熱し葉に含まれる成分が水蒸気となったものを吸うわけです。加熱ブレードは金とプラチナ素材でできていて、ホルダーにはコンピュータチップが入っています。300度、つまり燃焼する温度には決して達しないよう、正確にコントロールしています」

 なるほど。「火を使わない」という一点で従来のたばことは全く別物だ。ニコチンは紙巻たばこと同量摂取するが、発生する有害性成分は9割も削減できる、というから驚き。

 使い方はこうだ。紙巻たばこのミニチュアみたいなアイコス専用たばこ「ヒートスティック」を、リチウムイオン電池が搭載されたホルダーに差し込む。スティックが加熱ブレードに突き刺さり、ボタンを押すと加熱が始まる。

「紙巻たばこは葉を刻んだものを使っていますよね。しかしヒートスティックの中身は、粉末にした葉をまずペーストにし、それをシートにしてから襞状にして詰めています。ですから、通常の紙巻たばことは異なった製造工程で作られています」と水越氏。シート状の加工にこだわっているのはなぜなのか。

「アイコス専用のヒートスティックを加熱ブレードに刺した時に、たばこ葉に熱が均一に伝わることが重要だからです。たばこ葉の設置面を工夫した結果、シート状にして巻くのが最適と判明しました」

 なるほど、聞けば聞くほどアイコスは新しい技術から生まれたたばこだ。マールボロで紙巻たばこ世界シェア1位の座を守ってきた米フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)。実は加熱式たばこの開発で試行錯誤を重ね、このアイコスにたどり着くまでは10年以上の時が経過していた。

◆従来のたばこに似せている

 技術はずいぶんと斬新なのに、スティックの外観はなぜか「紙巻たばこ」そっくり。口にくわえる部分には白い紙が巻かれフィルターもある。画期的な新商品なのだから、形や質感をガラリと変えてもよかったのでは?「いや、実は敢えて従来のたばこに似せているのです」と同社小池蘭氏(37)は言った。

「持った時の指の感覚、バランス、口にあたる感触、一本を吸うのにかかる時間、パッケージのフィルムの開け方まで、従来のたばこからできる限り離れないように設計しています」

 従来のたばこと同じでは、新しい顧客が増えないのでは? と質問すると小池氏はこう続けた。今吸っていない方々にアイコスを勧めるつもりは全くありません、と。

「紙巻たばこを吸っている方々に、違和感なくアイコスに移行していただきたいのです。煙で迷惑をかけたくない、たばこをやめる意思のない方々に、代替となる提案をと思っています」

 たしかにアイコスへシフトしたユーザーからは「肩身の狭い思いが軽くなった」「他人に煙を吸わせずにすむ」という声が聞かれる。その一方で、「吸い終わる度に充電が必要で、続けて吸えないのが面倒」という不満の声も多い。

 もう一つ、興味深い点がある。それは、テストマーケティングと本格的な販売が、「日本」からスタートしたことだ。世界広しといえども、なぜ日本だったのか。「感性が細やかで清潔好き、煙や灰を気にする国民性。と同時に革新的な製品を受け入れる素地がある。日本はテストに最適でした」と小池氏。

 発売後は予想以上の反響で、300万台突破のスピードに本社も驚いているという。生産が追いつかない現状が「想定以上」のヒットぶりを物語っている。日本では飲食店等商業施設で禁煙化が進むが、「アイコスはOK」と受け入れる場所が現時点で何と1万か所にも上るという。

◆加熱式たばこに「乗り換え」のお誘い

「紙巻たばこからアイコスへぜひ切り替えていただきたい」

 昨年11月末、PMIの最高執行責任者アンドレ・カランザポラス氏が「脱紙巻たばこ」と受け取れる宣言をして世界中を驚かせた。だがもし、本当に紙巻たばこ愛用者がいなくなってしまったら? たばこメーカーとしては大打撃ではないのか?

「いや、それも成人喫煙者の選択。ただし、WHOは今後も10億人が喫煙を続けると推定しています。であれば、より害が少ない可能性のある製品を提供することが社会的な意義であり現実的な提案だと思います」(水越氏)

 毎年大量に生まれる商品。新しいユーザーを獲得しようと各社は必死。新市場を開拓すべく東奔西走している。しかし、アイコスのアプローチは全く違う。ターゲットは「既存の」ユーザーだ。

 目指すは、ユーザーの横ずれ。いわば「乗り換えマーケティング」だ。大切なのは、たばこを否定せず、吸うことの満足感を最大限再現していくこと。手に持った感覚、吸う動作、くゆらす儀式性。同時に、リスクを軽減する新技術を投入し社会との共存の可能性をさぐり続けること。たばこに限らない。リスクのある所に、ヒットの種となるリスクリダクション技術開発の余地は眠っている。

 アイコスというヒット商品は様々な業界に向かって「乗り換えマーケティング」のヒントを投げかけている。

※SAPIO2017年4月号