北陸の冬、富山の冬と言えば、雪。
私が立山町に移住して一番のハードルは「冬」、そして「雪」だと覚悟していた。それが、昨年、初めて迎えた冬は、立山の神様が雪を降らせなかったのか?と思うほど、降らずじまい。今年は全国的な寒波による影響で、立山町にもそこそこの雪が降り積もっている。ようやく、「雪の洗礼」を受け始めたところだ。

東京の「なまぬるい冬」とは違う、富山の冬

富山に、そして、立山町に引っ越してきて、散々、周囲から脅かされたのが、「雪が大変だね」という一言。それまで、東京の太平洋側の「なまぬるい冬」しか知らなかった私は、冬を無事に越せるかどうかが一つ、「定住」をクリアするハードルだった。

そして、私の住まいである「千垣」(ちがき)地区。こちらは、富山の人からも「おぉ! それはそれは、大変なエリアにお住まいで」と心配されるほど、雪深い中山間地区である。集落にはちょっとした食品や日用品、お酒などを扱う「よろずや」が一軒あるが、スーパーはないため、日常的な買い物に行くにはクルマが必須となる。

ともすると「買い物難民」になってしまう、クルマに乗れない高齢者や身体が不自由なお年寄りのため、「ゆきちゃん便」という、民間の移動式スーパーが集落を巡回しているが、これが独居老人のパトロールにもつながっている。

移住する前、住むことになる家の地図を見せた富山出身の友人に、「高校時代、千垣に住んでいる友達が吹雪で帰れなくなったことがあったなぁ」と懐かしそうに言われ、来る前からかなりビビっていた。それにしても、東京からのこのこやってきた私に、最初に与えられた住まいが中山間地とは、なんてエキサイティングなのだろう(笑)

両親は東北出身で、雪は得意だが、私は寒いのがめっぽう苦手だ。20代の頃は移住するなら沖縄がいい、と思っていた。暑い分にはいくらでも平気なのだが、寒さは私からやる気、元気、パッションその他すべてを奪い去ってゆく。身体も心もキュキュと縮こまってしまうのだ。

雪口で暮らす女性陣はみんなよく働く

富山に来て初めて迎える冬に向けて、人生で初めてストーブを購入した。

どんな機種の幾らくらいのものを買えばいいのか、分からなかったので、地元の友人に付き合ってもらった。そして、燃料となる灯油もホームセンターで購入。ポリタンクを持参して、レジで「18リットルください」と伝えてお会計をすると、店外にある灯油売りの小屋で、係のお兄さんが入れてくれる。こんな作業ひとつとっても、私には新鮮なのだ。

そして、たっぷり18リットルも入ったポリタンクはずっしりと重い。女性が一人で駐車場まで運ぶのは苦労する。

こんな時だ。男手の必要性をヒシヒシと感じるのは……。

よろよろとしながら、重そうにポリタンクを持つ私に向かってお店のお兄さんは「大丈夫ですか?」と聞いてくれる。ここで「お願い。頼むちゃ!」と可愛くお願いすればいいものを、つい「大丈夫っす」となぜか体育会系の口調で言ってしまう、可愛げのない私。だけど、胸の中では「あぁ、このポリタンクを持ってくれる男手がほしい。力持ちな男子、求む!」と切に願っている。

冬は、燃料代がかさむ。初年度は、「冬を越すための基金」としてプラス3万円ほど、いつもより生活費を多めに準備した。この基金は、生活費とは別に封筒に入れて大切に使った。

2年目を迎えた今年の冬は、全国的な寒波到来で、立山町でもようやく雪が降り積もった。

屋根の雪下ろしはまだ未体験だが、家の周りは見よう見まねで雪かきをしている。特に中山間地に暮らす女性陣はみな働きものなので、休みの日、ちょっと寝坊しようかなと思ってお布団でぬくぬくしていると、「ザッザッ」という雪かきの音が聞こえてくる。そんな時は心の中で「あぁ、怠惰な私でごめんなさい。でも、あと15分だけ……」と思いながらまた深い眠りにつくことも(多々)。

そして、大寒を迎えた1月20日。「大寒」とは一年で一番寒い日を言うが、この日、今年初めて家の水道管が凍った。蛇口をひねっても、ウンともスンとも言わない。そんな時は、お湯をわかして蛇口に少しずつかけると、水道管があたためられて水の流れが復活する。これも、初年度の雪国暮らしで隣人から教えてもらったことだ。

白銀の世界に雪の花が咲く

雪国に生まれた人は、雪にはうんざりしていると思うが、私はまだ、一面の白銀の世界を見ては胸を躍らせている。

無人駅の前にたたずむ1本の木。両手を広げたかのように伸びる枝葉に綿菓子のようにこんもりと降り積もった雪。まるで、雪の花が咲いているようだと思う。そして、本当の美しさとは、こんな風に見向きもされないような、厳しさの中に存在するものなのかもしれない、とも思う。

私の雪国ライフはまだまだ始まったばかり。

写真:松田秀明

高橋秀子