【祝スカイライン60周年】歴代モデルを振り返る◆4代目から6代目」

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ケンメリから鉄仮面まで! 3台を振り返る

スカイラインの60周年を記念して歴代モデルを振り返る本企画。初代から3代目までを扱った第1弾に続き、第2弾をお届けしたい。

4代目 C110型系 1972年-1977年

スカイラインヒストリー第2弾は、4代目「ケンメリ」スカイラインから始めることにしよう。Cピラーが極端に太く、車体全体がかなりウエッジシェイプにデザインされたスタイリッシュな4代目スカイラインは、1972年2月に登場。

2ドアハードトップと4ドアの「GT」のみ丸目4灯テールランプを採用。以後10代目のR34まで、基本的にスカイラインの象徴、丸目4灯テールランプは、「GT」モデルにだけ継承され、アイデンティティとして認知されている。シャーシは、C130型ローレルとほぼ共用と考えていい。

本格的なマイカー時代の到来に合わせ、若者を強く意識した商品作りで、モータースポーツよりもファッション性を重視。スポーティーな高性能乗用車として支持されている。ケンとメリーという若いカップルが、スカイラインに乗って各地をドライブするという広告展開を行い、社会現象になるほど人気を博したことから、通称「ケンメリ」と呼ばれるようになった。

ケンメリグッズも大ヒットし、そのTシャツは57万枚も売れ、ニセモノも多く出回ったほど。相合傘をモチーフにした「愛のアンブレラ」ステッカーも売れに売れ、オリジナルCMソングのレコードまで30万枚売れたという。

ケンとメリーが旅するCMに登場した、北海道美瑛町にあるポプラの木、「ケンとメリーの木」は、観光名所にもなっている。

1973年1月、S20エンジンを積んだケンメリGT-R=KPGC110型が追加。その前年の第19回東京モーターショーに「ハードトップ2000GT-Rレーシング仕様」が出品されたが、サーキットデビューは実現せず、幻に終わった。

エンジン自体のスペックは、ハコスカ時代と変わらず、車重だけが20kgも重くなったケンメリGT-Rでは、ハコスカを破り新王者となったサバンナ、カペリのロータリー勢には勝ち目がなかったからだろう……。

1973年のオイルショック、そして排ガス規制の高まりもあり、ケンメリGT-Rはわずか197台で生産終了。ハコスカと合わせ、S20エンジン搭載車は、通算2142台でストップ。FRP製のオーバーフェンダーやリヤスポイラーがオプションで用意され、イメージはダントツだった。

日本の名車を表す愛称はその名も「ジャパン」

5代目 C210型系 1977年-1981年

5代目スカイラインは、通称「ジャパン」。「日本の風土が生んだ名車」=「SKYLINEJAPAN」というキャッチコピーからそう呼ばれている。

ケンメリをより洗練させたようなデザインで、評価も高く、人気もあった。例によってプラットフォームは、C230型ローレルと共用。

エンジンは直6のL20型(GTモデル)を踏襲したが、排ガス規制の真っただなかで、まったくパンチのないインジェクション仕様だった……。かといって、新エンジンを開発する余地もない日産は、急場しのぎ的な苦肉の策として、L20エンジンにターボチャージャーを装着!

ドッカンターボといっても、NA130馬力に対し、15馬力アップの145馬力、トルクは17.0kg-mから、21.0kg-mになっただけだが、これで販売台数が低迷してきたスカイライン人気が息を吹き返す。

のちにスポーツカーから高級車、軽自動車まで広がる、国産車のターボチャージャー時代は、GTらしさを蘇らせたスカイラインジャパンの存在なくしては語れないだろう。

ドラマ西部警察でもお馴染みの6代目

6代目 R30型系 1981年-1990年

CMキャラクターに、ポール・ニューマンを起用したことから、通称「ニューマン・スカイライン」という。ジャパンには用意されなかった、DOHC4バルブエンジンが、このニューマン・スカイラインで復活。

GT-Rの名こそつかなかったが、ターボとは違うドライバビリティのいい、2リッター4気筒のFJ20エンジン(150馬力)はレスポンスに優れた日産の自信作で、搭載車はレーシングスポーツ=2000RSという名称が与えられた。

この2000RSが登場したことで、国産スポーツは、NAのDOHCが見直されていくのだが、1983年2月、FJ20にターボをプラスした「2000ターボRS」が加わる。190馬力の高出力を誇り、「史上最強のスカイライン」というコピーでデビュー。

さらに1983年にラジエーターグリルレスのいわゆる「鉄仮面」にマイナーチェンジ。翌年、ターボモデルにインタークーラーが装備された「2000ターボインタークーラーRS/RS-X」が登場。グロスながら、ついにノーマルで200馬力オーバーの205馬力を達成する。

モータースポーツでは、このR30スカイラインをベースに、シルエットフォーミュラに参戦。ハコスカ以来のニッサンワークス活動の復活で、ドライバーは名手・長谷見昌弘。その雄姿を見るために、多くの人がサーキットに足を運んだほど、シルエットフォーミュラのスカイラインは大人気だった。1985年からはグループAレースにも参戦し、1986年には鈴木亜久里がスカイラインでチャンピオンになっている。

また、80年代の人気刑事ドラマ「西部警察」でも、劇中車としてR30スカイラインが登場。マシンRS-1、RS-2、RS- 3というネーミングで、情報分析車・走る司令室の役割を担っていて夢中になった人も多いはず。

その他、スカイラインでは初めてのハッチバック車があったり、「2000ターボGT-E・S ポール・ニューマン・バージョン」や、日産自動車50周年記念限定車「50アニバーサリーバージョン」が用意されたのも、このR30スカイラインだった。