背番号「10」の系譜 〜ヴィッセル神戸編〜

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サッカー選手にとって、背番号「10」は特別なナンバーだ。

『背番号「10」の系譜』というこのシリーズでは、特定のクラブチームで10番を背負ったレジェンドたちを順番に紹介していく。

今回は、ルーカス・ポドルスキの加入が決まったヴィッセル神戸編。ポドルスキは含まず、現在から遡って5人を紹介する。

ホルヴィ(MF)

【神戸での背番号の変遷】

#14:2004 - 2005年
#10:2006年

視野の広さと展開力で中盤を取り仕切ったゲームメイカー。EURO2000に向けたチェコ代表の登録メンバーにも名を連ね、UEFAチャンピオンズリーグといった舞台も経験している。神戸でもその高精度の左足を日本にファンに見せ付け、J2に降格した2006シーズンに背番号「10」をつけた。一般的にはパヴェル・ホルヴァート(Pavel Horváth)と表記されるが、Jリーグでの登録名は「ホルヴィ」だった。

ボッティ(MF)

【神戸での背番号の変遷】

#10:2007 - 2011年

ヴァスコ・ダ・ガマ、コリンチャンスといった名門の下部組織で育ち、Kリーグを経て神戸へ加入した司令塔タイプのMF。中盤でタメを作りながらゲームを作るセンスに秀で、FWとしてもプレーできる。神戸で5シーズンにわたって背番号10を任され、名実共にヴィッセルの顔となった。神戸退団後はフィゲイレンセやタイのアーミー・ユナイテッドでプレーした。

大久保 嘉人(FW)

【神戸での背番号の変遷】

#13:2007- 2008年, 2010- 2011年
#50:2009年
#10:2012年

川崎フロンターレで3シーズン連続トップスコアラーに輝いた大久保嘉人。その以前にプレーしていたのがヴィッセル神戸だった。在籍6シーズンは大久保のキャリアで最も長いものであり、176試合に出場し56ゴールをマーク。ヴォルフスブルクから復帰した2009年は「50」という少し変わったナンバーをつけていたが、2012シーズンにはボッティの後継として10番を受け継いだ。

森岡 亮太(MF)

【神戸での背番号の変遷】

#20:2010 - 2011年
#14:2012年
#10:2013 - 2015年

ゲームメイク能力だけでなく、個人でゴールを奪うこともできる近代型の司令塔。繊細なタッチは独特で、「エレガント」と形容するのがぴったりだ。久御山高校卒業後から神戸一筋で、年々その存在感を増し日本代表に選ばれるなどステップアップ。しかし昨年、ポーランド1部シュロンスク・ヴロツワフへの移籍が決まり、今季はリーグ戦で全試合に出場している。

ニウトン(MF)

【神戸での背番号の変遷】

#10:2016年
#7 :2017年 - 

U-20ブラジル代表経験を持つ実力派のボランチ。コリンチャンスの下部組織出身で、かつてはFWであったがボランチにコンバートされ才能が開花した。昨年夏に神戸へと加入し、2dステージでは13試合に出場。今季は背番号「7」への変更が発表されており、今考えればポドルスキの加入を見越してのものだったのかもしれない。