「時計のケースがね、チーズでできているらしい」
「まさか。だったら飢えた時には食べられるわけ?」

2017年1月16日から20日までスイス・ジュネーブで国際時計展示会「SIHH」が開催されましたが、あちこちでこんな会話が交わされたのではないでしょうか。近年は時計のケース素材が多様化しており、セラミックはもちろん鍛造カーボンといった先端素材もめずらしくありませんが、食品のチーズとはまさに前代未聞。紛れもなく世界初でしょう。これを開発したH.モーザーのブースで実物を紹介されるまで、頭の中で「?」がいくつも浮かびました。

(参考記事:伝説の系譜を受け継ぐ、独創的ダイバーズが誕生。

このチーズ・メイドの時計、その名も「スイス マッドウォッチ」は、冗談やシャレではないアイロニカルな社会性を秘めています。それは後述するとして、概略を先に紹介すると、カーボンナノチューブのケース製造にも使用されるハイテク複合素材ITR2にチーズを約50%配合。このため、ケースはブラウンがかったミルク色で、地紋も浮かんでいます。使われているチーズは、スイスとフランスの国境沿いに位置するジュラ山脈周辺の高地でつくられる伝統的なヴァシュラン・モン・ドール(Vacherin Mont d'Or)。コンクールで金賞を授与された銘品だそうです。これだけで時計のケースを造形しているわけではないので、もちろん堅くて食べられません。ただし、ストラップも白と黒のぶち(斑)模様と毛肌が印象的な牛革製。美味しそうに感じられる組み合わせではあります。

(参考記事:「エルメスの手しごと」展で、職人たちの"手のインテリジェンス"を目撃してください!

ダイヤルはスイスの国旗をイメージして、深紅をベースに純白の針とバーインデックス。特に深紅のベースカラーは、独特のグラデーションが美しく鮮やか。これはH.モーザーのアイコンともいえる「フュメダイヤル」で、大変に手間のかかる技法が施されています。ムーブメントは手巻きで、約3日間のロングパワーリザーブ。

笠木恵司 ※Pen Onlineより転載