教育のICT活用促進において「小規模校のほうがタブレットPC導入は進みやすい」と教育関係者では頻繁に言われてきました。その主な理由は「小さな自治体のほうが動きやすい」「予算規模が小さくてすむ」などが挙げられますが、とうとう大型導入のニュースがはいってきました。渋谷区の全小中学校の生徒と教員に一人一台タブレットPCを渡す、ということです。

渋谷区の全小中学校にタブレットPC導入

『1人1台』を一気に成し遂げるだけでなく、この取り組みには大きな特徴が2つあります。

LTEモデルであり、学校という限られた場所だけでなく何処でもネットにつながること
◆屮織屮譽奪PCの持ち帰り」を視野に入れており、授業だけでなく家庭学習でも使用可能であること

まずは,砲弔い討任垢、多くの学校ではWi-FiモデルのタブレットPCを導入しており校内LANにアクセスして「教室でつかう」ことに限られています。それでも手軽に「ブラウザで調べる」「ドリルアプリを朝学習で活用する」など多くのメリットはあるのですが、協調学習(生徒個々の意見を可視化して闊達な意見交換を行う授業)などの技巧的な授業を実践するためには教員の研修がまだ追いつかず、実践が普及しているとは言えません。

つまり場所が教室に限られてしまうことで、タブレットPCのポテンシャルが発揮できていないケースがあるのです。

学習環境を進化させるのはWi-Fiか LTEか?

茨城県古河市の小学校もLTEモデルを導入しています。これは市内全校のWi-Fi化の工事費用を試算したところ、LTEモデルを導入し通信費を支払ったほうがコストが安くなることが分かったため、と聞きます。

結果、普通教室だけでなく体育館や理科実験室でも活用できるようになり、Wi-FiモデルでなくLTEであることが活かされた授業づくりが進んでいます。

続いて△任后8轍六圓LTEモデルですが、セキュリティーなどの観点から「タブレットPCの持ち帰り」は許可されていません。

逆にWi-Fiモデルで「持ち帰り」を推進しているのが佐賀県武雄市の小中学校です。校内LANにしかアクセスできない設計ですが、学校でドリルや解説動画をタブレットPCにダウンロードして持ち帰り、オフライン状態のまま家で取り組むという反転学習(授業解説をあらかじめ家庭で受講し、教室では応用問題に取り組んだり、議論の場をつくる学習方法)を取り入れています。

家庭のネットにはアクセスできない設定ですから学習ログを先生は即座に見ることができません。生徒たちが登校してきて自分のタブレットPCを起動すると、校内LANにアクセスし、学校のサーバに学習ログがデータとして記録。先生はそれをダウンロードして前日の家庭学習記録をタブレットPCで見られるようになっています。

学習履歴の事例「eboard」(佐賀県武雄市が導入しているものとは異なります)


生徒の学習状況や理解度が一目瞭然であることを考えれば、それでも十分便利なのですが、「いざ生徒がタブレットを起動する」瞬間まで生徒の解説動画の理解度はわからないのです。

既存の学習方法では「授業開始時に生徒の理解度が分かる」ことなどなかったわけですが、せっかくのシステムがあるなら前日のうちに把握しておいたほうが、先生も授業の準備にじゅうぶん時間をかけることが可能になります。持ち帰りを許容するなら、家庭でもネットにつながるほうが更なる学習環境進化を促進します。

渋谷区の導入は´△鯔たしていることから、茨城県古河市と佐賀県武雄市の良いとこどりの施策となっており、教育業界には大きなインパクトをもたらしました。何より多額の予算を投じて生徒・教員に一人一台の環境をつくろうという姿勢は「教育のICT活用まったなし」という印象を与えます。他の自治体が住民から「わが町はどうなんだ?」とプレッシャーをかけられるシーンも今後増えるかもしれません。

教育のICT活用化に大切な3つのこと

教育業界へのインパクトも含めて渋谷区のタブレットPC導入は英断と言えます。まず何より「学習用に1人に1台整える」という意気込みが重要です。まだまだ「タブレットPCで本当に学力が向上するのか」と尻込みしている教育委員会も少なくありません。

そもそもタブレットPCをはじめ多くのICT機器はあくまでツールに過ぎないのであり、学力向上を担保するような役割ではありません。まずは設置する、そこから先にさまざまな活用方法が見えてきて「学力が向上するような使い方」もあれば「そうでない使い方もある」と議論を一歩先に進めるべきでしょう。

「教員がタブレットPCをうまく使えるのか」と訝る教育委員会や自治体もありますが、モノがない状態でどうやって活用スキルの向上が見込めるのでしょうか。先生がたがうまく使えるようになるためにも「まずは設置する」ということが重要事項の一つ目です。

2つ目は「技巧的な活用方法ばかり教員に求めない」ということです。協調学習やアクティブラーニングでの活用などポテンシャルが高いタブレットPCですが、そういった活用は合わせて大型液晶ディスプレイや電子黒板など、さまざまな機器を同時に使いこなさなくてはならず教員に大きな負荷がかかります。たくさんの研修も実践しなくてはならないでしょう。

しかしまずは「ブラウザで調べ学習」「ドリルアプリで朝学習」など、出来るところから始めてみればいいと思います。「たくさんの予算をかけたのだから……」と自治体や教育委員会が過度な期待をして、使いこなせなかったら批判するという構造は誰も幸せになりません。教員だって「だったら今まで通り黒板でやらせてくれよ」と思ってしまいます。

またタブレットPCの活用を強制してしまうと、教員からその手法に対する反発もでてきます。職員室はICT活用についてネガティブな言葉が行き交い、どんどん心象が悪くなるのがオチですから、いっそのこと活用方法は自由にしたほうがいいでしょう。教員個々の判断で慣れてきたころに技巧的な活用の研修に参加すればよいのです。

協調学習ができるウェブアプリ「SchoolTakt」

教室に在るモノがネットにつながれば、どんなことが出来るのか

3つめは、やはりIoTです。タブレットPCの活用だけに視点を置くのではなく、「教室にいま在るもの」のインターネット接続が重要です。最近では忙しいサラリーマンのために「トイレのインターネット化」が始まりました。オフィスビルでトイレの空き状況が確認できることと、不審なレベルで長居していると管理者に連絡する機能があるそうです。

今まで見逃していった当たり前のモノがネットにつながれば、どんなことが出来るのか。この考えを巡らすと、教室には面白いものがたくさんあります。この連載の中では掛け時計のIoTを紹介したことがありましたが、それだけではありません。

生徒たちの赤ペンをIoT化することで「宿題でちゃんと答え合わせまでしているか」をデータにできます。このように生徒個々の学びを可視化する方法はいくらでも探せるのです。

子どもたちが大人になって働くころには、我々が想像しえないインターネットデバイスが登場しているでしょう。既に「働く環境」にはコンピューターは必須の時代です。それにもかかわらず「学ぶ環境」である教室にコンピューターが不在であることをさびしく思います。未来を生きる子どもたちのためにも教育のICT活用はもっともっと進んで欲しいですね。

<プロフィール>

大辻雄介

大手進学塾・予備校に勤務したのち、ベネッセコーポレーションでICTを活用した教育の事業開発を担当。日本初の無料インターネット生放送授業を行い、当時最大15,000人が同時に受講した。その後、隠岐にある海士町へ移住し、隠岐國学習センターの副長として日々生徒の指導を行う傍ら、島のICT活用を推進している。海士町から離島中山間に遠隔授業を配信しており、リクルート「スタディサプリ」数学講師、ベネッセ「受験算数ウェブ授業」算数講師もつとめる。2016年度、島根県情報化戦略会議委員。

テレビ東京系列「クロスロード」2016年10月8日(土) 出演

【連載】大辻雄介の「教育のIoT思議」
第9回:“モノ化”するスマートデバイス

第8回:テクノロジーとリテラシー

第7回:教育のICT活用で浮かび上がる課題とは

第6回:汎用端末か専用端末か

第5回:タンジブルな遠隔授業を。

第4回:AIのある教室

第3回:電子黒板は黒板のIoTではない。

第2回:つながる教室

第1回:教育の未来はIoTにある。
 

 

筆者:大辻 雄介