極私的! 月報・青学陸上部 第30回

前回の記事はこちら>>


笑顔でゴールインする青山学院大の中村祐紀 東京マラソン2017。

 中村祐紀が嬉しそうな表情で東京駅前のゴールに飛び込んできた。タイムは、2時間12分55秒(日本人8位)。昨年の下田裕太の2時間11分34秒(2016年の日本人2位)には及ばないものの、初マラソンで学生1位となり、上々の結果を残した。

「ようもったね。練習で42.195kmを走っても40kmで止まる男がよくがんばったよ」

 原晋監督は1ヵ月前の状態を思い出して、そう笑った。

 1月、富津ではマラソン合宿が行なわれていた。

 メンバーは、びわ湖毎日マラソンを走る一色恭志(4年)、東京マラソンを走る下田裕太(3年)と中村祐紀(3年)、静岡マラソンに出走予定の小田俊平(3年)の4人だ(※下田は右足痛のため、大会は欠場)。

 合宿初日に30kmを走り、最終日にフルマラソンを走ったが、中村は2時間32分前後のタイムで、「きつかった」と表情を歪めた。
「箱根が終わってから調子があまりよくないんです。もうちょっと走り込んで、神奈川ハーフ(マラソン)までに(調子を)上げていかないとヤバいですね」


 中村は疲れた足を引きずるようにして合宿を終えた。しかし、その後も調子が上がらず、神奈川ハーフの数日前にフルマラソンを走ったが40km付近で止まってしまった。東京マラソンまで1ヵ月を切り、原監督もさすがに不安な表情を隠せないでいた。

 ところが、2月5日の神奈川ハーフで、中村は63分10秒とまずまずの結果を出した。その後、宮崎合宿で走り込み、合宿後半はチーム練習から離れて、マラソンの調整をして、東京マラソンに臨んだ。

「初のマラソンだし、2時間15分を切れれば上々でしょう」

 原監督は、そう考えていた。

 レースは序盤から世界記録を視野に入れたハイペースになった。5kmを14分13秒、1km2分50秒ペースで、2時間2分57秒の世界記録が出た時よりも29秒ほど早いラップだった。

「序盤からハイペースで、これは厳しいなって思った」

 中村は世界のトップランナーたちとの差を感じつつ、第3集団の中で落ち着いて走っていた。5km地点での通過タイムが15分3秒、この時点でトップと50秒の差をつけられていたが無理をせず、自分のペースを守っていた。

 原監督は25km付近で中村の様子を見ていた。

 序盤こそまずまずだったが、20kmのラップを見て、「まずいなぁ」と思ったという。10〜15kmは15分8秒だったが、15〜20kmは15分34秒とペースが落ち始めていたのだ。


「20kmのラップを見て、あーこれは2時間17、18分ぐらいかなって思っていたんですよ。そうしたら20〜25kmのラップが16分3秒、25〜30kmが16分8秒と16分ひと桁で我慢していた。これはもつなって思ったね。これがダメなランナーだと16分40秒、ヘタすりゃ17分まで落ちて2時間20分以上かかるけど、そこを我慢して16分ひと桁をキープしたのは大したもんだよ」

 中村は原監督の読み通り20km以降、ペースを落とすことなく走り切った。初マラソンとは思えない冷静なレース運びで、2時間13分を切ったのだ。

「なんとか、がんばれました(笑)。レースは最初からハイペースでこれはキツいなって思ったんですが、すぐに切り替えて集団の中で我慢してついていくことにしました。途中、15〜20kmでペースが落ちたんですが、ここが一番キツかったです。その後、盛り返して1km3分10〜15秒ぐらいのペースでいけたらいいかなと割り切って、自分のペースで刻んでいけた。それがよかったのかなと思います」

 途中、青学の先輩でGMOアスリーツの橋本崚を抜いた。

「この時はヨッシャーと思いました(笑)。橋本さんに勝てたのはよかったです」

 中村は筋肉痛に顔を歪めながら笑った。原監督は、中村の予想以上のタイムに驚きが隠せない様子だった。

「マラソン合宿から調子がよくなくて、マラソンの適性があるのかなぁって不安だったけど、意外と本番で力を発揮するタイプ。一番最初のレースで失敗したら、次やる気が起こらんもんな。まぁ、もともと高校の時は1500mのスピードランナーだし、そういう選手がマラソンを走って13分を切るんだから、スピードランナーにはどんどんマラソンに挑戦してほしいし、そういう意味でも今回、中村が結果を出したのはよかった」
 


 レースは、ウィルソン・キプサング(ケニア)が2時間3分58秒で優勝。日本人の最高位は井上大仁(ひろと/MHPS)の2時間8分22秒で全体の8位だった。

 レース結果を見て、原監督がうなったのは日本人3位の設楽悠太(Honda)のラップを見た時だった。5kmは14分31秒、10〜15kmではトップ集団のキプサングらのラップ(14分44秒) を上回り、14分32秒で走った、ハーフでは1時間1分55秒でトップ集団とは33秒差。その後、徐々にラップは落ちていくが、非常に積極的なレース展開を見せた。

「設楽は大学を出て2年目で、初マラソンでしょ。でも、前半のこのラップはすごい、こりゃ強いよ。このラップを出せるんだから、世界陸上に行かせてあげたい。まぁ内容を分析してからになるけど、設楽のように若く、将来性がある選手を選んでほしいね」

 原監督はリザルトを見ながら、そう言った。

 昨年、東京マラソンでの下田と一色の快走が発火点となり、学生を含め若い世代がマラソンに挑戦するようになった。東京五輪に向けて各ランナーが本気モードになり始めたとも言えるが、長い目で見れば、若く、優秀なマラソンランナーが増えていくことで全体のレベルが上がる。すぐにアフリカ勢を打ち破り、いきなり五輪で金メダルとはいかないだろうが、設楽のように序盤からトップランナーと同じ土俵に乗り、終盤まで戦える選手が出てくる可能性が高い。そうすればタイムではなく、”勝負”で勝てるかもしれない。


「若いマラソンランナーが生まれる流れができつつあるし、育てるノウハウが見えてきている感はあるね。大学時代はハーフで鍛え、マラソンで2時間11、12分台で走れるようにする。その後、実業団がその選手をどう調理するか。学生のうちに11、12分台で走れるようになっていれば、実業団に入って1年ごとに1分縮めていけばいい。すると5年で2時間6、7分台で走れるようになる。そういう流れを作っていきたい」

 今シーズン、原監督はその”流れ”をさらに着実なものにしようとしている。3月5日、立川で開催される日本学生ハーフマラソンには田村和希ら青学陸上部の主力が出場する予定だ。果たして彼らは、東京マラソンで中村が作ったいい流れを引き継ぎ、快走を見せてくれるだろうか……。

■陸上 記事一覧>>