天然ガスをユジノサハリンスクから船で運ぶ

 世の中には間違いだらけのロシア・エネルギー論やパイプライン談義が横行しており、権威ある学者や知識人が書いた本や記事の中にも多くの間違いがある。

 実例を挙げたい。下記の文章を読まれて何が間違いかすぐ分かる方には、この「間違いだらけのパイプライン談義」は不要である。

出典:『ロシア・ショック』/講談社/2008年11月11日刊)

「モスクワは言うまでもなくロシア連邦共和国の首都で、人口1047万人(2008年1月時点)のロシア最大の都市である」(同書60頁)

「ロシアの経済を牽引するのは、なんと言ってもエネルギー資源だ(中略)。天然ガスは非常に細かくパイプラインが通っているが、現在グルジアを通っているパイプラインがこの先どこに延びるかが非常に重要な問題になっている。そこからウクライナを通るのか、あるいはそのまま黒海に通して、そこからタンカーで運ぶのか。パイプラインのルートをめぐって、周辺国が一喜一憂しているのが現実だ。極東では「サハリン1」「サハリン2」のプロジェクトがあり、当初の計画では日本までパイプラインを引くことになっていたが、現在はユジノサハリンスクから船で運ぶ話になっている」(同書62頁)

 本稿では、過去に発表された旧ソ連邦諸国に関するエネルギー論やパイプライン談義の実例をいくつかご紹介して、その誤謬を正すことにより、正しいP/L像に迫りたいと考える。

 ただし、揚げ足を取ることや間違いを指摘すること自体が目的ではない。エネルギー論とパイプライン談義は密接に関連しており、正しいエネルギー論議を可能にするためには、より正確なパイプライン談義が必要になる。

 本稿が、読者の正確なパイプライン談義の一助になれば幸いである。

 なお、筆者は初版本を購入して読んでいるので、その後間違いが改訂版で修正されているのかどうかは確認していない点を付記しておきたい。もし改訂版で修正されている場合は、筆者の非礼をご容赦願いたい。また、本論に対する批判・反論はいつでも大歓迎である点を付記したい。

露V.プーチン大統領のエネルギー戦略
すべてはここから始まった

 筆者が足かけ7年間にわたるサハリン駐在に別れを告げ、宗谷海峡上空を飛んでいたちょうどその頃、シベリアで1人の石油成金が拘束された。

 その日、ロシアの石油会社最大手ユーコスの社長専用機が給油すべく西シベリアはノボシビルスク空港に立ち寄った際、同社の社長がロシア連邦保安庁(FSB)の特殊部隊に拘束されるという事件が発生した。

 翌日の日系各紙は本件を大きく報道。その後、日本のマスコミには「改革派vs. 保守強硬派」の権力闘争が激化し、ロシアが警察国家に路線転換するかのごとき論調が紙面を踊ることになった。

 時に2003年10月25日、拘束された人の名はミハイル・ホドルコフスキー(当時40歳)。それが「強いロシア」を標榜するV.プーチン大統領の、断固たる国家エネルギー政策の意思表示の序曲であったことは、この時点では誰も知る由もなかった。

パイプラインは政治の道具?

 最初に、旧ソ連邦諸国のエネルギーに関する筆者の基本的な立場と見解を述べておきたい。

 筆者は昔から、「旧ソ連邦・新生ロシア連邦は、原油パイプラインや天然ガスパイプライン(以後“P/L”)を政治の道具として使い、欧州向けP/Lのバルブを閉めるようなことはない」と、孤高の論陣を張ってきた。過去そのようなことはなく、現在もなく、今後もあり得ないだろう。

 天然ガスP/Lのバルブを閉めることは自分で自分の首を絞めることになることをロシアは誰よりもよく理解している。ソ連邦・ロシア連邦にとり、天然ガス輸出は主要外貨獲得源ゆえ、自分で輸出用天然ガスP/Lを閉めることはしない・できない。

 ロシアほど信用に足る石油・ガス供給源は存在しない。これが筆者の偽らざる実感である。

 もちろん定期修理や改修のためにP/L操業を停止することはままあるが、その場合は客先(需要家)には事前に通告して供給を一時停止したり、迂回路を使用する。

 上記のように書くと、「ウクライナ向けに過去、天然ガス供給を削減・停止したではないか」との反論が寄せられること必至だが、ウクライナの事例は一義的には経済問題である。

 2006年1月と2009年1月には、確かにロシアからウクライナ向け天然ガス供給が削減されたり停止したが、それはあくまでも経済問題である。

 2013年秋の露・ウクライナ紛争発生後、にわかウクライナ評論家が雨後の筍のように登場した。その多くは政治学者であり、エネルギーのことをよく知らない人たちがエネルギーや天然ガスP/Lを論じていたので、整合性のない話になっている事例が多々あった。

 一方、「ロシアから欧州向け天然ガスP/L輸送路問題は日系各紙にもよく報じられるが、原油P/Lの輸送問題があまり登場しないのはなぜか」という照会を時々受ける。

 天然ガスは気体ゆえ、液化天然ガス(LNG)を除き、輸送手段としての統一P/Lシステムが必要になる。しかし原油は液体ゆえ、仮に原油P/Lが停止・閉鎖された場合でも、(経済性の問題は別として)鉄道輸送や貨車輸送などの代替輸送手段が可能になる。

 これが、原油P/Lの輸送問題が天然ガスP/L輸送問題と比較して、あまりマスコミに登場しないゆえんとなる。

カスピ海・黒海周辺地域のパイプライン地図

 読者の皆様には黒海・カスピ海周辺地域の天然ガスP/L地図を下記添付するので、このP/L地図を参照していただきたい。ただし、この天然ガスP/L地図は少し古い点、ご了承願いたい。

 現在ではナブコ構想は既に存在せず、サウス・ストリーム(黒海横断海底P/L)構想はトルコ・ストリーム構想になり、トルクメニスタンからウズベキスタン・カザフスタン経由中国向け3本の天然ガス幹線P/L(年間総輸送能力550億立米)は既に稼働中。

 4本目の天然ガスP/L(年間輸送能力300億立米)の想定ルートはトルクメニスタンからウズベキスタン・タジキスタン・キルギス経由中国向けであり、2016年には建設着工予定と言われていたが、2017年2月現在、P/L建設はまだ始まっていない。

(出所:米EIA)


パイプライン建設構想の成立要件は?

 パイプラインとは鋼管(パイプ)と鋼管を接続して、起点から終点まで物(資源)を輸送するインフラである。

 私企業が長距離幹線P/L建設構想を検討する場合、下記3要件をまず考慮する必要がある。

●何を輸送するのか? (原油・石油製品・天然ガス・水?)
●どこから〜どこまで建設するのか? (供給源と需要家は存在するのか?)
●P/L建設費は回収可能か? (経済合理性は?)

 そのP/Lで何をどれだけ輸送するのかにより、使用される鋼管の鋼種・品質・口径や輸送圧力が決まる。私企業にとりP/L建設費・運営費が回収可能かどうかは非常に重要な判断材料になるが、実務に疎い学者や知識人のP/L談義には、往々にしてこの視点がすっぽりと欠けていることが多い。

 P/L建設起点は通常生産地(鉱区)、終点は需要家の存在する場所や港湾(出荷基地)になるが、ここで1つ、P/L建設に関する重要な事実を指摘しておきたい。それは、P/L自体には起点と終点はあるが、P/L建設は起点から終点まで順番に建設するものではないということである。

 長距離P/Lや国際P/L建設は区間に分けて、各区間ではほぼ同時に建設に着工する。例えば、旧ソ連邦の時代、西シベリアから西独まで口径56インチ(約1420弌法¬4000劼療形灰スP/Lが建設されたが、西シベリアから西独まで順番に建設されたわけではない。各国が自国領内で天然ガスP/Lを建設して、国境間でP/LとP/Lを接続した。

 アゼルバイジャン共和国の首都バクー(B)からジョージア(グルジア)の首都トビリシ(T)経由、トルコの地中海沿岸ジェイハン(C)出荷基地まで、P/L口径42インチ(約1070弌法∩躅篦1768劼BTC原油P/Lが建設された。

 原油の年間輸送能力は50百万屯(日量100万バレル)だが、P/Lに添加物を注入することにより原油の粘度が下がり、ドロドロ原油がサラサラ原油になり、年間輸送能力は60百万屯(日量120万バレル)に上がる。

 付言すれば、容量表示のバレル(樽)とは42米ガロンであり、約159リットルになる。

 このBTC原油P/Lは、アゼルバイジャン領内・ジョージア領内・トルコ領内にて別々のP/L建設業者がほぼ同時期に建設を開始。アゼルバイジャンとグルジアの国境で最後の1本の鋼管を溶接して、アゼル領内のP/Lとグルジア領内のP/Lを接続した。

 最後の1本の溶接を“Golden Weld”と呼び、通常、記念式典が開催される。BTCの場合、上記のアゼル・グルジア国境でのP/L溶接記念式典は2004年10月16日に挙行され、アゼルバイジャンのI.アリエフ大統領とグルジアのM.サーカシビリ大統領臨席のもと、最後の1本の鋼管が溶接され、アゼルバイジャン領内のP/Lとジョージア領内のP/Lが接続された(式典には筆者も参加した)。

国境P/L(Golden Weld 記念式典/パイプラインの真中がアゼルバイジャンとジョージアの国境)(筆者撮影)


 BTC P/L建設着工は2003年4月、完工は2005年5月だが、P/Lが完成すればすぐ原油を輸送できるわけではない。バクー南方のP/L起点たるサンガチャル出荷基地では2005年5月25日、このBTC原油P/Lに最初の原油を注入するラインフィル記念式典が開催された。

 アゼルバイジャン・ジョージア・トルコ・カザフスタンの4人の大統領が式典に列席し、英国からはアンドリュー王子、米国からはS.ボツマン・エネルギー長官が参加した。その後このP/Lには毎日少しずつ原油が注入され、P/L内部がすべて原油で充填されたのは2006年5月である。

 すなわち、P/Lに最初の原油が注入され、その原油が地中海のトルコ・ジェイハン出荷基地に到着したのは1年後である。これでP/Lは全面稼働が可能な状態になり、ジェイハン出荷基地からタンカー第一船が出港したのは2006年6月4日のことである。

SGC(南ガス回廊)構築構想は着実に進行中?

 アゼルバイジャン領海のカスピ海産天然ガスを、ロシアを迂回して欧州に供給するインフラ構築プロジェクト「南ガス回廊」(“Southern Gas Corridor”/通称SGC)構築構想が現在進行中である。

 SGC構想の目的は対露天然ガス依存度低下という極めて政治的な動機であり、SGC構想は以下の4つのプロジェクトから構成されている。

.スピ海シャハ・デニーズ(Shah Deniz)鉱区の探鉱・開発・生産第二段階(SD-2)
南コーカサスP/L(SCP)プロジェクト(既存天然ガスP/Lの輸送能力拡張工事)
トルコ国内東西接続P/L(TANAP)建設プロジェクト 
アドリア海経由P/L(TAP)建設プロジェクト

 上記4プロジェクト参加国のエネルギー大臣が一堂に会して協議するSGC評議会が2017年2月23日にアゼルバイジャンの首都バクーで開催され、EC(欧州委員会)・アゼルバイジャン・ジョージア・トルコ・イタリア・ギリシャ・アルバニア・ブルガリア、他バルカン諸国のエネルギー大臣が出席した。

 今回は第3回目の開催になり、第1回SGC評議会は2015年2月12日、第2回評議会は2016年2月29日にバクーで開催された。

 カスピ海シャハ・デニーズ海洋鉱区では、2006年末に天然ガス生産を開始。第1段階の天然ガスは南コーカサスP/L(SCP)でジョージアとトルコに輸出されている(年間60〜70億m3程度)。

 同鉱区の第2段階(SD-2)はピーク時年間160億立米の天然ガスを生産する構想にて、コンソーシアム側は2013年12月17日に最終投資決定を発表。アゼルバイジャンのI.アリエフ大統領は同日、SGC構築構想の総工費は450億ドルになると発表した。

 SCPとTANAPに接続するTAPはギリシャ領内では2016年5月17日に建設着工、アルバニア領内では同年10月3日に建設が開始され、今後アドリア海横断海底P/L建設にも着工する。

 TAPコンソーシアムは2017年1月10日、全長878劼離▲疋螢海経由P/Lは順調に建設中と発表。同P/Lの年間輸送能力は100億立米、2019年完工、2020年稼働予定である。

 SGCが完成すると、カスピ海シャハ・デニーズ海洋鉱区第二段階の天然ガスは2019年からトルコへ、2020年からギリシャ・ブルガリア・イタリアに供給される予定になっている。

 I.アリエフ大統領は2017年2月17日に開幕したミュンヘン安全保障会議の席上、SGC全体の総工費は油価下落により400億ドル以下に減少、4プロジェクトの現在の工事進捗状況は以下の通りと発表した。

SD-2 90% →  SCP 80% →  TANAP 65% →  TAP 35%

 4プロジェクトは上記数字の順番で接続されるのでこの進捗状況は合理的と言えるが、問題は、ピーク時年間輸送量160億立米のSGC構築構想が経済合理性を有するプロジェクトに仕上がるかどうかである。筆者は、現状では経済合理性はないと判断せざるを得ない。

 このプロジェクトが成立するためには、SD-2以外、他の天然ガス供給源が必要になる。理由は簡単。天然ガスの価格次第だが、2016年の露ガスプロの平均輸出単価は千立米あたりUS$160以下になった。2012年約$400、2014年$345ゆえ、ガス価格は大幅に低下している。

 油価低下により、油価連動型ガス価格が低下することは自明の理だが、油価低下によりプロジェクト総工費が低下したと言っても、天然ガス価格自体も下落するので、プロジェクト全体の採算性が良くなることを意味しない。

 仮に天然ガス輸出単価を千立米当たり$200、年間輸出量をピーク時の160億立米と想定すれば年間販売額は32億ドルとなり、400億ドルを回収するのに12年間必要になる。単価$250であれば約10年必要になる。

 しかし約400億ドルはインフラ構築用の総工費であり、インフラが構築されればその後は人件費を含め保守・点検・修理などの運転資金が必要になり、投下資金回収期間はさらに伸びる。ゆえにこの構想には経済合理性がなく、このままでは最後の最後の段階で頓挫必至である。もちろん税金を投入すれば別次元の話になる。

 上記はSGCプロジェクト全体としての丼勘定の試算であるが、実際にはSGC構想は4つの個別プロジェクトから成り、各々のプロジェクトの事業主体は自分のプロジェクトで採算を取ることになる。

 この天然ガス供給量不足問題と経済合理性(採算)問題はまだ表面化していないが、単なる時間の問題にすぎず、早晩表面化するだろう。さらに、各プロジェクト事業主体間での軋轢が激化することも予見される。

 このプロジェクトが経済合理性を得る唯一の途はガス供給量を増やすことである。供給源となるカスピ海SD-2鉱区のピーク時生産量は160億立米にすぎず、他の天然ガス供給源を追加せざるを得ない。

 筆者は、対岸のトルクメニスタンからバクーまでカスピ海横断海底P/Lを建設して、トルクメン産天然ガスをこのSGCに接続することが1つの有力な解決策と考えている。

 もちろん欧州市場側にそれ相応の需要が存在することが大前提となることは論を俟たない。

TAPIパイプライン建設開始?

 トルクメニスタンのガルクィヌィシュ天然ガス鉱区にて2015年12月13日、トルクメン産天然ガスをアフガニスタン経由パキスタンとインドに供給する天然ガスP/L建設開始記念式典が挙行され、日本からも関係者が大勢参加した。

 同国のベルディムハメドフ大統領はこの記念式典にて、「TAPI(トルクメニスタンT〜アフガニスタンA〜パキスタンP〜インドI)P/Lの建設が始まり、トルクメン産天然ガスは2020年にはパキスタンとインドに供給される」と宣言した。

 しかしこれはトルクメン大本営発表にて、2020年天然ガス供給開始は実現不可能である。筆者はこのTAPI構想が再浮上した段階から、「このP/L建設は不可能」と孤高の論陣を張ってきた(付言すれば、このP/L構想は、今から言えば20年以上前の米ユノカル構想の焼写しにすぎない)。

 2015年に建設開始したP/Lの口径は56インチ(約1420弌法年間輸送能力330億立米、P/L全長は天然ガス鉱区から対アフガン国境までの214劼砲垢ない。2015年12月13日に建設開始して、完工予定は2018年末。すなわち3年間の工期となる。

 一方、天然ガス鉱区からパキスタン・インド国境までのP/L全長は1814劼犯表されてる(アフガン領内774辧椒僖スタン領内826辧法もしP/Lを順番に建設するのであれば、214匏設するのに3年間ゆえ、1814匏設するのには単純計算で25年間かかかる。どうして、2020年から天然ガス供給が可能になるのか?

 実はある条件下では可能になるが、その条件とは「各国同時着工」である。2015年末にトルクメン・アフガン・パキスタン領内で同時にP/L建設に着工していれば、2020年にはトルクメン産天然ガスがパキスタンとインド間の国境まで輸送されることになるだろう。

 では、現状はどうなっているのか?

 P/L建設を開始するまでにはP/Lルートの現地調査、P/Lルートの土地接収、環境アセスメント、P/L建設業者の選定、資金調達、鋼管テンダーと発注、建機発注など様々な実務作業が必要であり、これだけでも最低数年間は必要になる。

 しかしTAPI P/L建設構想ではトルクメニスタン以外、まだルート調査も行われていないのが実態である。

 2015年12月に建設開始したのはあくまでトルクメニスタン国内の天然ガスP/Lであり、TAPI P/Lの建設開始ではない。この点を理解しないと、一部報道のように、 TAPI P/Lの建設が始まったと喧伝するトルクメン大本営発表の御先棒を担ぐことになってしまう。

 区分ごとにほぼ同時着工計画のない長距離P/Lは現実性のないP/L建設構想である。これが、筆者がTAPI構想は実現しないと主張しているゆえんである。

間違いだらけのパイプライン談義

 愈々、本題に入りたい。上述のごとく、P/L建設構想を考察する場合、「何を・どこから〜どこまで輸送するのか」という基本事実と経済合理性の問題を押さえておかないと、間違いだらけのP/L談義となる。

 世の中には実にこの種の間違いだらけのP/L談義が多いので、今回は心を鬼にして、実例を挙げていきたい。

 悒┘灰離潺好函戞2017年2月21日号90〜93頁/「沸騰都市」バクーを行く)
 多くの間違いがあるが、ここでは何点か指摘しておきたい。

 「日量120万バレルの原油の輸送を実現している」(91頁)。

 総延長1768劼BTCパイプラインの原油輸送量の記述である。BTCの輸送能力は日量100万バレルであるが、上述の通り添加剤を入れてドロドロ原油をサラサラ原油にすることにより、輸送能力を日量120万バレルに増強することは可能である。

 しかしあくまでも原油輸送能力であり、輸送実績ではない。著者が日量120万バレル輸送したとの意味で書いているとしたら(そのように読み取れるが)、それは間違い。もし輸送能力と正しく理解しているなら、ここは「原油の輸送能力を実現している」と書くべきだろう。

 「ロシアを経由せずして資源を運び出すパイプラインはBTC一つにとどまる。ロシアににらまれるからだ」(92頁)

 アゼルバイジャンからロシアを経由せず原油を搬出するP/Lルートは上記のBTCと、全長870劼痢崟省P/L」が存在する。西方P/Lはバクーからジョージアの黒海沿岸スプサ港までの口径530弌⇒∩能力日量15万バレル(年間750万屯)のP/Lである。

 旧ソ連邦時代に建設された原油P/Lだが、コンソーシアム側が大幅に改修工事を実施して、1999年から使用している。

 付言すれば、「ロシアを経由せず資源を運び出すパイプライン」であれば、天然ガスP/Lも入ることになるが、バクーからジョージア経由トルコまで南コーカサスP/L(“SCP”)が稼働している。さらに、イラン向け天然ガスP/Lも存在する。

 ちなみに、原油・天然ガスの探鉱・開発分野では通常、原油関係は青色系統、ガス関係は赤色系統で表示する。すなわち、原油鉱区と原油P/Lは青色系統になる。

 新聞紙でカラー印刷の場合、時々原油P/Lが赤色系統、ガスP/Lが青色系統で表示されている記事に遭遇する。もちろん、間違いではないが、これだけでエネルギー分野に精通していない人たちが記事を書いていることが分かる。

 92頁の原油P/Lが赤色になっているので、この著者もエネルギーの専門家ではないのだろう。

 付言すれば、著者作成の太平洋P/Lが建設予定の赤色点線になっているが、とうの昔に完工・稼働済みであり、日本は原油全輸入量の10%近くに相当する量を、このP/Lで輸送されるシベリア産・極東産原油を極東のコズミノ港からタンカーで輸入している(他、省略)。

◆愀从僂話詫から学べ!』(ダイヤモンド社/2017年2月17日刊)

 「(BTC)パイプラインの長さは世界2位(世界1位はドルジバパイプライン)」(78頁)

 もしBTCパイプラインが世界2位の長さと言うのであれば、他のパイプラインの長さも比較・検討していることになるが、この著者は本当に世界のP/Lの長さを調査しているのだろうか?

 東シベリア(一部は西シベリア)からタイシェット〜スコボロジノ〜極東コズミノ港までの原油P/Lの総延長は4000勸幣紊箸覆襪里世・・・。

 「パイプラインとは、石油を送るために敷設された鋼管のことです」(78頁)

 BTCパイプラインの説明だが、「パイプラインとは鋼管」のことではない。鋼管と鋼管を溶接して接続したのがパイプラインになる。

 「総延長は1768辧1日あたり120万バレルが送られています(1バレルは約158リットル)。ジェイハンからは、2006年6月4日に第一船が出港し、2013年末までに233百万トンもの原油が出荷されました」

 日量120万バレルはあくまで原油輸送能力であり、輸送実績ではない。2016年のアゼルバイジャン全体での原油生産量は41百万屯(日量82万バレル)、輸出量35百万屯(日量70万バレル)であり、そのうちBTC P/L輸送量は29百万屯(日量58万バレル)である。

 輸送能力と輸送実績は全く異なる概念である点、注意を喚起したい。

 また、1バレルは42米ガロン(35英ガロン)、約159リットルである。

 ご参考までに、ジェイハン出荷基地からの原油累計出荷量(2006年6月4日〜2016年末)は320百万屯になる。

『選択』(2017年2月号72頁)

 「(前略)丸紅はロシアのガス大手、ノバテクと北極圏ヤマル半島で開発するLNG(液化天然ガス)プロジェクトを発表した。(中略)今回のヤマル2も同等の生産を期待でき(中略)。ヤマル半島は西シベリアの北の果て。欧州向けパイプラインと結ばれておらず(後略)」

 この短い文章の中に2つ間違いがある。ノバテクの“ヤマルLNG”はヤマル半島に位置するが、“ヤマル2”はヤマル半島対岸のギィダン半島にLNG工場を建設する構想である。

 ヤマル半島中部では、西シベリアでも最大級のボヴァバネンコ・ガス田が探鉱・開発中である。筆者は1993年に同ガス田を訪問したが、当時はインフラも整備されておらず、ヤマル半島西岸のハラザベイからヘリコプターで同ガス田まで飛んだ。

 現在では開発も進み、生産井を掘削している。同ガス田からウフタまで既に2本の天然ガス幹線パイプラインが稼働しており、ウフタからは既存の幹線パイプラインに接続され、ヤマル半島の天然ガスは欧州に輸出されている。

(出所:露ガスプロムHP )


ぁ慍そ8け天然ガス輸出計画BTC南ガス回廊』(2014年2月25日付「経済の死角」)

 ネット上で流れているカスピ海を中心とするP/L談義だが、全編ほぼ間違いだらけの記述である。BTCを天然ガスP/Lと誤解しており、欧州までBTC延伸計画があるとのこと。BTC原油P/LとSCP天然ガスP/Lを混同している。

 何を輸送するのか、どこから〜どこまでP/Lが敷設されているのか・建設予定があるのかも理解しておらず、これ以上の論評は差し控えたい。

ァ悒蹈轡◆Ε轡腑奪』(講談社/2008年11月11日刊)

 本の題名は『ロシア・ショック』だが、筆者はこの本を読んで、「ロシア」にではなく、権威ある知識人による間違いだらけのパイプライン談義にショックを受けた。

 冒頭の同書60頁にある国名「ロシア連邦共和国」を見ただけで、著者がロシアをよく理解していないことが分る。そのような国はこの世に存在しないが、これは愛嬌の類と言えよう。

 「天然ガスは非常に細かくパイプラインが通っているが、現在グルジアを通っているパイプラインがこの先どこに延びるかが非常に重要な問題になっている。そこからウクライナを通るのか、あるいはそのまま黒海に通して、そこからタンカーで運ぶのか(中略)。極東では「サハリン1」「サハリン2」のプロジェクトがあり、当初の計画では日本までパイプラインを引くことになっていたが、現在はユジノサハリンスクから船で運ぶ話になっている」(同書62頁)

 ロシアからジョージア経由の既存天然ガスP/Lはアルメニアが終点になる。アゼルバイジャンからグルジア経由の天然ガスP/Lはトルコに入っている。グルジアとウクライナは国境を接していないので、「そこからウクライナを通るのか、あるいはそのまま黒海を通してタンカーで運ぶのか」は意味不明。天然ガスは気体ゆえ、タンカーでは運べない。

 ユージノ・サハリンスク(旧豊原)はサハリン州の州都だが、内陸都市である。ここから東のオホーツク海、西の間宮海峡(タタール海峡)、南のアニワ湾、どこへ行くにも車で1時間弱の行程になる。内陸都市から、どうして天然ガスを船で運ぶ話になるのか?

 また、「サハリン2」はLNG構想であり、日本まで天然ガスP/Lを建設する構想は当初から存在しない。この本の著者は対象となる国・都市がどこに位置するのかも理解せぬまま、何を・どのような輸送路で運ぶのか論じているので、上記のような支離滅裂なP/L談義になっている。


Α悒廖璽船鵑離┘優襯ー戦略』(北星堂/2008年1月31日刊)

 この本の内容も間違い多いが、紙面の関係で3点のみ指摘しておきたい。

 「ホドルコフスキーは2003年10月23日、(中略)FSBの人間によって拘束された」

 ホドルコフスキー拘束は冒頭で述べた通り、2003年10月23日ではなく25日。まぁ、これは誤植の類だろう。

 (237頁の北方P/L地図)

 同書の237頁にバクーから2経路の原油P/L地図が掲載されている。バクーからロシアの黒海沿岸ノボロシースク港まで原油P/Lが存在する。この原油P/Lは旧ソ連邦時代、ノボロシースクからウラル原油をバクー製油所まで輸送するP/Lであり、チェチェン共和国を通過していた。

 アゼルバイジャン領海のカスピ海チラグ鉱区では1997年に原油生産が始まった。当時は他の原油P/Lが存在しなかったので、この旧ソ連邦時代に建設された原油P/L(「北方P/L」)を逆走して、バクーから黒海沿岸ノボロシースク港に輸送した。

 しかし、ロシア連邦チェチェン共和国経由の原油P/Lからは盗油問題やチェチェン戦争の影響で輸送問題が発生したので、2000年に同共和国を迂回するP/Lが建設された。

 すなわち、2000年以降、この北方P/Lはチェチェン共和国を経由していない。

 ところが、同書237頁掲載の北方P/L地図ではチェチェン共和国の首都グローズヌィ経由のP/Lになっている。おまけにグローズヌィの位置が間違っており、ロシア連邦ダゲスタン共和国の首都マハチカラの位置がグローズヌィと記載されている。

 「(カザフスタン)テンギス油田からグローズヌィ(チェチェン共和国)を経由してノボロシースク港(ロシア)に抜ける既存のCPCルート」(242頁)

 CPCルートとは、カザフスタンのテンギス陸上油田から露黒海沿岸ノボロシースク港までの全長1511劼慮玉P/Lのことであるが、このP/Lはグローズヌィを経由していない。そもそも大回りする必要性は全く存在しない。

 上記、いくつかの実例を列挙したが、あくまで一例にすぎない。

 繰り返しとなるが、P/L談義の要点は、以下の3点となる。

_燭鰺∩するのか?
供給源・需要家は存在するのか?
P/L建設は経済合理性を有するのか?

 JBP読者の皆様には、マスコミやネット上で流れている間違いだらけのP/L談義を排し、正確なP/L像を描きながら石油・ガス戦略を論じていただきたい。

筆者:杉浦 敏広