米国のドナルド・トランプ大統領は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と電話協議を行うなど、対露融和姿勢を示している。またプーチン政権に近いとされるレックス・ティラーソンエクソンモービル前会長兼CEO(最高経営責任者)を国務長官に任命した。

 このようなトランプ大統領の姿勢に対し、選挙期間中のロシアによるサイバー攻撃や情報戦を通じた支援工作疑惑もあり、米国内や同盟国の間でも疑念が広がっている。

 しかし、トランプ大統領の対露政策の背景には、大統領個人の意向を超えた、国際社会のバランス・オブ・パワーの変化や各国の国益対立など、より本質的な変化要因が潜在している。

1 ロシアの国力の限界と対中連携の必要性

 ロシアの脅威は、主として軍事的なものであり、経済的には依然として弱体である。特に、資源依存経済の体質から抜け切れず、原油価格によりロシア経済は大きく左右される。

 IMF(国際通貨基金)統計によれば、2015年の各国の名目GDP(国内総生産)が占める比率(名目総額)は米国が24.5%(18兆377億ドル)、日本が5.6%(4兆1242億ドル)、中国が15.2%(11兆1816億ドル)、ロシアが1.8%(1兆3260億ドル)となっている。独仏英伊の合計額比率は、13.6%(10兆460億ドル)である。

 GDP比は、米国単独では中露の1.4倍である。欧州主要国のロシアに対する倍率は7.6倍、欧米を合計すれば、ロシアの21.2倍になる。このようにロシア単独の経済力では、欧米には今でも対抗はできない。

 ただし日米欧のGDP合計は1992年には中露に対し27倍あったものが、23年間に2.6倍にまで縮まっている。また2015年の日米の合計は中露の1.8倍、欧米の合計は中露の2.2倍に過ぎない。その主因は、中国の目覚ましい経済成長にあるが、ロシアが中国と提携すれば、日米にも欧米にも対抗できることを示唆している。

 また欧米での世論調査の結果によれば、ロシアを軍事的脅威とみる見方は、どの国でも7割前後を占めているものの、経済的脅威とみる見方は2割以下に過ぎない。すなわち、ロシアの弱点は経済、特に資源依存経済にあると言えよう。

2 対露政策の基本方向とティラーソン国務長官任命の狙い

 トランプ大統領が、エクソンモービル前会長兼CEOのティラーソン氏を国務長官に任命したことについて、プーチン大統領に近すぎるとして、不適任ではないかとの懸念がメディアなどで報じられていた。

 この人事は、今年1月米上院で承認されたが、その背景には、米新政権の対露戦略が秘められているともみられる。

 ロシアへのクリミア併合と東部ウクライナでの親露派蜂起を契機とする事実上のロシアへの併合以来、NATO(北大西洋条約機構)とロシアの間は、冷戦崩壊以来最悪と言われるほど、緊張が激化している。

 バラク・オバマ前米大統領の民主党政権は、人権、民主主義、法の支配などの価値観を重視し、ロシアの一方的なクリミアや東部ウクライナの事実上の併合に対して、強硬な姿勢を貫いてきた。

 また、ロシアの軍事的脅威に直接さらされているNATO加盟国の旧ソ連、東欧圏のバルト三国、ポーランド、チェコ、ハンガリー、ルーマニア、スロベニアなどの諸国に対しても、NATOを主導して軍事的な支援を行ってきた。

 しかしトランプ大統領は、このようなオバマ政権の価値観重視の外交姿勢やそれを貫くための軍事介入には、選挙期間中から反対姿勢を明確にしている。

 彼は、「米国の対外政策の第一の手段として軍事介入という金使いの荒い手段を使うという超党派的な合意に替わる選択肢を示す」ことを訴えている。

 ジョージ・W・ブッシュ政権のイラク戦争などに見られた、共和党の伝統的な軍事介入政策にも、ヒラリー・クリントン流のリベラル強硬派のいずれの立場にも反対している。

 オバマ政権がイラクで行っているような、「民主化を軍事力で押しつける」政策にも反対し、米国は、具体的な成功例を示すことにより、その価値観を広げるようにすべきだとしている。

 半面、トランプ大統領は選挙戦中から、「強大な軍を再建する」と約束し、国防予算の削減中止、軍人の処遇改善を訴えている。しかし対外政策上は、紛争解決のための「軍事力の行使は最後の手段であり、努めて外交や経済による解決を追求すべきだ。外交や経済の制裁も行使は慎重であるべきだ」と主張している。

 外交についても、実業家としての取引の経験から、誰とでも話し合う機会をもつべきだし、交渉による取引も可能であるとし、アサドやイランの指導者とも話し合う用意があるとしている。

 これらのトランプ大統領の外交姿勢からみれば、プーチン大統領とも話し合おうとするのは当然かもしれしない。ただし、その結果については、「うまくいくかもしれないし、いかないかもしれない」とし、交渉次第との姿勢を示している。交渉に際し、プーチン大統領と親交があるティラーソン国務長官に手腕発揮を期待しているのであろう。

 ロシアは米国を破壊できる核戦力を持つ唯一の国であり、15発の核弾頭を搭載した新しい超大型大陸間弾道ミサイルを開発中とみられている(『ウォール・ストリート・ジャーナル』2016年11月20日)。米国は、核戦争にエスカレートする恐れのある、ロシアとの直接的な軍事対決は避けなければならない。

 しかし他方でロシアは、クリミアを併合し東部ウクライナを、親露派武装勢力を使い事実上占領している。このような力を背景とする現状変更は、東欧諸国にとり直接的な脅威となっている。

 オバマ政権の下で、米統合参謀本部が2015年に出した『国家軍事戦略』では、ロシアを、在来型の国家を主体とする戦争と非国家主体の戦いが複合した「ハイブリッド」型の脅威を及ぼす主要な脅威として警戒心をあらわにしている。

 しかし、トランプ政権は、ロシアに対しては、軍事力行使は最後の手段であり、外交と経済を主として対露関係を再構築しようとするのが、基本方針とみられる。

3 対ロシア原油外交態勢

 その際に、ロシアを米国の意向に沿うように動かす最も有力な非軍事的な手段となるのが、対露石油外交であろう。この点を突くうえで米国は有利な位置を占めている。

 米国は、軍も含めていま脱石油に積極的に取り組んでいる。海軍は、グリーン艦隊と言われる化石燃料以外の、バイオ燃料、原子力、風力、ソーラーなどにより推進する艦隊の試験を推進し、2020年までに海軍のエネルギーの半分を代替エネルギーにすることを計画している(『日経新聞』2012年7月7日)。国内ではブッシュ政権時代から電気自動車の開発が国策として進められている。

 2013年6月に米エネルギー省がまとめたシェールオイルの推定埋蔵量によれば、ロシアが750億バレルで第1位、米国が580億バレルで第2位、中国が320億バレルと第3位であり、世界42か国の総量は3450億バレルと在来型を含めた世界の石油の総埋蔵量の10%を占めるとされている。

 米露が提携すれば、世界の石油価格を左右できるだけの価格支配力を持つことも可能であろう。ただし、シェールオイルの開発技術は米国が保有している。

 日本の「石油天然ガス・金属鉱物資源機構」によれば、シェールオイルの開発・生産コストはバレル当たり40〜60ドルと見積もられる。

 このコストを上回り、かつ欧米にとり危険なほどロシア経済が強くなりすぎる80ドル以上にもならない、バレル当たり50〜70ドル程度の価格帯は、原油価格に依存するロシアとしても、経済的にぎりぎり容認できる水準である。

 米露間での合意が成立すれば、今後原油価格はこの価格帯を中心に、安定的に維持される可能性が高まる。

 しかしもしもロシアが米国の意向に従わず、ウクライナなどで新たな軍事挑発に出た場合に米国は、国内のシェールオイルを増産するとともに、いまは敵視しているイランとの和解を推進しイランに石油の増産を認めるなど、原油価格をロシア経済が耐えられないほどの低価格に誘導するという報復手段もとり得る。

 さらに米国は、ロシアに対するシェールオイルの採掘技術の支援中止という経済、技術的な制裁措置も採ることができる。

 トランプ大統領は、経済、外交、技術など非軍事的手段により、ロシアの脅威を封じ込めようとしているとみられる。このような石油を手段とする対露外交を巧みに展開するうえで、ティラーソン国務長官は適任と言えよう。

 米国にとり、中東石油への依存は経済面でも軍事面でも、もはや必要がなくなりつつある。すなわち、中東原油地帯の防衛は米国にとり地活的利益ではなくなっている。

 それだけ、米国の中東政策は自由度を増し、中東内部の紛争には直接軍事介入はせず、現地化を基本方針とすることが可能になっている。

 トランプ大統領は選挙期間中から、オバマ政権の中東政策について、必要のない軍事介入を長期にわたり続け、これまで3兆ドル以上を浪費したと非難している。中東での戦いの総費用は、将来費用を含めた帰還傷病兵に対する医療補償、家族支援などの社会保障費を含めると約6兆ドルに上るとみられている。

 トランプ大統領は、ISISの早期の打倒を中東政策における最大の目標とし、そのためにはロシアやシリアのアサド政権に歩み寄る姿勢もみせている。

4 ロシアにとっての中東の価値

 ロシアとイランはともにアサド政権を支援し、ISIS(イラクとシリアのイスラム国)と戦っている。ロシアはソ連時代からシリアのラタキア港を中心に軍事拠点を築いており、約3万人ともされるロシア人も居住している。ラタキアはロシアにとり残された最後の軍事拠点であり、これを守ることはロシアにとり譲れない国益である。

 ロシアは2015年11月の爆撃では、1500発の爆弾と20発の巡航ミサイルを使用した(『JDW』2016年2月3日)。昨年1月には、2か月間停止していた長距離爆撃機によるシリアでの空爆を再開し、シリアへ最新鋭のSu-35を4機配備した。

 ロシア空軍は、昨年3月、5か月半に及ぶ爆撃で目標の100%を破壊したと発表している(同、2016年3月23日)。この目標制圧公表直後、ロシア国防相は、ラタキアから空軍部隊を撤退すると発表している。

 他方で、ロシア軍の最大1000人はシリアに残り、ロシア大統領府は、ロシア軍を守るために必要な兵器は残すとし、最新型の対空ミサイル「S-400」も含まれると公表している(『時事通信』2016年3月16日)。

 昨年シリアにロシア軍は、イスカンダル地対地ミサイル、攻撃ヘリ、電子戦装置などの最新装備を展開し、S-400をラタキア港防衛のために配置したことが確認されている。またシリアのタルトゥス港を守るために「S-300」も展開され、ロシア軍はタルトゥス港を恒久的に使用する予定と発表された。

 他方で、昨年10月にはロシア軍機と米軍主導の有志連合軍機の異常接近が報じられている。米側はこの事案は偶発的なものとみているが、米軍とロシア軍の空爆には緊密な調整はなされておらず、偶発的な事故などの恐れがある。

 このように、ロシアのシリアへの軍事介入は、その行動からラタキア、タルトゥスなどの地中海岸の軍事拠点の確保とアサド政権の維持を目的とする限定的なものであると言えよう。

 シリアに対してはイランも支援しており、イランは昨年8月、初めてロシアに航空基地も提供している。しかし、イランとロシアの意向は必ずしも一致していない。

 ロシアは空爆を主とし、米国のようにシリアで長期にわたる泥沼にはまり込むことを望んではいない。一定の戦果を挙げた今が退き時と判断しており、トルコとの間で出口戦略を模索している。

 他方のイランは、軍を派遣し徹底的に戦おうとしており、反政府軍との交渉ではロシアと意見を異にしている(『エコノミスト』2016年1月7日)。

 ロシアは昨年10月、唯一の空母と戦闘艦6隻等を東部地中海に派遣するなどの海軍による示威行動も行っている。しかし、経済力の乏しいロシアにとり、ウクライナに並行してシリアに長期にわたり軍事介入することは避けたいところであろう。

 またロシアには、米軍側と不慮の事故や紛争を起こす恐れのある、空爆作戦や地上での侵攻作戦を長期にわたりシリアで行う意思はないことが、その行動や残留装備からも伺われる。

 昨年12月、ロシア、イラン、トルコが仲介したアサド政権と主な反体制派の停戦合意が発効した。ISISは対象外だが、米国はアサド退陣を掲げてきたものの、その目標が曖昧になってきており、ロシアとトルコが停戦合意をまとめたことで、その傾向は一段と強まり、米国の影響力がさらに低下するのは避けられないとみられている(『日経新聞』2016年12月31日)。

5 中東を巡るロシアとの駆け引きとISIS制圧重視方針

 トランプ政権のイランに対する強硬姿勢には、ロシアとイランの国益の不一致を突き、両国を分断しようとする外交的な意図も垣間見られる。

 またトランプ政権は、ロシアのシリアでの抑制的な姿勢を察知し、シリアでは有志連合軍を徐々に撤退させ紛争を地域化する方向で、ロシアとの間での合意を追求している可能性がある。

 トランプ大統領とプーチン大統領との首脳会談では、紛争の現地化、米露両軍の段階的撤退、事故防止協定などで合意がなされるかもしれない。

 米欧露共通の課題となっているテロの脅威の源を絶つための、ISIS制圧についてはテロ情報の交換も含め共同で対処することについても、米露間で合意されることになるであろう。

 トランプ大統領は、ISISの早期制圧を軍事作戦上は最重視している。しかし空爆では制圧はできず、地上作戦を行う必要がある。米軍はじめ有志連合軍側にもロシア軍にもISIS制圧に必要な数万人規模の地上兵力を長期派遣する余力も意思もない。

 ISISと戦っている地上兵力の主力は、米軍が養成しいまだに弱体なイラク政府軍と精鋭だが中東では孤立したクルド民兵以外は、アサドのシリア政府軍、イランの民兵などの反西側勢力である。有志連合軍には、信頼のできる大規模な地上兵力はない。

 イランは、シリアでのアサド支援の戦いですでに1000人を超える戦死者を出しているが、戦意は衰えていない。新たに介入したトルコはまだ本格的な戦闘には入っておらず、ISISよりも欧米に協力的なクルド民兵の制圧をむしろ重視している。イランとトルコの介入は紛争の現地化の兆候を示している。

 米露欧ともに中東からは撤退し、紛争を現地化する点では、利害が共通している。マティス国防長官も特殊作戦、情報戦、サイバー戦など、非対称戦の専門家である。

 中東でのISIS制圧作戦は、無人機、サイバー戦などを併用した特殊作戦を主とし、イラク政府軍や助言、情報提供、訓練支援、装備品の供与などの間接的な支援にとどまり、ロシアとの交渉結果をにらみつつ、段階的縮小に向かう可能性が高い。

 トランプ大統領は選挙期間中、ISISを短期間に制圧できる方法があるが、今は言わないと発言している。特殊作戦では、指導者を暗殺することはできるが、別の指導者が登場するだけで制圧にはつながらない。

 地上作戦への間接的な支援では、ISIS制圧に短期で成功する可能性はない。サイバー攻撃も直接の制圧効果はない。

 ISIS制圧を短期に制圧するのは、小型核兵器(トランプ大統領は選挙期間中に、核兵器使用をほのめかしたことがある)、新型の気体爆弾などを使用しなければ、困難とみられる。ISISの短期制圧の秘策は何かが注目される。

 このように現在の中東情勢全般から言えるトランプ政権の中東政策の方向性は、米国の石油価格支配力を梃子にして、ロシアをコントロールしつつ、基本的には対露融和政策に出て、紛争を現地化しつつ、共通の敵であるISIS制圧に注力する、それに成功すれば段階的に軍事的関与を引くという政策が妥当であろう。

まとめ: 対露政策の今後と米中露3極関係、日本への影響

 ただし、米国の以上のような対露政策の展開がトランプ政権の思惑通り進むとは限らない。ロシアはINF(中距離核戦力全廃)条約違反との疑惑をもたれている新型巡航ミサイル「SS-C-8」の実験をオバマ政権時代から続けてきたが、その実戦配備をいよいよ開始したとみられている。

 トランプ政権は、2021年の米露核軍縮条約(新START)失効を控え、核態勢の再検討にこれから入ることになるが、トランプ大統領は核戦力増強の方針を表明している。トランプ政権にとり、ロシアのINF条約違反疑惑が深刻化するなか、予定通り対露融和政策を進めるのか否かが、今後問われることになる。

 日本に対しても、ロシアのショイグ国防相が今月、2017年中に北方領土や千島列島に新型の師団配置を完了すると公表するなど、強硬姿勢を示している。日露首脳会談で合意した共同経済活動についても、日露の関係改善につながるかどうか予断を許さない状況になっている。

 今後米露首脳会談が予定通り実施されたとしても、トランプ政権の期待が裏切られ、プーチン政権が新たな東部ウクライナでのハイブリッド型脅威を高め、シリアでもアサド支援を強化し影響力を拡大し、欧米撤退後の力の空白をうずめるなどの姿勢を見せれば、欧米との対立は再び深まることになろう。

 しかしプーチン政権にとっては、ロシアの経済的実力を踏まえれば、ロシア軍近代化のための予算と技術を確保するためにも、欧米の経済制裁緩和、先進技術の導入が望ましいことに変わりはない。

 ロシアにとり、過度の欧米、特にトランプ政権に対する対立姿勢は、国益上マイナスが大きいと判断するのが、合理的ではないかと推察される。

 今月16日、マティス国防長官がロシアをNATO同盟国の脅威と指摘し、同日プーチン大統領が、NATOは我々を常に挑発し、抗争に引きずり込もうとしていると非難するなど、米露対立の様相もみられる。また中国の反応も看過できない。

 ロシアの過度の対欧米融和は中国の反発と不信を招き、中国共産党第十九回全国代表者大会を今秋に控えた習近平政権が強めると予想される対外強硬政策との調整が必要不可欠になると思われる。

 トランプ政権が対中強硬策を採り、米中関係が悪化した場合、プーチン政権が米中いずれとの関係を重視するかにより、トランプ政権の対露政策の成否が問われることになる。

 また、日露関係についても、米中関係が緊張すれば関係改善は困難になり、緩和すれば改善が進み、日露経済共同開発も進むとみられる。日本としては、てランプ政権の対露融和政策を支援し、対露関係改善を進めるのが国益に資すると思われる。

筆者:矢野 義昭