希代のヒットメイカー=マックス・マーティン、貴重な最新インタビューでプリンスやファレルを語る

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 2017年に【ソングライターの殿堂】入りを果たしたスウェーデン出身の音楽プロデューサー/ソングライターのマックス・マーティンはマスコミ嫌いとして有名で、彼が関わった曲を誰もが一度くらいは耳にしたことがあっても、彼について知っている者は意外と少ない。

 米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”1位を21回獲得、ソング・チャート“Hot 100”1位は22曲(ビートルズのレノンとマッカートニーに次いで3位の記録)、これまでにイン・シンク、バックストリート・ボーイズ、ブリトニー・スピアーズ、テイラー・スウィフト、ザ・ウィークエンド、ロビン、ダニー・エルフマンなど数多くのアーティストたちの楽曲を手がけてきたマーティン。そんな彼の貴重な最新インタビューがスウェーデンのDi Weekendに掲載された。
 
 スウェーデン語で行われたこのインタビューで彼は、芸名の由来や影響を受けた音楽、そして一時期経験したスランプについてなど、終始リラックスした様子で語っている。「僕は一度もかっこよかったことなんてないよ。音楽の趣味は常に悪かった。デフ・レパードが好きだし。と同時に、僕の趣味は普遍的なのかもしれないけど、分からないな」と明かす彼の人となりが垣間見える内容をピックアップしてみた。

<芸名の由来について>
 彼の本名はマーティン・サンドバーグで、芸名は勝手に決められてしまったらしい。マーティンが1994年に初めてソングライターとしてレコーディングに関わった際、彼の師匠でプロデューサーのデニス・ポップが許可を取らないまま“デニス・ポップ&マックス・マーティン・プロデュース”と書いたことが芸名の由来だそうだ。

<マスコミ嫌いについて>
 「注目を浴びてない方が楽だからだよ。SNSもやってない。シンプルにしておきたいんだ」という彼の姿勢には、昔から愛してやまないプリンスと、駆け出しだった頃の経験が根底にあるようだ。「プリンスについて一般的に知られているのが彼の芸術と音楽だけだったのがすごくかっこいいと思っててさ。自分が駆け出しの頃、デニス・ポップとインタビューをどこかのカフェで受けたんだけど、すぐに居心地が悪くなった。“こんなところで自分は一体何をやってるんだ?スタジオに戻らなきゃ。自分の場所はそこだ”って思った。インタビューを受けた後、どういう形で掲載されるのかずっと心配だった。でも受けなければ何も起きないわけで、心配することもないんだよね」と彼は説明した。

 また、プリンスの大ファンだった彼は、「プリンスの音楽を死ぬほど聴いてた時期があって、そこから得た知見は役に立ってるよ。それは音楽を作る根本的な方法とかじゃなくて、理解したり学んだり、自分なりのツールボックスを作り上げるということだね」と、曲作りのヒントをプリンスからもらったと話している。

<バンドKISSの大ファンだった>
 「兄貴が“ポスター”っていうスウェーデンの雑誌を持って帰ってきたのを覚えててさ。あれには写真が両面印刷されたポスターが折り込んであって、好きな方を選べるようになってたんだ。その時は片面がキッス、裏がレッド・ツェッペリンだった。僕にはキッス以外考えられなかった。キッスは僕の人生そのものだった!僕はいつだって一番カラフルで、一番活き活きしているものを選んできた。結局ツェッペリンは一度も僕の壁を飾ることはなかったよ。キッスの良かったところは、グローバルな視点を持っていたこと。スタジアム・ツアーとか、アルバム“アライヴ”とか、姿勢とか。常に巨大なヴィジョンを持っていたのが最高だった」と彼は子供の頃の思い出を語った。

<ファレルから学んだこと>
 ブリトニー・スピアーズやバックストリート・ボーイズなどの大スターたちを成功に導いて一時代を築いた後、マーティンの音楽が売れなくなった時期があった。当時について彼は、「ボーイ・バンドのブームが突然去って、ファレルとかああいうスーパー・クールなビートを操るアーティストが人気になった。最初は、“僕たちの音楽の良さが分からない奴らはバカだ”って思っていたけど、ようやく悟ったんだ。世の中は変わった、変われないでいるのは自分だって。だから他の音楽も聴くようになって、今まで売れたことがなかったアーティストとニューヨークで仕事をするようになった。そうしてるうちに(ケリー・クラークソンの)“シンス・ユー・ビーン・ゴーン”で状況が好転したんだ」と自分を見つめ直したきっかけについて明かした。

<ケイティ・ペリーの「ロアー 〜最強ガール宣言!」について>
 アメリカの小児がん患者のアンセムとして使われるようになったこの曲について、「一つの曲がより大きな意味を持つようになるのは、僕にとって一番嬉しいことだよ」と彼は言う。「小児病院のスタッフ全員であの曲を歌っている動画を見たけれど、おかげで思い出すことができたんだ。僕は自分の仕事を軽視する傾向がある。自信過剰になりたくないからなんだけど、“平等のために尽くしたり、シリア問題に取り組んだり、がんと闘っている人がいるのに、自分は一体何をやってるんだろう”って思うんだ。でもこうやって自分の曲がスタジオから飛び出して、誰かにとって大切な意味を持つようになることもある。自分の曲を全部誇らしく思うことなんてないけれど、“ロアー “に関しては胸を張れるよ」と語った。