なぜ、開化主義者に 日本語廃止論者が多かったのか?

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江戸という時代は、明治近代政権によって「全否定」された。
私たちは学校の教科書で、「明治の文明開化により日本の近代化が始まった」と教えられてきたが、はたして本当にそうなのか?
ベストセラー『明治維新という過ち』が話題の原田伊織氏は、これまで「明治維新とは民族としての過ちではなかったか」と問いかけてきた。
そして、今回さらに踏み込み、「2020年東京オリンピック以降のグランドデザインは江戸にある」と断言する。
『三流の維新 一流の江戸』が話題の著者に、「開化主義者の裏側」を聞いた。

西周と森有札の本当の姿

 前回、開化主義者たちが、“率先して”外国人からみて“いい子”になろうとしたことを紹介した。

 百瀬氏は、『東京日日新聞』『新聞雑誌』『日要新聞』といった当時のメディアがこれを煽った様子も紹介している。

 大東亜戦争に敗れ、米軍に占領支配されていた昭和二十年代からその後の三、四十年代がまさにそうであったように、外圧による、またその影響による世代(よがわ)りの時には、この国には必ず「勝者に媚びる知識人」がオピニオンリーダーとして登場する。

 先に触れた西周や薩摩出身の森有礼(もりありのり)は、紛れもなくこの時期のオピニオンリーダーと位置づけられる。

 そして、興味深いことに二人共日本語廃止論者であった。
彼らにしてみれば、固有の言語である日本語、日本語文すら非文明的であったのだ。

 実は、大東亜戦争敗戦時、即ち、GHQによる日本の占領統治が始まった時期にも全く同じ主張をする者がいたことも知っておくべきであろう。

 開化主義者の中には、西洋人と混血すべきであると主張する者さえいた。
西洋人の肉体的な優秀性を説き、強健な肉体を作るには肉食すべきであるとし、その延長線上に人種改造論ともいうべき西洋人との混血が必要であるとする主張が大真面目に展開されたのである。

 ここまでくると、もはや究極の“西洋かぶれ”というべきであるが、この種の主張は投げやりの気分で為されたものでなければ、皮肉や不真面目によるものでもなかった。

 むしろ真剣に自分たちの非文明、野蛮を嘆いた上での主張であったのだ。

 これが、明治復古政権による「文明開化」の正体である。

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