松坂ヒロシ・早稲田大学教授

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■ネイティブの英語の理解力は非常に高い

【三宅義和・イーオン社長】これからの時代、英語もノンネイティブ同士で会話していることが増えると思います。その際、「通じる英語」の基準はどこにあるのでしょうか。簡単な文法と単語、それにジェスチャーで間に合うこともあります。すると、どうしても「発音なんて……」という議論になりがちですが、松坂先生はどう考えられますか。

【松坂ヒロシ・早稲田大学教授】例えば、IT業界のビジネスマンが「自分は仕事柄、インドの人とコミュニケーションするから、インド的な発音をするんだ」と言ったとします。私は、それはそれでいいことだと思います。

そのように、特定の発音が自分に有利だという人はいます。ですから、そういうふうな立場になったら、少し発音を修正すればいいでしょう。けれども、学習者が中・高・大学で英語を学んでいる段階では、一応、標準的な発音を教えるのが、われわれ教師の役目であると考えています。

さて、通じる英語にただひとつの特定のパターンがあるわけではありません。通じるかどうかは相手によります。英語のネイティブスピーカーの理解力は非常に高く、こちらの英語が不完全でも相当理解してくれます。相手がネイティブでないと、そこまでは期待できません。そこで私たちは、通じにくい状況で、なるべく通じるようにということを心がける必要があります。では、それはどんな場合かというと、私の考えでは、話し手の柔軟性がカギになると思います。相手が理解していないと感じたら、発音をより明確にするとか、やさしい文法に変える、短いセンテンスにしてみるといった臨機応変な対応が、通じる英語の眼目でしょう。

そういう柔軟性を発揮するためには、かなりの英語の底力がなくてはなりません。その力には英語そのものを知っていること、つまり、単語や文法や発音の知識があることがあり、また、それをどんな場面で使うかという判断力も同時に求められます。

【三宅】日本人らしい英語というものがあるとすれば、それはどのようなものなのでしょうか。また、私たちはどんな英語を規範として学ぶ必要がありますか。

【松坂】日本人らしい英語というものがあるかどうかわかりません。もし、あるとすれば、それは話す人からにじみ出るものであって、わざと演技して作るようなものではないと思いますね。さきほど申した通り、規範とするなら、伝統的な、英語圏で教育を受けた人の英語がいいでしょう。その発音に近づこうと努力する過程で、どうしても母語の影響が出てしまうとすれば、それが日本人らしい英語かもしれませせん。

■発音は実力が一瞬にしてわかる

【三宅】私どもイーオンでも英語学習者に対して「発音、大事ですよ」と言います。その理由として、自分がきちんと発音できる単語やセンテンスは、自分の耳がしっかり聞けるのです。

ある企業研修の際、1人の受講生が「current」、カレントという単語を「キューレント」と読んでいました。そう発音しているかぎり、正しい発音は聞き取れませんし、意味も通じない。だから、イーオンでは音読トレーニングを非常に重視しています。

【松坂】いいですね。

【三宅】音読でトレーニングしている、発音もさることながら、聞き取る力がつき、TOEIC L&Rテストのスコアなんかも、ポンと上がるわけです。それが、モチベーションアップにつながりますね。

【松坂】モチベーションにつながるというのは、いい視点ですね。なぜかというと、発音というのは実力が一瞬にしてわかるのです。もう3秒ぐらいでわかる。語彙力や文法力はそうはいきません(笑)。

つまり、発音に関しては、われわれ学習者はいつも裸でいるような状態です。だから発音がいいと、自分の英語がうまいという印象を聞き手に与えることができます。当然、モチベーションアップにつながります。

逆に教師の立場からすれば、生徒や学生から信頼を得ないといけません。信頼を得られれば、生徒の学習意欲も高まります。そういう意味では、「あの先生、すごく単語を知っている」というのも信頼に値するでしょうが、やはり一瞬でわかる発音は大事です。

【三宅】話を次に進めますが、次期学習指導要領の告示が、今年3月に迫ってきました。小学校3年次から外国語活動を行い、5年次からは教科になるということで大変にインパクトがあります。大学入試も2019年でセンター試験がなくなり、英語科目は読む・書く・聞く・話すという4技能重視のテストになり、大学のカリキュラムも変わろうとしています。

メディアの報道は、ともすれば、そうしたテストや授業に目が向きがちですが、本当に大変なのは教える側でしょう。従来の、ただ読み、書き、文法ということではなくて、コミュニケーション重視の方向であるとすれば、コミュニケーションの一つの手段、話すということで、教師の発音が重要になってきます。

特に小学校の先生の場合は、英語の指導法を学んでいません。だからこそ気になるのが発音です。私どもの教室でも、英会話を学ぶのに「きれいな発音の先生に習いたい」という保護者の声は依然として強い。当然、学校の教諭も発音を磨くべきだと考えますが、そのときに英語音声学が、どのような貢献ができるとお考えですか。

【松坂】やや我田引水のようですが、英語音声学という学問は、非常に能率良く発音の特徴を学ぶのに最適です。私は、これをある程度やっていただくことによって、とても小学校の教員の発音は向上すると思います。まだ、そういうものを体系的に研修していただくようなシステムがありません。それがすぐにでも必要となるでしょう。

英語を野球の能力に置き換えれば、発音や語彙などは、走る力、投げる力、打つ力など、個別の能力に当たると思います。どれが一番大事かは特定できませんが、発音は比較的目に見えやすいものです。野球のコーチが目に見えやすい技術について知識や能力が乏しいと選手からの信頼はすぐに低くなるでしょう。やはり、発音は大切だということになります。

英語音声学の貢献については、積極的貢献と消極的貢献があると考えます。積極的、つまり目に見えるという意味においては、音声学が学習者の発音を向上させ、コミュニケーション力を高められるということです。一方、消極的、成果としては見えにくいのですが、音声学によって、発音学習の能率が上がり、さほど時間をかけなくても基本的な発音がマスターできるようになります。こうして浮いた時間をほかの勉強に振り向けてもいいのではないでしょうか。

■会話は人間の豊かな感性も含めて伝達する

【三宅】音声学の卒業生は、「モノのインターネット」と言われるIoTの分野へ就職する人が多いと聞いたことがあります。具体的には、音声分析、音声認識などですが、彼らが大学や大学院で学んだ知識や知見により、企業の現場での研究も、より盛んになっていくのでしょうか。

【松坂】私は、その分野の専門家ではありませんが、研究が進んでいることは明らかな事実です。そういう情報はたくさん入ってきます。将来、英語を学ぶ人の発音の評価などをIoT技術で自動化できれば面白いと思っています。

【三宅】最近は電子辞書で発音練習している若い人も多くなっていまして、自動翻訳機の技術の進歩が『ドラえもん』に出てきた「ほんやくコンニャク」さながらの精度の向上だと話題になってもいます。

すると「もう今さら英語なんか学ばなくたって、それで済むじゃないか」といった英語学習不要論や英語教師不要論なども出やすくなります。先生は音声学の見地から、また、英語教育の専門家として、そんな時代が来ると思われますか。それと人から学ぶことと、機械から学ぶことの違いをどうお考えでしょうか。

【松坂】私は言葉と数学の数式と比較して説明しています。その2つが決定的に違うのは、数式は感情を伝えません。たとえば、皮肉も言いません。言葉によるコミュニケーションというのは、人間の豊かな感性を含めて相手に伝達していくものです。少なくとも当面は、AI、すなわち人工知能ではすべては扱えないと思います。そこに人間の出番と役割があるのではないでしょうか。

【三宅】教育界や産業界では、グローバル人材育成ということが盛んに言われます。世界と伍していける若者をもっと増やしていこうという機運がありますね。そこで、松坂先生が考えるグローバルな人材とは、どのような人をイメージしていらっしゃいますか。

【松坂】日本社会にだけ暮らしていると、狭い常識を拠り所として判断したり、コミュニケーションしたりするものです。しかし、自分が慣れ親しんだ社会を一歩出ると、その常識が通用しない人々に囲まれるわけです。そのときに、冷静に自分の立場を説明し、場合によっては、理路整然たるディベートもできる。そうして相手の理解と信頼を勝ち取れることがグローバル人材の1つの条件だと思います。

そのための有力な手段が英語など外国語の能力です。もちろん、英語を勉強していると、わからないことが後から後から出てきます。これに圧倒されたら負けです。外国の言葉なのですから、それで当たり前。わかることが増えていくことに手応えと喜びを見つけ出してほしいと思います。

【三宅】本日はたいへん内容の濃いお話を聞かせていただきありがとうございました。

(三宅義和・イーオン社長 岡村繁雄=構成 澁谷高晴=撮影)