清水富美加の薄給騒動は他人事ではない

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今回から始まる新連載。ネットニュース編集者・PRプランナーとして活躍する中川淳一郎さんが、「いま」という時代を象徴するようなトピックについて、ビジネスやサラリーマン生活などと絡めながら大胆に切り取っていきます。出家騒動で注目の女優・清水富美加さんの「月給」が話題に。「薄給やむなし」「それはブラック労働」と意見が錯綜。どう考えるべきかなの。

■「薄給もやむなし」「それはブラック労働」意見が錯綜

宗教法人「幸福の科学」への出家騒動で耳目を集める女優・清水富美加の「月給」が話題になっている。

出家を発表した数日後、清水の法名「千眼美子(せんげん・よしこ)」名義で唐突に刊行された告白本『全部、言っちゃうね。』(幸福の科学出版)などによれば、デビューから数年は事務所から月給5万円で契約させられていたこと、NHKの連続テレビ小説「まれ」(2015年)出演当時には月給12万円ほどだったこと、2016年は年収1000万円に大幅アップしたことが伝えられている。そうした情報を受けて「あまりに薄給」「若いタレントが芸能事務所から搾取されている」と批判する声も少なくない。

清水がすがった幸福の科学サイドは、清水の最近の年収ではなく、長らく所属事務所から固定でもらっていた「月給」にあえて焦点を当てている節もあり、彼女がいかに事務所から冷や飯を食わされ続けてきたか、強調しようとしている印象は否めない。

ただ、ここで若干違和感をおぼえるのが、今や売れっ子となった芸能人が事務所を擁護している点である。「芸能界は古い体質があるから仕方がない」といった声も出ている。つまり「芸能界とはそういうものなのだから、下積み時代は給料が安くても仕方ないだろ」ということだ。

一方、労働問題の識者らは事務所が彼女に強いてきた状況を「ブラック労働」だと批判しており、両者の溝はなかなか埋まりそうにない。

■カルロス・ゴーン氏の役員報酬は一般社員の138人分

ところで、この件を一般的なサラリーマンにあてはめたとしたら、一体どうなるだろうか。2月16日の東京新聞朝刊一面には、以下の記述がある。

<東京商工リサーチの集計では10年に289人だった年収1億円以上の上場企業(3月期決算)の役員数は16年に414人に増加。一人当たりの平均報酬は2億円を超えた。

役員に比べると従業員の年収の増加率は緩やかだ。同社によると上場約2200社(3月期決算)の16年の平均年収は622万円で、10年比の増加率は7.8%。一方でこの間に1億円以上を得た役員の一人当たりの報酬額は22.6%増えた>

2016年の日産自動車の株主総会で、カルロス・ゴーン社長の2015年度の役員報酬が10億7100万円であることが明かされた。ちなみに同社一般社員の年収は、「年収ラボ」というサイトによると776万円。ゴーン氏の報酬はザッと一般社員138人分である。それだけの価値を同氏が生み出していると判断されたのだろう。

さて、話は再び芸能界に戻る。私はさまざまなお笑い芸人とここ10年以上、一緒に仕事をしてきたのだが、ほとんどの芸人はブレイクしなかった。所属事務所から歩合制でもらう金額は毎月3万円ほどで、あとはバイトで12万円ほどを稼ぎ、なんとか生活をしているような方が多い。歩合にしても、ライブのチケットを自分で売った分からもらったり、テレビ番組の「前説」で数千円をもらったりする程度の仕事であるケースが少なくない。

しかし、彼らは事務所からの待遇にそれほど文句は言っていない。テレビに出る売れっ子芸人が時に「事務所の取り分が7でオレらは3」などと自虐的に言うことがあるが、彼らは売れているからこそ冗談にできるのだ。対して、売れていない芸人の大多数は、現状を「自己責任」と捉えているのである。

彼らは下積みも長いうえ、とんでもない努力をして成り上がっていった先輩を見ているだけに、「自分の努力はまだ足りないのでは」などと考えてしまう。また、本格的にブレイクすれば月収数千万円という世界に身を置けるだけに「そのギャンブルに賭けた以上は、事務所の扱いに文句を言うなんてお門違い」と考えている節がある。そして、ある一定の年齢になったらそうした競争の場から降り、家業を継いだり、コールセンターでのバイトシフトを増やしたりするのである。

■サラリーマンの収入格差もシャレになっていない!?

芸能界は完全なる実力勝負であり、「自己責任論」が存在する。だからこそ、清水の過去の薄給について、事務所を擁護する売れっ子芸能人が何人か出て、大きなニュースになったのである。翻ってこれをサラリーマンにあてはめて考えてみたい。前出の東京新聞の記述を読むと、上場企業では役員と一般社員の間に格差が広がっている実態が、具体的数字とともに表れている。

いま、春闘の季節を迎えているが、芸能界の論理がそのままサラリーマンの世界でまかり通ってしまうと、たとえば交渉の場において、出世した役員の方々から「お前らが稼がないからベアはしない。悔しかったら役員にでもなってみろ、バーカバーカ」と言われても、一般社員はそれを甘んじて受け入れなくてはならなくなる。

これまでの日本社会には「1億総中流」の幻想があり、同じ会社に入ったらそれほどの給与差はないと、なんとなく信じられてきた。が、もはやそんなことはない。役員と一般社員の収入格差は確実に広がってきているのだ。

幸いなことにまだ役員が一般社員に向けて「商品がなかなか売れない時代なのだから給料は安くて当たり前だ。さっさと実績あげろ! そして数十人に一人しか生き残れない役員レースで勝利してみやがれこの野郎!」などと言い放つようなメンタリティを持っていないため、「月給5万円」社員はさすがに存在しないだろう。そこそこの生活ができるだけの給料は支払うよう、労使は調整を行っている。

ただし、上場企業の役員の一部は、もはや売れっ子芸能人レベルのカネを稼いでいるわけであり、企業社会においても競争の激しさや収入格差といった面では、もはや芸能界と似たり寄ったりであるともいえる。

今後、役員報酬を上げれば上げるほど、前出の売れない芸人のようなメンタリティの正社員が増え、結果、会社員という職業が本来持っていた「生活の安定性」が失われないかと危惧する。また、会社員人生に絶望した人が続々と退職したり、社内の競争から降りたりすることで、企業の力が低下することも心配だ。

どちらにせよ、ある役員が出世できた背景には、多くの一般社員の貢献があったことは間違いない。それなのに、「会社」という仕組みにおいて、より個人主義的な、芸能界並みの格差が生じてしまうのはどうなのか。

自分だったら正直、同じ会社で働いているにもかかわらず、自分の給与の138倍の報酬をもらっている人と一緒にエレベーターに乗りたくない。

なんでもかんでも「実力主義」「欧米基準」にするのは、日本の会社員にはあまり向いてないような気もするのである。

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【まとめ】今回の「俺がもっとも言いたいこと」
「会社」という仕組みのなかに、芸能界並みの格差を持ち込むなよ!

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中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者/PRプランナー。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『バカざんまい』など多数。

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(ネットニュース編集者/PRプランナー 中川 淳一郎 宇佐美雅浩=撮影)