バンド活動にけじめをつけるための作品。

ブンブンサテライツの中野雅之さんは、2017年3月1日にリリースされるベストアルバム『19972016』をこう表現しました。

収録されたのは56曲。1997年から2016年におよぶ活動の歴史を総括する、真の意味でのオールタイムベストです。収録曲はすべてリマスタリングが施され、一部の曲はミックスの段階にまで立ち返ったといいます。

また、本作の制作中にメンバーの川島道行さんが逝去するという大きな局面も迎えました。中野さんは、どういう思いで制作に臨んだのか。話を聞きました。


20年の活動における56曲をリマスタリングした理由


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── 今回のベストアルバムはすべての曲にリマスタリングが施されているそうですが、その狙いは?

中野さん:制作に際して20年前のマスターテープを聴いてみたのですが、最近のものと並べたときに、それほど「古くて聴けない」という感じがしなかった。音質的には、もちろんいろいろあります。当時はDATをマスターとしていたし、16ビットのサンプラーを中心に制作していたので。ただ、これは調整次第かなと思った。調整することで「これは20年前の曲」「これは去年の曲」ということをあまり意識せず、バンドのありようだけを聴いてもらえるものになるのではないかと思ったのです。それがセルフマスタリングを行なった目的でした。

── ファーストミニアルバム『JOYRIDE』のリリースが1997年です。聴いてみると、おっしゃるとおり20年もの時間が経ったようには感じられません。当時から普遍性のようなものを意識されていたのですか?

中野さん:そうですね。僕たちが活動しているダンスミュージック/ビートミュージックのシーンは、よい意味で「読み捨てられる雑誌」のようなもので、常に更新され、新しいものが生まれては昨日まで聴いていたものが色褪せていくという特性を持っています。実際、自分たちもその文化の中に身を投じているという感覚は強く持っていましたが、だからこそトレンドの部分が取り除かれたときに力を持った音楽を作りたいという気持ちがありました。長年聴くに耐える、「ポテンシャル」というよりは「音楽力」と呼べるようなものがあるかどうか、それをとても大事にしていた。これは常に持っていた信念のようなもので、何をやっていてもその感覚がすぐ隣にありました。

── 一方で制作環境自体は20年前と大きく様変わりしたと思います。1997年当時はどのようなシステムで制作していたのですか?

中野さん:MPC3000(AKAI Professionalのデジタルサンプラー)を中心に使っていました。ボーカルもフレーズごとに取り込んでおいてパッドや鍵盤をたたいて歌にする方法で作っていましたね。

── それはユニークですね。まだコンピューターをレコーダーとして使うのは一般的ではなかった?

中野さん:コンピューターはまだシーケンサーとして使われるくらいでした。その後、1999年あたりからレコーダーとしてMacとLogicを使うようになったのですが、コンピューターの中でミックスまで行なうにはまだ音質的に満足がいくものではありませんでした。ミックスまでコンピューター内で完結させる、いわゆる「In the Box」で満足できるようになったのは、7〜8年くらい前だと思います。テクノロジーの進化は夢があったし、実際に面白さを感じていたのでソフトウェア・シンセなども片っ端から買って試していましたね。しかし、現在のように本当にハードウェアに取って代わる存在になるとは想像もしていなかったです。


このベスト盤でけじめをつけたい


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── 約60にもおよぶ曲を1つ1つリマスタリングしていくのは非常に集中力を要することだと思いますが、期間はどのくらいかかったのですか?

中野さん:正味でいうと3カ月くらいですね。制作中に川島君が亡くなり、集中できていない期間もあったと思うので。

── 川島さんのことは、中野さんにとって非常に大きな出来事だと思いますが、それが本作に与えた影響はありますか?

中野さん:何年も覚悟してきたことであり納得はしていたので、理不尽さや悔しさはなく、むしろあらゆることをやり切って送り出せた充実感があったくらいですが、そうはいっても、大学に入学した日に出会って、青春をともにし、一緒に戦ったといって差し支えない場面も多かった仲間です。そういう存在が目の前からある日いなくなる状態というのは、やはり喪失感がありますし、今でも悲しさや寂しさは感じます。ただ、音楽的な部分への影響はなかったと思います。むしろ、これが川島君の最後の作品ということもあるので、そういう意味では川島君にも喜んでもらえるものを作らなければならないという使命感はありました。

── 30年以上ともに過ごした仲間を失うということは、なかなか想像しにくいものがあります……

中野さん:毎日何かを一緒に考え、行動をともにし、一緒に何かを達成して手に入れたりすることって家族でもなかなかない。2人で責任を背負ってさまざまなことを解決し、喜びを分かち合い、悔しさも一緒にかみしめながら、いろいろな場所を旅して、寝食をともにしてきた。人生において、そんな親友を何人も持つことはないと思うので、よかったなと思います。100人、1,000人の友達がいるよりも、そういう人が1人いてくれたということが。


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image: BOOM BOOM SATELLITES OFFICIAL SITE


── お二人の関係性は、ブンブンサテライツというバンドそのものでもあります。

中野さん:今後、このバンドの名前を背負っていくことはないので、このベスト盤でけじめをつけたいという気持ちがありました。僕は、これからこのバンドのキャリアを引き継いで音楽を続けていくと思うのですが、いろいろな意味で決別しないと次に行けないのです。サウンドデザインから作曲の方法、制作のプロセスや考え方、ありとあらゆることですね。いい形で決別できれば自分の力になると思った。過去の自分よりも経験やスキルを積んだ今、過去の自分と向き合い、過去の自分の曲を大事に扱う。一方で、早く次の自分を手に入れたい、早く次のスタートラインにつきたいという欲求もあり、相反するものを抱えながら作業していました。

── 実際に作業を終えてどう感じていますか?

中野さん:僕はマスタリングに対して、できれば手を出したくない、ある種の聖域のような感覚を持っています。ソフトウェアが高度化し、アマチュアのクリエイターにとっても一般的な作業になったとは思いますが、それでも誰かにお金を払ってマスタリングする価値があると思う。そのくらい繊細な作業です。それをあえて自分で行なったのは、音楽的なトータリティを演出するということ以外に、自分が最後にこれをやることで経験値を上げたいという気持ちがあったから。20年近くにわたる作品を1つにコンパイルするということは、かなりのハードワークです。これに挑むことでさまざまなオーディオ体験と理解が進むだろう、おそらく挫折もあるだろうと思いました。相当大変な作業になる予想はしていたのですが、実際めちゃめちゃ大変で、終わらないかもしれないと思いました(笑)。

── ご自分で作業の終わりを決めるとなるとなおさらですね。

中野さん:マスタリングエンジニアにお願いした場合、彼らはできること以上のことはしません。トップエンジニアになればなるほどそうです。ただ、自分でやるからには「マスターがDATだから仕方がない」というような言い訳をしたくなかったこともあり、作業が膨大になった感じですね。その分ものすごく貴重な体験をしました。やる前と後で感覚が全然違う。自由を手に入れた感じがしています。これは今後の音楽制作にも生かされるだろうと思います。


20年で変わったもの。これからも変わらないもの


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── 20年の活動を総括するようなベストアルバムが完成した今、あたらめて当時を振り返ってみていただけますか?

中野さん:映像を見ると驚くほど想像していた20年前の自分と違いますね。あのころもいろいろなことを考えていたと思います。若手が牽引するビートミュージックのシーンで、自分たちは牽引する側にいたけれども、トレンドだけがすべてではない、それが本質ではないということもどこかで分かっているような。よく思っていたことが、自分たちは日本人なので、ロックをやるにしてもブルースをやるにしてもディスコをやるにしても、すべて借り物文化だと。自分たちのDNAに存在しないものを海外から輸入された文化の上でやっている、根なし草に近い感覚があったのです。そういう状況で地球の裏側に行って演奏することは覚悟が必要だったし、自分たちのアイデンティティをどこに置くかということが重要でした。借り物の部分が取っ払われたときに残っているものが大事だと。外国で過ごす時間が長かったので、それを強く意識していました。その経験は今にも生きています。

── 当時は得られる情報の量も今とは違って少なかったですね。

中野さん:インターネットも黎明期で、重要な情報は紙媒体やレコードショップで発信されているものから得ていましたからね。インターネットがすべてを変えた。情報の交換の仕方も音楽の聴かれ方も。こういう時代でもぶれずにいられて、だからといって社会と断絶するわけでもなく、何かとつながりながらモノを作っていきたいというモチベーションが持てているのは、先ほど言ったような90年代の経験があるからじゃないかと思います。

── 音楽の聴かれ方の変化に対しての考え方をうかがえますか? 特にここ1〜2年でサブスクリプションも一般的になり、ますます多様化しています。

中野さん:これから考えていかなければいけないことの1つだなとは思っています。例えば、圧縮ファイルやストリーミングのビットレートが低い状態で聴かれることや、パソコンやスマホなどの口径の小さいスピーカーで鳴らされることなどを想定したとき、それはミックスやマスタリングで調整できるものではなく、作曲やアレンジの段階から考えるべきなのではないかとか。実際、Appleが先陣を切って、その後IT企業のCMにおける流行になっているシンプルなメロディとアレンジの曲も、そうした環境で聴かれたときに音楽的な破綻が起きにくいことが目的としてあるんじゃないかと思っていて。つまるところ、だれに向けて、どんな環境で聴いてもらうかを想定し、プロジェクトごとに考えるように大きく舵を切っていかなければならないのかなと思っています。ただ、それに寄せすぎて表現の幅を狭めてしまうのもどうかと思うのですよ。空気の振動で音が伝わる。空気が動いたら心が動くということが僕にとってはまだまだ魅力的なので。なぜ空気の振動が涙が出るくらいの感動を生むのか? それはとても素敵なことだなと思っていて。2時間の映画と同じくらいの涙が3分の曲でも流れたりする。それが音楽の魅力で、それに惹かれる自分の基本的な部分は今後も変わらないと思います。


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本作『19972016』をもって幕を閉じるブンブンサテライツ。本日2017年2月28日には、全国の映画館で『19972016 LIVE & DOCUMENT』が上映され、新宿バルト9には中野さんが登壇、トークセッションも開催されました。全国の上映館でライブビューイングされたこの場で、2017年6月にブンブンサテライツとしての最後のライブが行われることが発表されました。今のところ詳細は分かりませんが、続報を楽しみに待ちましょう。

そして、インタビューの最後に今後の中野さんの音楽活動に川島さんの魂はどう影響してくるでしょうかと問うたところ「川島君だったらなんていうかなということを都合よく使っていこうかなと思います。それは本当、僕の生き方次第だと思うので」と答えてくださいました。

とても未来志向で、常に前を見続けてきたブンブンサテライツのメンバーらしい答えに感動しました。間もなく思い出がたくさん詰まったスタジオを引き払い、新たな場所に拠点を移すという中野さん。今後の活動にも注目していきたいと思います。


video: BOOM BOOM SATELLITES Official YouTube Channel


source: BOOM BOOM SATELLITES, YouTube

(文:北口大介、写真:小原啓樹)