『シンギュラリティは近い』は、人工知能が人間の知能を上回る未来が想像できる作品 ------アノヒトの読書遍歴:清水節さん(後編)

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 昨年9月、角川春樹さんとの共著で『いつかギラギラする日 角川春樹の映画革命』を上梓した清水節さん。普段は、編集者、映画評論家、クリエイティブディレクターとして活動していますが、その原点をたどると、小学4年のときに出会った『時をかける少女』にたどり着きます。それからというものの、清水さんは作品に触れる際は、ストーリーよりも、時間や空間、身体性などを追ってしまうそう。今回はそんな清水さんに、前回に引き続いて日頃の読書の生活についてお伺いしました。

------これまでに読んだ本の中で、今の仕事に影響を与えたという本はありますか?
「芥川賞作家である中村文則さんの『私の消滅』という本はその一つとして挙げられます。この本は、一言で言えば、ミステリー仕立ての純文学と言っていいでしょう。これも読んでいくと、『私』を規定しているもの、『自分』を規定しているものって何なんだろって思う小説です。ストーリーの滑り出しとしては、主人公が精神科医で、彼は不遇な、不幸な環境で育った精神科医。そこに重度のうつ病の女性がやってきます。その彼女の治療に当たるっていうのが本筋なんだけど、その彼女に思いを寄せるんです」

------その女性と関わっていくことで、ストーリーが膨らむわけですね。
「その彼女というのもかなり深い傷を心に負い、自傷、自殺を何度か繰り返しているような女性なんです。それで、彼女の心の痛みを、精神の病を和らげるために療法していくんだけども。例えば電気ショックみたいなものを与えていく。電気ショックというのは精神、記憶に傷害を与えたりするような危険を伴うんだけど、それでも手を施す。なぜかというと、彼女を思うがゆえに何とか穏やかに静かに生きてほしいという思いがあるから。でもそのうちどうなるかというと、彼女の傷を、病を取り除くためにどうすればいいかと行き着くのですが、記憶を変えてしまえばいいんじゃないかというような展開になるんです。これは現実の医療でもすでに可能らしいんですが、記憶を操作しはじめてしまう。このように、この作品も、記憶の積み重ねこそが人生であるっていうところに結びつくんです。記憶を操作することによって痛みは和らぐが、それってこれまでの彼女、私というものと比較したときに本当に彼女なの?ということにもなってきます」

------なんだかとても考えさせられる作品ですね。
「ちなみにこの小説の冒頭には、『このページをめくればあなたはこれまでの人生のすべてを失うかもしれない』というような書き出しがあります。しかも文体がその精神科医の主観たる、一人称たるものがすごく粗削りな文体で、まるで一気に最後まで書いたような文章なんです。それがざわつくような感じをすごくリアルに、映画でいえばドキュメンタリータッチ、手振れのカメラのようなニュアンスでもって文章も描かれている。自分とは何者なのかっていうことがだんだん記憶を操作することによってものすごく考えさせられるんです。そして結末はあるとんでもない方向に向かっていくんですが、それはタイトルそのもので、『私』と思い込んでいたものが消滅していくかもしれない...という内容になっています」

------ほかに影響を受けた本があればぜひご紹介ください!
「レイ・カーツワイルという方が書いた『シンギュラリティは近い--人類が生命を超越するとき』。"シンギュラリティ"は最近、意外とポピュラーな言葉になりつつあって、たぶん現代用語の基礎知識的なものにはここ数年ですでに登場してきているんですが、一言でいうと『技術的特異点』です。この作家は、2045年にやってくる『あるターニングポイント』のことをここで言っています。何かっていうと、一言で言えば、AIが人間の知性を上回り、人間の社会が大きく変わらざるを得なくなると」

------この本を読んでどんな感想をお持ちになりましたか?
「最後の方まで読んでいって『人間の変容』ってとこになると、ロマンも感じます。つまりSFを読んでいるような気にもなる。だけどそこに裏付けがしっかりしているので、単なるSFを読んでいるような気にはならない。こういう時代が来ることを前提として、やはり備えなきゃいけないなと。30年後だと、世の中の仕組みももっと変わってくるでしょう。社会保障とか生命保険の仕組みも変わるだろうし、労働力って意味だって変わるだろうから、賃金の体系だって仕事の職種も変わるだろう。そういう時代が生きているうちに来ちゃうのか、でも来るだろうなって思います」

------清水節さん、ありがとうございました!

<プロフィール>
清水節 しみずたかし/1962年、東京都生まれ。編集者、映画評論家、クリエイティブディレクター。
映画情報サイト「映画.com」「シネマトゥデイ」でコラムや映画評論、映画誌「FLIX」などで執筆を行っている。2015年12月には、映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の公開を前に、ゲームクリエイター柴尾英令さんとの共著で新潮新書『スター・ウォーズ学』を出版し、翌2016年には、『いつかギラギラする日 角川春樹の映画革命』を上梓している。また、2015年8月放送のWOWOW「ノンフィクションW」の終戦70年特別企画「撮影監督ハリー三村のヒロシマ〜カラーフィルムに残された復興への祈り〜」の企画制作を担当し、2016年に行われた「国際エミー賞」芸術番組部門や「日本民間放送連盟賞」最優秀賞を受賞した。