昨年5月、アメリカ遠征中にこぼした宇津木瑠美のある言葉がずっと心に引っかかっていた。「完全に出遅れた」――。

 当時アメリカは、リオオリンピックに向けた強化の最終段階に差し掛かっていた。その翌月の海外遠征で対戦したスウェーデンもしかり。いわば前チームの編成なのだ。

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3月のアルガルベカップに召集された宇津木瑠美 日本はリオデジャネイロ大会の出場権を得られなかったことで、新チーム着手としては一歩リードしている時期でありながら、それでも宇津木は焦りを感じずにはいられなかった。

「オリンピック予選に負けたからっていうより、常にだったんですけど……、そもそも戦う引き出しを持っていないってことに自分は気づいていなかった。自分たちが思い描く世界観の中でしか戦えていなかった。他の国の成長の速度を見れば、日本がどれだけ出遅れているのかわかる。それがもっと色濃くなったのがスウェーデン遠征でした。スウェーデンはヨーロッパでずっと評価されてなかったけど、確実に私たちが気づく前にスタートを切っていたなって。スウェーデンの選手たちがスタートを切っていることに気づけていなかった。自分はチームメイトにスウェーデンの選手もいるという環境だったにも関わらず、です」

 スウェーデンはもともと強豪国として知られていた。2004年のアテネオリンピックで、日本がスウェーデンに初めて勝った際には大金星と言われたくらいだ。次第に低迷していったスウェーデンを救ったのは、ロンドンオリンピックでアメリカを頂点に導いたピア・スンドハーゲ監督。リオオリンピックでは劣勢になる際に見せる守備と、攻勢に出る際の狙いすました攻撃力の両面をうまく織り交ぜながら銀メダルを獲得した。

「リオでのスウェーデンの戦いを見て、ハッキリわかったのは、選手たちができるできないを、自分自身で知っているということ。できないことを隠すのではなく、何で補うかということを徹底していました。できないことはネガティブじゃない。本人たちができることとできないことのバランスを見つけたっていうのはすごい強みだと思います。日本もこうやったら負けるっていうことをしっかりと知ることが必要なんです」

 高倉監督のもと、初の本格的な国際試合でのチーム作りとなるアルガルベカップが3月1日から始まる。順位決定戦を含む全4試合。グループステージではスペイン、アイスランド、ノルウェーと対戦する。

「若い選手がどんどんチャレンジして、自分たちが調整していくチーム作りをするのか、できないことが出ないようにできることで補おうっていうチームにするのか。それを選択するにも国際試合をどんどん経験していかないといけない。できないことにトライするよりは、できることをどんどんして伸ばしていって、攻撃は最大の防御になるようなチーム作りに徹底したほうがいいときもあるだろうし。ただ、同じ展開の試合にならない方がいい。0-0なのか、負けるにしても1-2で負けるのと0-5で負けるのは全然違う。自分たちの強み弱みを探すものにしないとダメ。弱みを隠しながら強みを出せないっていうのが一番イヤですね」

 高倉ジャパンが発足して1年を迎えようとしている。U-20女子ワールドカップが終わり、ようやく若い戦力が出そろった。このアルガルベカップでは選手の見極めもさることながら、チームの基礎となるものを形成できなければ、焦燥感が生じる可能性は高い。そこで重要になってくるのが宇津木のような経験豊富な選手の存在だ。

「フル出場することの重要性はわかっています。でも、5分10分で流れを変える選手も同じくらい価値がある。負けてるときに入る選手の価値も、残り5分で守りきらないといけないときに入る選手の価値も、90分出る選手の価値も同じくらい重要なんです。今は自分が自分の評価を求めるよりは、日本が世界から見て、いいチームだなって思われる中に自分がいられるようにしたい」

 それだけの経験と年月を重ねてきた宇津木だからできることだともいえる。

「自分で言うのもなんだけど、私は絶対サッカーにおいてはみんなより下手だし、技術だってそう。でも日本代表にいるために自分にできることは何かってなったとき、『私なんて無理』って言うような、そんなオバちゃんいらないでしょ(笑)」

 まだ28歳。それでも葛藤を繰り返しながら自分の立場と役割を理解した上で選ぶ道はきっと正しい。そしてサッカーというスポーツに必要なものは技術だけでないことを彼女は知っている。

「表情を出すことって悪いことじゃないと思う。淡々とプレーされても、もし自分がスタンドにいたら心を奪われない。うまい下手じゃなくて見ちゃう選手っているじゃないですか。見ている人も結果はもちろん重要だけど、もうそれだけで納得はしない。だったら姿勢とか気持ちがストレートに出てる選手の方が、見てる人たちの心はつかめると思うし、逆に言うと、それがなければ勝ったとしても離れていっちゃうと思うんです」

 まさに、なでしこジャパンのみならず、今日の日本サッカー界が抱える問題のひとつだ。

「一発逆転みたいな展開が一番盛り上がる。だってわかり切ったラブストーリーなんて誰も見ないでしょ?(笑) 」

 宇津木は昨年11月に、古くから痛みを訴えていた右足にメスを入れた。

「第五中足骨の疲労骨折。サッカー選手によくあるケガですね。ただケガしたのが北京オリンピックの頃でちょっと放置しすぎました(苦笑)」

 どうやら、彼女は類まれな辛抱強さも持ち合わせているようだ。ここで思い切って治療を選んだのは残りのサッカー人生を思ってのこと。彼女にはどうしてももう一度抱きたい感情がある。

「なでしこジャパンとして、これから結果を求められていく。新しいチームを積み上げていく中で『お前たちのミスは私が守る、守りたい』と思える自分でいたい。誰かのミスが私のがんばりで帳消しになることもあるので。例えば監督のために勝ちたいとか、支えてくれる人たちのために今日の試合で私は勝ちたいんだとか、そう思えるような自分でいたいっていうのがすごく強いんです」

 宇津木が触れてきた北京、ロンドン、そしてリオデジャネイロを目指していたチームにはその熱さが常にあった。

「もちろん簡単に比べられないけど、これまでのなでしこは、澤さんのために1試合でも多く試合をしようとか、(宮間)あやのために負担をみんなで減らそうとか、自然と自分よりもチームのために何をすべきかを考えている自分に気づかされることが多かった。それって団体スポーツのあるべき姿だと思うんです。今のなでしこで自分はまだそれを見い出せてなくて、みんなもそれはまだわかってない。これからのチームだから。でも、自分がミスしても、自分が交代しても誰かわかんないけど、チームのためになるならそれでいい! って思えるようなチームでいたいし、そんな自分でいたいです」

 宇津木が、タイトルから縁遠かった、なでしこジャパンの苦悩時代を知る最後の世代となるだろう。フランスで理不尽さの中から自分の可能性を見出し、広い視野を求めながら渡ったアメリカでプロのアスリートの生きざまを目の当たりにもした。さまざまな角度からエネルギーを吸収してきた宇津木が、サッカー人生の集大成として求めたものが”熱さ”だったことに、わずかな驚きと隠し切れない喜びを感じる。この感性が、若きなでしこたちとどのような化学反応を起こしていくのか。28歳の宇津木が見せる戦いぶりを見逃さないようにしたい。

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