広東省東莞市で9才の女の子が健気にも野菜を売りながら両親の消息を探している。

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2017年2月27日、中国メディア・捜狐によると、広東省東莞市で9歳の女の子、毛毛ちゃんが健気にも野菜を売りながら両親の消息を探している。

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毛毛ちゃんは一つ1元(約17円)のパパイヤや一束で1元のサツマイモの葉を並べて売る。野菜を売るかたわら、椅子を机がわりに勉強も欠かさない。毛毛ちゃんが売る野菜のそばにはひときわ目立つ赤い看板が掲げられている。

看板には「大好きなお父さん、お母さん、元気ですか?2008年病気だった私は、夜中におばあちゃん家の前に置き去りにされたけど、今は元気になったから迎えに来て下さい。会いたい」と当時の情況や幼い少女の切実な思いが書かれている。記憶にある手がかりになりそうなキーワードを少ないなりに全部書きこんだ。

毛毛ちゃんの両親は、周りから「牛さん」「絹さん」と呼ばれていたが、毛毛ちゃんは両親の名前を知らない。それもそのはずで、毛毛ちゃんが両親と生き別れたのは生まれて間もない頃だからだ。

2008年5月4日の深夜、帰省していた両親は病弱だった毛毛ちゃんを黄おばあちゃん(黄孟益さん)家の門に置き去りにした。そうしなければならなかった苦しい事情があったのかもしれない。大地震が発生する2日前までは毛毛ちゃんの様子を聞く両親からの電話があった。そして運命の5月12日、大地震が発生した。毛毛ちゃんの両親とはその後、音信不通となり、黄おばあちゃんの携帯も盗まれ、連絡をとる手段を失った。

「毛毛ちゃんのためにも両親に会わせたい」と、高齢の黄おばあちゃんは期待と不安を抱える。毛毛ちゃんは学校が終わると、赤い看板をもって野菜を売りに行く。事情を知った善意のある人からの寄付金や物資は黄おばあちゃんが名前や連絡先をノートに記録している。毛毛ちゃんが大人なったときに、「恩を忘れず、感謝の気持ちを持ち続けるように」というのが黄おばあちゃんの願いだ。

夕食後には、黄おばあちゃんが毛毛ちゃんに歌を教える。「お父さん、お母さんを探して」という自作の歌もある。「自分は高齢だから毛毛ちゃんが1人になったとき、売る野菜がなくても、歌を歌ってお金を稼げるように」。2人きりで支え合って生活している黄おばあちゃんの心配は毛毛ちゃんの将来だ。

2人の夕食のおかずは質素でサツマイモの葉とたくあんのみ。節約のため、お肉はほとんど食べない。黄おばあちゃんは毛毛ちゃんの両親に会えることを待ちわびて、今年9年目を迎える。(提供/フライメディア)