坂元裕二脚本、松たか子、満島ひかり、松田龍平、高橋一生主演によるTBS火曜10時スタートのドラマ『カルテット』。

相変わらず抜群の密度を維持したまま“第二幕”に突入。先週放送された第6話では圧巻のドラマを展開しつつ、エンディングの2分では視聴者を「ギャー!」「えー!」などと絶叫させるキレキレぶりだった。

視聴率はV字回復した5話の8.5%から少し下がって7.3%。とはいえ、TBSの武田信二社長は定例記者会見で「(録画による)タイムシフト視聴率、(リアルタイム視聴率も加えた)総合視聴率も『カルテット』は好調」とコメント。数字は未発表だが、『カルテット』の視聴率は好調だった! 良かった!


すれ違い続ける夫婦の残酷なドラマ


第6話で描かれたのは、巻真紀(松たか子)と失踪した夫・幹生(宮藤官九郎)のエピソード。どこにでもある、さりげない、それでいて絶望的な夫婦の物語だ。ドラマは声高でもなく、説明的でもなく、じっくり静かに夫婦の崩壊を綴っていく。

広告代理店でCM制作に携わっていた幹生は、仕事で出会ったヴァイオリン奏者の真紀に一目惚れをする。声が小さな二人はやがて結婚して家庭を持つが、徐々にささいなすれ違いが生じるようになる。

妻は唐揚げにレモンを容赦なくかける。
夫の「人生ベストワン」の映画に一緒に感動できない。
妻の会話は退屈なテレビと家の周辺のことばかり。
夫は散歩がてらにコーヒーを飲みにいきたいのに、妻は家にあるパックのコーヒーを飲もうとする。
妻はヴァイオリンを弾かなくて、家で流れるのはGReeeeNの曲。
夫がプレゼントした大切な詩集は読まれないまま、鍋敷きになる。

一つ一つは本当にささいなことなのに、それは降り積もって夫婦を蝕んでいく。

真紀「一緒にいるうちに、無理しないでいられる関係になって。嘘もない、隠しごともない、素直な自分でいられて」
幹生「一緒にいてわかってきたのは、当たり前だけど、ああ、彼女も普通の人だったんだなって」
真紀「私、家族を手に入れたんだ、って思えたの」
幹生「恋をしている頃は特別な人だって思えたけど、最初の頃のどこか秘密めいた感じの彼女は、もうどこにもいなくて」

幹生が想う「特別な人」と真紀が感じる「家族」は相反する。出会ったときのときめきは失われ、そこには夫婦を維持しようとする努力だけが残った。

真紀「40年かぁ……って」
幹生「40年かぁ……って」

温泉で40年連れ添ってきた老夫婦と出会った二人は、お互いに声をあげる。文字にすると同じセリフだが、声のニュアンスは驚くほど真逆だ。

幸せの象徴だった土手の凧(二人はわざわざ空に舞い上がる凧を入れて自撮りしている)は、疲れきった幹生の目の前で無残に地面に墜ちる。このときの幹生の表情が本当にせつない。哀愁をまとう宮藤官九郎の顔が、田中邦衛に見えた。

幹生は基本的に善人だ。荷物を落とした老婆に即座に駆け寄ることができるし、偶然再会した元彼女の玲音(大森靖子)に誘われてもきっちり断る。真紀だって善人だ。家事をこなし、懸命に夫を支えようとする。好きなように働いていいと後押しだってする。

この夫婦の物語が絶望的なのは、二人が善人で大きな過失がないということだ。浮気もDVも金銭の問題もない。それでも夫婦は壊れてしまう。そして善人ほど追い詰められやすい。そんな残酷な物語を『カルテット』は6話1本だけで描ききってしまった。

幹生「愛してるけど、好きじゃないんだよ」

シンプルだけど複雑なセリフが胸に響く。本当に恐ろしいドラマだ。

余談その1。ギロチンという名の猫を飼っている玲音役の大森靖子は、自前の猫柄のスカートを履いていた。鏡子(もたいまさこ)から「猫を被っている」と言われていた真紀が家でしていたのも猫柄のエプロン。詩集に挟んでいたしおりも猫の絵だった。幹生は、幸せな頃はFREDY MACの猫柄のTシャツを着ていたが(女性用しか発売されていないので真紀のものを借りていたのかも)、その後はうさぎとドクロのマークが特徴的なPsycho Bunnyのカーディガンを着ている。猫とウサギは一緒に飼うとストレスがたまるので、やめるように推奨されている。

余談その2。二人が抱き合うとき、ベッドルームに置かれていたマーガレットの花言葉は「真実の愛」で、二人が別々の方向に向かって寝るときに置かれていたスイートピーの花言葉は「別離」。これはツイッターでたくさんの人が指摘していた。

余談その3。彼らが逆方向に歩いているのは、文京区にある播磨坂。夫婦やカップルはぜひ訪れてみたらいいと思う。春は桜が有名。

夫婦って何だろう? ずっと考えていたけどわからなかった


『カルテット』の“第一幕”は、夢を失い、家族からはぐれた人たちが血縁のない共同体で楽しく暮らす様子を描き続けてきた。夫からはぐれた真紀、“世界の別府ファミリー”からはぐれた司、父親からはぐれたすずめ、妻子からはぐれた諭高。彼らは別荘に集い、温かな食事をして、仲良く演奏する。まるで「ブレーメンの音楽隊」だ。

『カルテット』に登場する、もう一つの血縁のない共同体。それが巻夫婦である。夫婦には血縁がない。真紀が言うところの「別れられる家族」である。

夫婦を維持するのは難しい。6話を見て「これは私たちの話だ」と胸を痛めた視聴者も少なくなかっただろう。6話を一緒に見ていた筆者の妻は、幹生のことを「あなたそっくり」と繰り返した。筆者は映画を見ながら「この人、悪者?」と聞かれるのを極度に嫌がるらしい。自覚はある。妻の友人には、勝手に調味料をかける妻に不満を抱いていた夫が居酒屋で愚痴っているのを偶然聞いた経験がある女性がいるという。巻夫妻そのまんま! 彼女もまた6話を見て衝撃を受けていたそうだ。そりゃそうだろう。

「結婚生活は長い会話である」と語ったのはニーチェだが、真紀と幹生はもっともっと会話しなければいけなかったのだろう。会話すればするほど、お互いの違いを確認し合う結果になるかもしれないが。

玲音「人って、価値観が合うか、器が大きいか、どっちかがないとキツいでしょ」

この指摘は当たっているが、なかなか価値観なんて一致しないし、器が大きい人物になんかなれたりしない。せいぜい1話での諭高(高橋一生)のように、唐揚げレモンに異を唱えながら価値観をすり合わせていくしかないんじゃないだろうか。

巻夫婦に子どもがいれば別の結末を迎えたかもしれないという指摘もあった。「アホ、子をかすがいにしたときが夫婦の終わるときや」とは4話で放たれた諭高(高橋一生)の別れた妻・茶馬子(高橋メアリージュン)のセリフだが、子どもを得ることで“夫婦”は一度終わり、血縁を持つ“家族”に変化する。家族になることで夫婦は別れにくくなるかもしれないが、子育てを終えた夫婦の熟年離婚は増える一方なのだそうだ。崩壊が先延ばしになるだけ、という言い方もできる。

真紀「夫婦って何だろう? ずっと考えていたけど、わからなかった」

『カルテット』は解釈が楽しいマニアックなドラマではなく、シンプルだけど複雑な問題をつきつけてくるドラマだとつくづく思う。

温かな共同体をかき乱す“泥棒”


真紀「すごく仲は良いけど、別に、こうなりたいとか、こうしなくちゃいけないとかなくて、毎日顔を合わせるけど、男でも女でも家族でもない。そんなんだったら、一生ずっと仲良くできたのかな、そのほうが良かったかな、って。もうわかんないけど」

夫婦の難しさにとともに、真紀はこう語る。「毎日顔を合わせるけど、男でも女でも家族でもない」とは、カルテットドーナッツホールのことだ。どんなに外で辛い目に遭っていても、別荘と共同体は彼らを温かく迎えて入れてくれていた。その心地良いトーンが乱されたのが、有朱(吉岡里帆)が別荘にやってきた5話であり、幹生が別荘にやってきた6話である。

そして、エンディング。胸に迫るドラマを見せられ、ため息まじりの視聴者をパニックに突き落とす展開が待っていた。有朱が別荘に侵入し、真紀のヴァイオリンを持ち出そうとしたところを幹生ともみ合いになり、有朱が2階のベランダから転落してしまった! すずめは縛られ、諭高は青いふぐりの猿を探し続け、司(松田龍平)は会社の倉庫に閉じ込められる!(男たち、何やってんの!)

「ブレーメンの音楽隊」には動物たちが暮らす家に泥棒が入って平和が乱されるくだりがあるが、そういえば有朱も幹生も“泥棒”である。「ブレーメンの音楽隊」は泥棒を撃退するが、カルテットの4人たちは……?


本日放送の第7話は、巻夫婦の物語“後編”。有朱は死んだのか? そもそも有朱は何のためにヴァイオリンを持ち出そうとしたのか? 「私は家族が欲しくて結婚して」と語っていた真紀だが、そもそも彼女の家族ってどこにいるんだろう? 予告にあった「終わりのはじまり」という言葉の意味とは一体何か?

25日に放送された『王様のブランチ』では、高橋一生が「ある衝撃の事実が後半に……。ぼく、これ(7話の台本)読んでてほんとゾッとしたんで。“怖っ!”って言っちゃったから!」とコメントしていたが……。ああ、10時になるのが恐ろしい!

なお、明日は高橋一生がヌードを披露した『anan』3月8日号の発売日。3月7日には『カルテット』のシナリオ本が河出書房新社から発売されるぞ!
(大山くまお)