ドナルド・トランプ大統領(以下トランプ)が誕生して以来、米国内の反トランプ派の間で需要が高まっているものがある。

 「トランプにどう対処したらいいのか」を教示する指南書である。

 国内をほぼ二分した昨年11月の大統領選で、左寄りの有権者の失望は想像を絶するものがあった。それにより、精神不安や不眠に陥る人が増えている。

 これまで、精神不安の原因の多くは本人や家族、また職場に見つけることができた。だが今、相反する政治思想を持った人物が大統領になったことで、多くの市民が不安を抱き始めた。しかも今後4年、もしくは8年も不安な精神状態が続く可能性さえある。

倦怠感、虚脱感を訴える人々

 これまでとは違うタイプのストレスにどう対処すべきなのか。明確な答が出せない人の方が多いかもしれない。東海岸ロードライランド州に住むジャーナリスト、ロジャー・シュレフラー氏は言う。

 「トランプが当選してからしばらくの間、ある種の虚無感に襲われました。特にリベラル州と言われる東北部に住む人たちの多くは怒りと同時に、倦怠感や虚脱感を味わっています」

 ニューヨーク市やロサンゼルス市などでは、トランプ政権下で生き抜く方法を説いた何冊もの書籍がベストセラーになっている。

 筆頭は『トランプ・サーバイバル・ガイド』。著者はジーン・ストーン氏というライターだ。ヒラリー・クリントン候補に投票した約6500万人の有権者が味わった怒りを、いかにして前向きな政治活動につなげていくかに焦点を当てている。

 抽象論ではなく政治テーマごとに章立て、今後の取り組み方を記している。テーマとしては市民権、女性権、環境、オバマケア(国民皆保健)、国際問題、性的少数派である。

 それぞれでトランプ政権の方針を述べると同時に、その後に反トランプの活動家が何をすべきかを記している。

 結論としては、4年後にトランプ政権を倒すために、今から政治活動に身を染めるべきであると諭す。具体的な政治団体や指導者の名前、ウェブサイトなどの情報を記している。

 ストーン氏は米メディアとのインタビューで述べている。

 「選挙では、ヒラリー候補より得票数の少ないトランプが勝ったことで、マイノリティーの代表が政権を取ることになりました。反感は一度傍において、政治的な事案ごとに立場を明確にして戦いを挑むことです。決して権力に屈していけません」

 同じように、トランプに抵抗の姿勢をまとめた本が『(拙訳)いますべきこと:トランプ政権下で自分たちの価値観を守るために(What We Do Now: Standing Up for Your Values in Trump’s America)』である。

 著者は民主党候補だったバーニー・サンダース氏をはじめとする左寄りの政治家や学者、ライターなど計27人。エリザベル・ウォーレン上院議員やノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏も含まれている。

有効な治療法が見つからない

 本書の中でサンダース氏は選挙中とほぼ同じ主張を展開し、社会の不公正是正や金融改革を求めている。さらにトランプ政権になっても、ワシントンにいる政治家は市民を犠牲にして私腹を肥やすと書いた。

 しかし同書は具体的にどうするべきかという「次なる一手」への言及が欠落している。それはクルーグマン氏の論文でも例外ではない。

 「現時点では、中道から左寄りの有権者にどう説き伏せていったらいいのかのヒントさえつかめていない」と、ほとんど白旗を揚げてしまった印象がある。

 ヒラリー候補に票を入れた人たちにどう語りかけたらいいのかが問題ではなく、「語るべきメッセージがない」というのだ。民主党を背負っている有識者でさえ、有効的な反トランプ活動を描けていない。これでは一般の左寄りの市民が不安を抱くのは無理もない。

 冒頭の内容に戻るが、市民の中に精神不安による不眠、暴飲・暴食が増えている。

 ウォールストリート・ジャーナルはトランプの就任式前後で、医療情報サイト「ゾックドック」による検索ワード「セラピスト」の入力数が以前より30%も増えたと報告している。

 またアメリカ心理学会が発表した統計によると、昨年の大統領選では多くの市民のメンタルヘルスに悪影響が及ぼされ、52%の回答者はトランプ勝利の結果が多大なストレスになっているとした。

 もちろん検索だけでなく、全米のセラピストや精神科医のもとに多くの患者がかけつけている。トランプという重荷からどう解き放つべきかが共通テーマである。

 カリフォルニア州ロサンゼルス市のセラピスト、ランディ・ゴスリーブさんは2001年9月の同時多発テロ以来の現象が起きていると言う。

 「ほとんどの患者さんが同じ悩みを抱えているという点で、9.11直後と酷似します。米国市民はもうノーマルではなくなったとも言えます。セラピストの間ではまだ『トランプ不安』にどう対処すべきかの適切な答が出されていないのが現実です」

 さらに全米のセラピスト3800人が、「トランプは市民のメンタルヘルスの脅威である」という文書に署名してネット上で公表した。ただ、トランプがホワイトハウスにいる限り、本質的な脅威の解消にはいたらないかもしれない。

弾劾への道のりは険しく

 しかも政治的にも、民主党や左寄りの市民ができることは限定されている。前出のストーン氏は最終的には「同じ社会にいる人間として、互いに優しさと思いやりを持つことが肝要」と説くが、それは抜本的な問題解決になっていない。

 民主党は昨年の選挙で大統領の座を明け渡しただけでなく、連邦議会の上下両院でも多数党ではなくなった。

 トランプという反独裁的な指導者の登場によって政党は脆弱化し、瓦解しかけている。これは日本の民進党にも通じる。政権発足直後ということもあるが、米民主党は抵抗勢力として十分な求心力を持てずにいる。

 反トランプの市民はそこにも不安を感じている。トランプが今後、違法行為や非倫理的な言動などによって弾劾裁判にかけられる可能性もあるが、罷免するためには上院で3分2以上の票が必要になる。

 共和党が多数党であるため、現実的に共和党内で多くの離反者がでない限り罷免は難しいだろう。

 となると、反トランプの目的で政治運動に参加したり、ストレスを解消するためにセラピストのもとに行くなり、現状の精神的安定に努めることくらいしか妙案はないか。

 トランプがトランプである限り、米市民だけでなく、日本人にも悪影響が及んでいるのが現実である。

筆者:堀田 佳男