16歳で日本女子代表入りし、2008年の北京オリンピックを経験。28歳を迎えた宇津木瑠美は代表歴も12年目のベテランの域へ差し掛かっている。21歳でフランスへ渡り、そこから6年間モンペリエHSCで荒波にもまれた。なでしこジャパンの歩みとともに、宇津木も成長してきた。


宇津木瑠美のように、ヨーロッパ、アメリカの両リーグを経験している選手は数少ない 2015年カナダワールドカップでは、レギュラーとして日本を2大会連続の決勝進出へ導いた宇津木だったが、昨年3月のリオデジャネイロオリンピック予選はコンディションの悪化で欠場を余儀なくされる。この予選大会で日本は本大会への出場権を獲得できず、それまで選手全員で作り上げてきた”なでしこジャパン”のひとつの時代が終わりを告げた。

 その後、フランスからアメリカへ活動の場を移すことを決意した宇津木。彼女にとって2016年はまさに激動の1年となった。

 リオデジャネイロオリンピックの予選大会から3カ月後、新たな指揮官となった高倉麻子監督のもと、決行されたのが6月のアメリカ遠征だった。

「課題が多い時期でした。まっさらな選手たちが多い中で、出てくる課題はポジティブに捉えていたつもりでしたが、その翌月にあったスウェーデン戦はすごくしんどくなりました。”チーム力がまだない状態で日本人がサッカーをしたらこうなる”っていうのが明確に出すぎた。海外のチームから見て”日本と戦うにはここをこうすればいいんだ”っていうところを抑えられなかった」

 宇津木は10代の頃から、なかなか結果が出せない代表での厳しさを肌で感じていた。それでも10年以上をかけて、なでしこジャパンを形作ってきた自負もある。しかし、これからのなでしこは、ここまでの月日を費やすチーム作りは不可能。3、4年というスパンで作り上げなくてはならない。自分のすべきことが見えなくなっていた。

「それこそ何から始めたらいいの?って思いました。私に何ができるのか、何をしたいのか。今の日本の強みがわからないから、その中で自分の色を探せなかったんです」

 その中で宇津木のサッカー環境は、フランスからアメリカへ移っていた。

「年齢も重ねて、短いサッカー人生だから動けるときに動きたいという気持ちはありました。海外で自分の存在感や、スタイルを確立しているつもりだったので、それをフランスで突き詰めるのもひとつだと移籍を決めるギリギリまで思っていたんですが、人生にスパイスを効かせたいっていうのもあって(アメリカ行きを)決めました」

 奇しくも日テレ・ベレーザ、モンペリエともに移籍を決断した時期は在籍6年目。これが彼女の周期なのだろう。成長期を過ごしたフランスで得たものは大きい。

「サッカーの技術ではなく、どうサッカーを捉えるかの器のところはすごく考えさせられました。1、2時間にかける集中力とか。日本では考えられないと思いますが、スタジアムにトイレがないとか(笑)、ロッカー、シャワーがないとかありますから。それでもプロなんだから、プロじゃない選手と同じプレーをしていてはダメ。プロはミスしちゃいけないっていうのをハッキリと言われます。実力社会だから、プロが一番トップにいて、アマチュアと足並みを揃えるってことは絶対にしない。スケジュールもプロ優先で練習も午前中。そこに来られないのはあなたがプロではないから、ということになるんです」

 思えば、10代の頃から宇津木はとにかく自分と向き合う選手だった。「悩みながら生きていくのも私らしいかな」と10代らしからぬ言葉を口にしていたが、常に自分の強みは何なのかを模索し続けていた。それを探しに日本を飛び出したと言ってもいい。答えはなかなか見つからないようだったが、2014年も終わりかけた頃から宇津木にわずかながら変化が見えた。有り体に言えば”迷い”が消え始めたのだ。

「最初は、求められることに対して応えられない自分がダメだって思い詰めてました。『なんでもできる』とよく言われますが、そつなくこなしてるだけ。特別な何かを持ってるわけじゃない。何も持ってない選手は必要ないんじゃないかって。必要とは思わなくても2番手には欲しいみたいな、ね。」

 その想いが吹っ切れたのが”迷い”が消え始めた時期だ。「”どこでもできる”それが私だ! 」と体全体で語っているようだった。それでも未だに不安がかすめることはあるという。

「開き直ったのかな(笑)。できることとできないことをハッキリさせた方が、周りに迷惑かからないでしょ。だってミスするってわかっていたらカバーするけど、ミスしない雰囲気出しといてミスされたら……ねえ?(笑)」

 これもフランスで得た感覚なのだろう。しかし、ここに至るまでの苦悩は……。

「とてつもないですね。でもだからこそ、あることしかできない選手がいたら『あなたはこれができるでしょ。私が持ってないものを持ってるじゃない』って言ってあげられる! それでその選手は自分のことを少しポジティブに思えるでしょ?」

 一瞬、自虐的に聞こえるが、それを彼女のクオリティで語られると、そうはならないのが不思議だ。アメリカでも同じような感覚になったのだろうか。

「アメリカはサッカー面ではなく、彼女たちが持つ自覚にカルチャーショックを受けました。実際にアメリカは規律正しいし、真面目だし、日本にすごく似ていると思いました。だけど発信する力、個々のエネルギーっていうのは偉大でした。あとは誇り。アメリカ人でさえアメリカに憧れている。そこに私はある意味ジャパニーズコンプレックスを感じました」

 新たな刺激を受けながらアメリカで過ごしたことで、感じたことがあった。

「1試合4000〜5000人のお客さんが入るので、エンターテインメント性はすごく高い。でも(海外挑戦するには)シーズンも短いし、自覚の強いスター選手たちの中に、もし経験の少ない10代の選手が放り込まれたら、いきなりスター扱いされて……後に何も残らないというのが怖いですよね。アウェーだと1試合で3泊4日なんですけど、その試合に出られなかったら4日無駄にしていることになる。1週間のうち残り3日しかない中で10代そこそこの選手が逆算して自分でメニュー組むなんてこと、絶対に考えられないと思う。

 もし海外に行きたいのであれば、ヨーロッパでしっかりと長いシーズンを過ごして、アウェーの洗礼を受けながら理不尽なことも当たり前だって思える時間が必要かな。大人になっていく過程で自覚、表現することの大切さを痛感するはず」

 これまで戦う相手として見てきたビッグネームが今はチームメイト。これも海外移籍の醍醐味である。

「アメリカ代表のミーガン・ラピノーはどんなときでもラピノー(笑)。魅せるし、表現豊かだし、オシャレ! 彼女はアスリートとしても自覚がしっかりあるから、自分のパフォーマンスの出来に関係なく、ファン対応をするし、どんなときでもしっかりと発信する。ホープ・ソロは多くは語りません! という感じ。自分が強くいるために常に自分にプレッシャーをかけて、立っているだけで引き締まるような雰囲気を常に持ってる。並大抵のもまれ方じゃないですね(笑)。100m先にいてもわかりますよ」

 今はチームメイトに川澄奈穂美がいるが、日本人同士で固まるということは一切ないのだとか。

「オンとオフとハッキリさせたいから、ナホ(川澄)だけじゃなく、チームメイトとプライベートで食事に行くことはあまりないですね。伝えたいことはピッチで話すようにしています。私だけの感覚かもしれないですけど、女性って集まってもお互いの悪いところを指摘し合うってことはあまりしないでしょ? 密になっちゃうと何かミスがあったときに伝えにくくなりません? 私はなってしまうので……。監督とのスタンスも同じですね。」

 あくまでもピッチの上で、全力で向き合うのが宇津木流ということだ。確かに、ピッチではとにかく選手の動きをよく見ている。ヨーロッパを経験した彼女ならではの感覚なのかもしれない。

 日本、フランス、そしてアメリカ。28歳で世界の主要なサッカーを経験している日本の主力選手は宇津木しかいない。計らわずとも動くべきタイミングでアメリカへ渡った。はたから見ればエリートに映る彼女が常に向き合うのは自分自身。弱さに直面し、逃げ出したいことも少なくないはずだ。

 それでも、宇津木は決してそこから目をそむけない。繊細さと逞しさを備えた稀有な存在であることは間違いない。そこに芽生えた不器用なしなやかさが宇津木のプレーを際立たせる魅力なのだと改めて感じた。

(つづく)

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