8年間の会社員生活で身につけたITスキルを活かして「店舗を持たない花屋」&Flower Romantica(アンド・フラワーロマンティカ)を立ち上げた正井京都(まさい・みやこ)さん。

品川区にある自宅を仕事場にして、そこから毎日季節の花を届けています。

会社員5年目の28歳の時に「お花を仕事にしたい」と心に決め、2年の準備期間を挟んで30歳で独立。「まさか、自分がこういうことを始めるとは想像もしていませんでした」という正井さんが、“まさかの決断”をするまでの話を聞きました。

「会社員じゃなくてもいいんだ」と気づいた時

群馬県の大学を卒業後、新卒で東京のIT企業に就職した正井さん。入社した2007年頃はちょうどITバブルで、どこのIT企業も「これからどんどんすごくなるぞ」という興奮に包まれていました。

「富山の実家は祖母が育てた草花でいっぱいだったので、子どもの頃からお花は大好きでした。でも、東京に出て元気のあるIT業界でバリバリ仕事をするのもすごく楽しくて。お花のことはすっかり忘れていたんです」

今から振り返ると、「お花を仕事にしよう」と決めたきっかけは二つあったそう。

「一つは、入社5年目で異動になったこと。異動先は、ライフスタイル系の新規事業だったんですが、隣がサーファーのために波情報を提供するアプリの部署だったんです。社内でも異色の部署で、メンバーはみんなサーフィンの愛好家。肌は真っ黒、髪はロン毛で(笑)」

サーフィン好きがサーファーのためのアプリを作っているので、とにかくみんな仕事を心から楽しんでいる。その様子が、当時の正井さんにはショッキングでした。なかには、大企業の高給をなげうってまで転職してくる人もいたそう。

「実はその部署は社内で“アウトロー”的な立ち位置だったんです。でも、間近で見ていると、好きなことをやってる人ってカッコいいな、と思うようになって」

それまでは「企業の正社員であること」にどこか固執していたという正井さんですが、サーフィン焼けした同僚を見ているうちに、「会社員であることって、そんなに重要じゃないんだ」と気づきます。「彼らにとっては会社員であるかどうかは二の次で、とにかく好きなことをやる方が重要でした」

ライフスタイル系の新規事業に異動になったことで、正井さんの中で徐々に会社員であることへのこだわりが消えていきます。同時に人生を豊かにする上質なライフスタイルにも惹かれていったそう。

被災地のおばあちゃんのひと言

もう一つのきっかけは2011年の東日本大震災でした。

震災から半年が過ぎ、被災地でも徐々に復興のきざしが見え始めた頃、正井さんはあるニュース映像に釘づけになります。

「流されてしまった商店街の代わりに、地元の人が小さな市場を立ち上げていたんです。その時、一番長い行列ができていたのがお花屋さんでした」

テレビ・レポーターが花を買ったおばあさんに「どうして花を?」と聞くと、「仮設住宅には色がない。色が欲しくて」という答えが。その瞬間、正井さんの中で何かが溢れ出します。

当時、入社4年目だった正井さんが手がけていたのは、エンターテインメント系の広告の仕事でした。

「エンタメは確かに人を楽しませたり、喜ばせたりできる。でも、あの震災の後は、なんだか虚しくて。ふと“私、何やってるんだろ?”と感じることが増えたんです」

自分が毎日やっている広告の仕事より、みんなに色を与える花の仕事の方が、“本物”であるような気がする。「本質に近い仕事がしたい」その想いが、抗いがたく正井さんの中で膨らんでいきました。

2年をかけてフラワーデザインを勉強

こうして新卒で会社員になってから5年目の28歳の時、ついに正井さんは「お花を仕事にして独立しよう」と心に決めます。

「そこからは早かったですね。月1でフラワーアレンジメントを習い始め、その次は講師資格の取れるスクールの集中コースへ。土日は1日6時間スクールに缶詰になってフラワーデザインの単位を取ろうと勉強を続けました」

「これで無事に卒業できる」と自信がついた29歳の5月に退職を上司に伝えて、約半年間は有給を消化しながら独立の準備に入ります。ITスキルを活かしてホームページを作ったり、仕事仲間のデザイナーさんにロゴをデザインしてもらったり。半年は個人事業主としてやり、2015年5月に法人化しました。

「カタチは最初から決まっていました。IT分野には詳しかったのでネット通販の花屋をやろうと。ITの強いお花屋さんは少ないので、これならいけるんじゃないかと思ったんです」

こうして正井さんが2015年に30歳にして立ち上げた、「店舗を持たない花屋」&Flower Romantica。第2回は正井さんがこの仕事を通じてやりたいことについて聞いていきます。

第2回はこちら:「深夜ひとりで帰宅する女性に花を届けたい」小さく続けるネット花屋さん

ウートピ編集部