モンサントはどのようにして穀物収量を倍増させるのか?(写真はイメージ)


 2016年末に日本モンサントから筆者に取材の依頼があった。同社のオウンドメディアで、遺伝子組み換え作物に対する世の中の誤解について話してほしいとのことであった。

 モンサントと言えば、世界一の遺伝子組み換え作物のメーカーである。一般の農家の立場でモンサントの社員と話をする機会などまずない。筆者は喜んで取材に応じた。

 ただし、一方的に取材されるだけではもったいない。せっかくの機会なので、筆者はモンサントに逆取材を申し込んだ。

 そんなわけで、実は昨年の12月で本連載は終了するはずだったのだが、もう1回記事を執筆することとなった。最後の記事は、日本モンサントの社長、山根精一郎氏へのインタビューである。

インタビューに訪れた日本モンサントの受付


日本モンサントは何をする会社?

 まず、モンサントの歴史について簡単に触れておこう。モンサントは1901年に米国のミズーリ州セントルイスで創業した。社名は創業者の妻の姓から取られた。

 甘味料のサッカリンの生産から始めて、世界有数の総合化学メーカーに成長しアスピリンなどの医薬やシリコンウエハー、繊維など多様な製品を作ってきた。その中にはDDTや2,4-Dなど農薬、ポリ塩化ビフェニル(PCB)もある。

 農業界でモンサントの名が知られるようになったのは、1976年に商品化され、今も世界中で使われている、安全性の高い非選択性除草剤「ラウンドアップ」が発売されてからである。

 現在のモンサントは、化学工業分野の多くの事業を売却などして、農作物種子や農業資材(除草剤や精密農業用の施設)等の農業関連製品事業を行う企業となっている。100%農業関連製品の企業になったのは2000年、創業から約100年目のことである。

 さらに昨年、化学業界再編の流れの中でスイスのシンジェンタ買収に動いたが、合意に至らず断念。直後に独バイエルによる買収提案を受けて合意し、2017年中にバイエルに買収される見込みである。

 モンサントの日本法人である日本モンサントでは、日本に輸入される同社の遺伝子組み換え作物の輸入認可を、環境省や農林水産省、厚生労働省、内閣府食品安全委員会から取得する仕事が主になっている。東京のオフィスに20名少々、茨城県の河内研究農場の社員を含めても30人ほどの小さな所帯である。

 ラウンドアップは、日本での商標権、生産・販売権が日産化学工業に譲渡されているため、日本モンサントは販売していない。日本での研究開発も行っていない。

 唯一日本で独自に開発したのが、茨木県の河内研究農場で開発した「とねのめぐみ」というコメの品種である。「とねのめぐみ」は、将来の稲作を考え、乾田直播に適した品種を作ることを目的に作られた。開発に5年、品種登録に2年かかったという。5年での新品種の開発はかなり早い部類に属すると言ってよい。

 とねのめぐみの種子は、同研究所に近い第三セクター「ふるさとかわち」にライセンス供与され、ふるさとかわちを通して生産者に販売されている。ちなみに遺伝子組み換え技術は使っておらず、従来の交配育種で開発されている。

 遺伝子組み換え作物の安全性に関しては2016年の連載で触れたので、今回のインタビューではモンサントが日本市場をどのように見ているのかに焦点を当てさせてもらった。

(参考・関連記事)「反対派も下手に批判できなくなった遺伝子組み換え」

農業に必要な経営の意識

──日本の農業について思っていることを教えてください。

山根精一郎社長(以下、敬称略) かつては生産者の方に経営の意識があまりなかったように思います。30年ほど前のことですが、日本の5カ所で農業生産者の方の協力を得て除草剤の試験をやっていただいたことがあります。その時、生産者の方が除草剤の価格をご存知なかったんです。さらに言えば、自分の収入もご存知ない。

──農協に全て任せていたということですね。作った作物は全て農協に出荷して、農業資材も農協で買うけども、いくら売り上げがあるか、いくら費用を払っているのか分からずに取引している。

山根 そうです。コスト計算をしていないのです。当時、アメリカで忘れられない経験をしました。トレーラーハウスを住処にして、150ヘクタールでイネを栽培している生産者がいて、古い除草剤を使っていました。私は「今はもっと良い新しい除草剤があるのになぜ使わないんですか」と聞きました。すると彼は「新しい除草剤は使わないよ」と言って、パソコンのディスプレイに表示させたシミュレーションのグラフを見せてくれたのです。それはコスト計算の結果でした。性能としては新しい除草剤の方が優秀なのですが、価格が高い。古い除草剤は価格が安いので、収益としては大きくなる。だから使わないとはっきりと言われました。日米の生産者でこんなに意識が違うのかと驚いたものです。

 よくよく考えれば、日本の場合は減反制度がありましたでしょう。農家なのに減反でコメを作ってはいけないと言われてきたわけですから・・・減反制度は生産性をあまり考えないように作用してしまったのではないかと思いました。

──今は、そんな農家ばかりではないと思いますが。

山根 そうですね。最近静岡で三毛作(1年で時期を変えて3つの作物を同じ農地に植えること)をされている生産者の方と話をしました。土地の生産性を最大限に活かす素晴らしい農業をされているのですが、「どうやって売っておられますか?」と聞いてみたんです。すると直売や農協出荷とおっしゃられて少々がっかりしました。素晴らしい農業をされているので販売もさぞユニークなやり方をしておられるのではないかと思っていたんですが、販売まで手が回らないんですね。このあたりが農業の今後の課題ではないでしょうか。

──おっしゃる通りです。6次産業化みたいなキャッチフレーズを掲げるのはいいですが、加工や販売の仕事をいつやるのか考えてない人が多いのです。昼間は一生懸命農作業しているのに、いつ加工や販売をやるんだ? と想像力を働かせられない人が多いですね。

日本モンサントの山根精一郎社長


遺伝子組み換え作物の販売は「目標のための手段」

──日本モンサントでは、今も遺伝子組み換え作物の種子を日本で売っていません。日本で遺伝子組み換え作物に反対する人の声が大きいから発売できないのでしょうが、モンサントの商品を売ることができないと社員はやる気をなくしたりしませんか?

山根 2050年に世界人口は90億人に達すると言われています。この人口を養うには、今の倍の穀物が必要になるでしょう。人口は70億から90億と30%ほど増えるだけですが、食生活のクオリティが上がり肉食が増え、家畜の餌が必要になるからです。だから2倍必要なのです。

 モンサントの使命は、資源が限られている中で、生産性向上と資源の保全を同時に実現できる農業技術によって農業生産者を支援し、今後増え続ける食糧のニーズに応えることです。遺伝子組み換え作物の販売だけが目標ではなく、そうした大きな目標を持って仕事に取り組んでいます。なので、ご質問のようなことはありません。

 モンサントは、2030年までにトウモロコシ、ダイズ、ワタ、ナタネなどの穀物収量を倍にする目標を立てています。目標を達成するために、私たちは5つの手段を使うつもりです。

──どのような手段でしょうか。

山根 1つ目が「育種」です。多収であり、病害虫に強く、乾燥や塩害といった悪い栽培環境にも成育できる品種を作る。これがベースです。

 2つ目が「バイオテクノロジー(遺伝子組み換え技術)」です。害虫抵抗性や除草剤耐性は育種では無理なのでバイオテクノロジーや遺伝子組み換えによって育種ではできない機能を付与します。

 3つ目が「農薬」です。育種とバイオテクノロジーだけでは作物を守れません。遺伝子組み換え作物などバイオテクノロジーの技術は農薬を減らしますが、やれることに限界があります。依然として農薬は必要です。

 4つ目が「生物農薬」です。農薬は化学農薬だけではありません。微生物を利用した生物農薬の研究開発も進めています。微生物を利用し収量を上げたり、病気を防いだりします。

 そして5つ目が「精密農業」です。これまで農家の経験に頼っていた栽培技術を機械が覚えて、栽培を支援します。たとえば田畑一枚でも肥料成分の多いところ少ないところなどあります。これをセンサーで測定して、肥料成分の少ないところでは肥料を多く、多いところでは少なく、場合によっては散布しない。あるいは栽培密度(面積あたり植える作物数)を調整して面積あたり最大の収量を目指します。

 遺伝子組み換え作物は、そんな統合される技術の重要な一部門なのです。そこを弊社の社員は理解し、自分たちの仕事が世界の食料供給に貢献しているという高い意識をもっています。

 私たちは日本で、遺伝子組み換え作物だけでなく商品自体を売っていませんが、だからと言って「つまらない」といったことは考えていません。安全性を確認して輸入認可をとるという仕事を通じて世界の食料生産に貢献していくという意識は共有されています。

 日本が安定的に穀物を輸入できるのは、遺伝子組み換え作物により世界の生産量が上がっていることが大きな要因です。毎年、遺伝子組換え作物の栽培面積や生産者数が増加しているのをISAAA(国際アグリバイオ事業団:遺伝子組み換え作物のグローバル統計を出す機関)が出すレポートの数字を見て、達成感を持っているという感じです。

ゲノム編集の可能性

──なるほど。しかし、モンサントとしては日本で遺伝子組み換え作物を栽培できるようにしたいのは当然ではないでしょうか。栽培に必要な許認可は全て取ってあるわけですし。遺伝子組み換え作物の誤解を解く広報活動にも力を入れていらっしゃいますが、それでも日本で遺伝子組み換え作物が受け入れられない場合の「次の一手」はありますか。

山根 受け入れられなければ、今と状況は変わりません。今はいかに遺伝子組み換え作物が食料生産に重要かを皆さんにご理解いただくために、どういう情報を出していくべきかを考えながらやっているところですが、理解されなかった時のことを考えるよりも、何としても理解を得るという気持ちでやっています。

──モンサントでは遺伝子組み換えを使わず、ゲノムを分析精査して良い形質のゲノムを持った作物を選抜して新しい作物を開発しているという他メディアの記事がありましたが、遺伝子組み換え技術を使わないこちらの方法から先にやってもいいのでは?

山根 その記事は存じ上げませんが、今、弊社には遺伝子組み換え技術とゲノム編集という技術がありまして、ゲノム編集で作るとどうなるかはまだ見えていないところがあります。ただ、有用な技術であることは間違いありません。遺伝子組み換え技術は規制がものすごく厳しいので、栽培認可を取るのに膨大なお金と時間がかかります。だから大企業しか技術の恩恵を受けることができない。たとえば大学で開発して良いものができたとしても、大学の予算では規制をクリアしていくことはできません。

 遺伝子組み換え技術への規制は、あまりにも厳しくがんじがらめにしてしまっていて、かえって技術を殺しているところがあると思います。しかし、ゲノム編集の場合は、科学的に考えれば自然界で発生する突然変異と変わりません。無用な規制をかけずに、誰でも幅広く活用して農業生産に貢献できる形になれたらいいなと思っております。

──遺伝子組み換え作物の開発というと、パーティクルガン(遺伝子銃)などハイテクな装備がどっさり必要になるというイメージがありますが、ゲノム編集はたとえば100万円くらいのキットがあればできるようなものなのですか?

山根 うーん、いくらででできるか分かりませんけど、遺伝子組み換えに比べたらコストや時間を軽減できるのではないかと思います。もちろん技術を使って何を作るのかが問題ですが、ゲノム編集自体は日本の種苗会社の研究機関でも十分にできる技術だと考えています。

モンサントのファンを増やしたい

──最後に伺います。今のモンサントのイメージは、遺伝子組み換え作物に対する批判が多いため、あまりいいとは言えません。たとえば東京電力は福島原発事故のために社員の奥さんや子供がいじめられるといった話がありますが、モンサントではそのようなことがないか、とても気になっています。

山根 現段階ではそのような話は一切出ておりません。私の場合は仕事以外でいろんな人と話をする時にも、自分がモンサントに勤めていることや、遺伝子組み換え作物のことも積極的に話しています。遺伝子組み換え作物が心配だとおっしゃる方には、できるだけ丁寧に説明して分かっていただけるように、そして、できればモンサントのファンになっていただけるよう努めています。

 確かに、最初は「え? 遺伝子組み換えやってるの?」と、ぎょっとした顔をされることもありますが(笑)・・・特に妻の友だちの方などが「え?」という時はあります。けれども妻も説明しますし、妻に呼ばれて女子会といいますか、そういうところでも説明させていただいてます。その意味では家族ぐるみで1人でもファンを増やしてこうと地道な努力ですがやってます。

──ありがとうございました。

明るい未来の農業は精密農業だけでは開けない

 インタビューは、終始和やかに行われた。最初に名刺交換して、私が山田錦の生産部会の幹部だと知った山根社長は「私は酒米にも興味がありまして、山田錦を超える酒米を作りたいなと思ってます。その意味ではライバルですね」と笑顔で言われて、こちらも苦笑した。

 小所帯とは言え、世界有数の大企業の日本支社長である。それなりに身構えてインタビューに臨んだが、「この人は、ウソを言う人ではないな」と思えた。

 モンサントの企業目標は、農業の生産性の向上である。今よりも少ない人数で、より少ない農地で、より多くの作物を生産できる、農家も儲かる農業を目指している。インタビュー自体は、そんなモンサントの公式見解とおぼしき話も多かったが、インタビュー中、あるいはその後の雑談の端々に日本農業に対する「情熱」を感じた。

「日本の農家に足りないのは、売る努力だと思います」

 山根社長が口にしたこのワンフレーズは事実には違いないが、農家として言わせてもらえば、言う人によって受け取る側の感情が異なる。それなりに農業を理解している人が言うなら、ありがたく受け止める。しかし理解のない人が言うと、農家は反発する。山根社長は前者であろう。日本農業の未来を憂い、活路は先に挙げたモンサントの「5つの統合技術」によって切り開けるのだと本気で思っていることが言葉の端々から伺えた。

 今は精密農業がはやりで、これに大はしゃぎしている「識者」もいるが、現場ではそれほどはしゃいでいるわけではない。私の周囲にも、GPS技術を搭載した8桁価格の精密農業用トラクターを買った人がいるが、そんな先進農家すら精密農業用トラクターで飛躍的に生産性が向上するとは思っていない。本命はオペレーター不要の自動運転トラクターなどが使えるようになった時だ。それができれば、労働生産性は2〜3倍単位で向上していく。

 自動運転可能な農業機械はすでに一部は売られている。しかし無人機が公道に出ることは道路交通法上禁止されている。そのため現状では、公道を使わず私道を使って田畑に行ける北海道の農家しか使えない。しかも自動運転の農業機械が一般化したところで、日本の場合はせいぜい耕作放棄地の増大を食い止めるのに役立つ程度であろう。多くの人が期待する明るい未来の農業は、精密農業だけでは開けないのだ。

 そう考える筆者にとって、新技術が出るや否や農業の明るい未来を語る識者と、多くの技術を統合しなければ農業の未来は開けないと考えるモンサントの主張と、どちらが信頼できるのかは自明である。

 なにせ当連載のスタートした時のタイトルからして「農業は遅れていない、レベルが高すぎるのだ」だったのだ。農業が「遅れている」のは鉱工業より技術の要求水準が高すぎるからであって、技術が高度になれば農業に導入され、生産性は向上すると書いたのだから。

 以上で連載を終わります。執筆機会を与えてくださったJBpress、そして長年読んで下さった読者諸兄に感謝いしたします。ありがとうございました。

筆者:有坪 民雄