25歳の誕生パーティーで周囲の「ハッピーバースデートゥーユー」という声に笑顔を見せる、幸せな動画に映し出された女は、8時間後金正男氏を襲撃することとなる。


 金正男氏毒殺の実行犯、シティ・アイシャ容疑者だ。


 空港内の防犯カメラに映し出された映像には、アイシャ容疑者が白いハンカチのようなものを持って正男氏の正面に立ち、フオン容疑者が背後から毒物を顔に付着する様子が映されている。わずか2秒間の出来事だ。

 襲撃を終え逃亡するアイシャ容疑者は、手を挙げ合図を送っているようにも見える。その先にいたのは、北朝鮮籍の男たちだ。男たちは、チェックインカウンター付近での襲撃の瞬間を、目の前のレストランで見届け、インドネシアのジャカルタへ向け出国したという。また映像には出国を見送る重要参考人の高麗航空職員・キム・ウギル氏と大使館2等書記官・ヒョン・グァンソン氏の姿も映っていた。


 犯行から8分後、金正男氏が警備員に身振り手振りで被害を訴える様子が映されており、この時点では差し迫った様子はないようだ。24日マレーシア警察が正男氏の目の粘膜から検出されたと発表したのは猛毒VX。死に至る猛毒だが、効果が出るまで時間がかかるという。


 しかし、状況を伝えた警備員に誘導され診療所に向かう正男氏の足元は明らかにおぼつかない。そして、犯行から約27分後、担架に乗せられ救急車に乗せられる途中で息を引き取った。


 北朝鮮メディアは23日、初めて事件に触れ「韓国政府がシナリオを作った陰謀だ」と反論し、さらに「マレーシアの眼中に国際法や人道倫理感はない」とマレーシアに対しても敵対心を露わに。一方、マレーシアでは北朝鮮大使館へデモ隊が押し寄せ、ナズリ観光文化大臣が「マレーシア国民は北朝鮮に行かないように。彼らは何をするか分からない、ならずもの国家だ」と発言するなど国交断絶を求める声も。今、北朝鮮は数少ない友好国を失おうとしている。


 25日、事件の重要参考人になっている北朝鮮籍の男が匿われているとされるマレーシア・北朝鮮大使館には休館日にも関わらず北朝鮮の人たちが集まり、今後の対応について話し合っていたとみられる。


 一方、実行犯のアイシャ容疑者は「日本人か韓国人のような人物に会った。事件の直前、ベビーオイルのようなものを渡された」と供述しており、あくまで犯行について自身が知らなかったと強調している。


 また、マレーシア警察はインドネシアに逃亡した北朝鮮籍の容疑者1人の男の自宅を捜査したことを明らかにした。自宅からは化学物質の痕跡が見つかったということで、自宅が毒物の製造拠点になっていた可能性も出てきている。


 他国の金正男氏毒殺についての報道は加熱しているが、これまで平壌の反応が報道されることはない。これについて、共同通信の前平壌支局長・磐村和哉氏は「金正男氏の存在は、一般国民には知られていないからだ」と指摘する。


 また、磐村氏は今回の事件について「北朝鮮にとってデメリットだらけ」と評する。国際的に孤立する、マレーシアを含むアジア諸国と関係が悪化してしまうかもしれない、そんなデメリットだらけの中でなぜ暗殺を決行したのか。


 「日本とは違う価値観があることを認識しなければいけない」と磐村氏。


 最高指導者のカリスマ性を守る、尊厳を強化することが最も重要なことで、国際的にどうなるかは別問題だという。コリア・レポート編集長の辺真一氏は、“カリスマ性”を守ることについて「金正恩氏の指示・命令は絶対に従わなくてはいけないということ」と述べる。「金正恩氏の指示に従わなかったら、造反どころではなく反逆。仮に、金正男氏が金正恩氏の『戻ってこい』との命令に背き帰っていなかったとする。そうすると、以前から噂されていたように金正男氏が韓国に亡命するのではないかと、それはカリスマ性を守る上でまずい。だからこのタイミングでこの事件を起こしたのではとの説もある」と分析した。

 この事件は女2人がかりの犯行となったが、『2人』というキーワードにも理由がある。ニューヨーク・タイムズによると、犯行に使われた毒物は2つを混ぜると猛毒に変わる「VX2」の可能性があるという。磐村氏は「女2人がそれぞれは無害な物質を1つずつ持ち、金正男氏の顔に付け、金正男氏の顔で融合して猛毒VXに変わったのでは」と説明した。北朝鮮は生物・化学兵器禁止条約に加盟していない。辺氏によると北朝鮮の化学兵器所有量は、少なく見積もって3000トン、多くて5000トンだといい、世界トップクラスの保有量だという。


 今回の一連の首謀者達の後方支援活動をしたと見られるのが『偵察総局』という機関だ。正恩氏が後継者に決まった直後に発足した機関で、偵察総局長である金英哲(キム・ヨンチョル)氏は正恩氏の家庭教師だったといい、いわば『正恩氏のための工作機関』と言えるだろう。

 辺氏は「ラングーン事件を起こした人民軍偵察総局と大韓航空機爆破事件を起こした作戦部、そして、日本人を拉致した対外情報調査部を一本化したのが偵察総局だ」としている。


 そして、『次の暗殺のターゲットでは』と注目を浴びている正男氏の息子・キム・ハンソル氏は「世界中から留学している友達の話を聞くうちに自分の中で気持ちが変わり始め、新しい考えが生まれてきている。国際感覚を持って異なる考えを共有して様々な視点から世界を見ている」と高校時代に留学していたボスニア・ヘルツェゴビナでのインタビューで語っていた。また、リビアのカダフィ大佐の独裁政権崩壊後、独裁政権が倒されたことについて「ルームメイトはリビア出身で革命が起きた時に帰郷して、リビアが新しい国に変わる過程を見たと熱く話してくれた。とても興味深かった」と語った。


 なお、インタビューの“ある発言”が北朝鮮の逆鱗に触れた可能性がある。それは「金正恩氏には一度も会ったことがない。彼がどうやって独裁者になったのか分からない」と正恩氏を“独裁者”と表現したことだ。


 韓国情報機関の関係者は「正恩氏を独裁者と言った瞬間からハンソル氏は暗殺対象になった」としている。そして、フランスの屈指の名門「パリ政治学院」に留学した矢先、正男氏一家の後ろ盾であった張成沢氏が処刑された。ハンソル氏は、イギリスのオックスフォード大学院への留学を断念した。中国当局から暗殺の危険性を警告されたからだという。捜査当局は当初、ハンソル氏のマレーシア訪問を求めていたが身の危険があるため、マカオでDNAサンプルを採取する予定だという。


 “暴挙”とも言える事件を起こした北朝鮮。日本はどのような姿勢で北朝鮮に臨むべきなのだろうか。磐村氏は「日本単独では難しい。アメリカ・韓国・日本の3カ国、プラスアルファでロシア、中国を巻きこんで圧力をかける。また、圧力をかけつつ、その中の対話で軟着陸させるしかない」と主張した。( AbemaTV/みのもんたのよるバズ! より)


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