オスカーに大きな影をおとす? ドナルド・トランプ米大統領
 - Scott Olson / Getty Images

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 アカデミー賞が直前に迫った。女優たちがこの夜のためにトップデザイナーに作ってもらった美しいドレスを競い合う、このハリウッドで最大の祭典は、今年、まるで違った雰囲気をもつものになりそうだ。理由はひとつ、トランプである。(Yuki Saruwatari/猿渡由紀)

 暗い雰囲気は、昨年もあった。2年連続で演技部門の候補者20人が全員白人だったことから、ノミネーション発表直後に“白すぎるオスカー”批判が爆発し、スパイク・リーやウィル・スミスなどセレブがボイコットを宣言。当日は会場近くで抗議デモが起こり、ホストのクリス・ロックも、舞台で、人種差別にからむ強烈なブラックジョークを連発した。自分たちに向けた批判であるだけに、居心地の悪い思いで会場に座っていた白人は、少なくなかったはずだ。

 しかし、今回の敵は、ハリウッドが一丸となって対抗するトランプである。もともとリベラルで、民主党支持者が大多数を占めるハリウッドは、選挙中からトランプを批判してきた。ゴールデン・グローブ賞授賞式でメリル・ストリープがあの有名なスピーチをしたのは日本でも広く報道されたようだが、その後の全米映画俳優組合(SAG)賞授賞式は、それどころではない反トランプ節の連発だった。

 この週末の全米脚本家組合(WGA)賞授賞式でも熱はさらに増しており、オスカーも政治的になるのは必至だろう。今年のホストのジミー・キンメルは、昨年秋のエミー賞授賞式でもホストを務め、かなりのトランプ批判をしていた人。今年のオスカーのプロデューサーは、当初、政治色の薄い、楽しい授賞式にしたいと思っていたようだが、この状況でそこに目隠しするというのは、あまりに非現実的である。

 敵も黙ってはいない。トランプ支持者はFacebookで「娯楽業界の憎しみに満ちた人たちに対抗しよう」とオスカーのボイコットを呼びかけ始めた。The Hollywood Reporter によると、トランプ支持者の66%が、「オスカーでスピーチが政治的になったら、チャンネルを変える」と答えている。会場周辺のセキュリティーが厳重なのはいつものことだが、今年はテロ対策に加え、そういった反リベラルの人々の危険行動も考慮されているようだ。

 こういった空気が、受賞結果にも多少影響を及ぼすことは、ありえる。圧倒的フロントランナーはミュージカル『ラ・ラ・ランド』だが、数日前から、映画関係者や批評家の何人かが、人種、貧困問題に触れる『ムーンライト』の重要性を主張する記事やオープンレターを発表している。トランプの入国禁止令に抗議すべく、イランのアスガー・ファルハディ監督は授賞式欠席を決めたが、彼を応援する人の票が、彼の『セールスマン』を外国語映画賞受賞に導くことも考えられる。

 ただ、演技部門の結果は、これまでのほかの賞の受賞結果に沿った、あまりサプライズのないものになりそうである。気になる点といえば、このシーズン、圧倒的に勝ちまくってきたケイシー・アフレックが、つい最近、彼を押しのけてSAGを受賞してみせたデンゼル・ワシントンに主演男優賞を奪われるかどうかだろう。

 この話題のついでに、明確にしておきたいことがある。今年の演技部門には有色人種が7人も入ったことから、「“白すぎるオスカー”の反動だ」という日本の記事を見たが、それは違う。映画を作るのには時間がかかる。華やかなスターの出ない人間ドラマなら、とくにそうだ。『ムーンライト』の製作が始まったのは2013年、『フェンシズ(原題)』はそれよりずっと前から努力がなされてきた。

 昨年1月、つまり“白すぎるオスカー”批判のまっただなかに、黒人キャストの『ザ・バース・オブ・ア・ネーション(原題) / The Birth of a Nation』がサンダンス映画祭で賞を取り、あの段階で「これがあるから、来年は真っ白にはならない」とも言われていた。あの映画はネイト・パーカー監督の過去のレイプ疑惑ですっかり失速してしまったのだが、逆に、誰も聞いたことがなかった『ムーンライト』『ヒドゥン・フィギュアズ(原題) / Hidden Figures』などが、作品の力で這い上がってきたわけである。今年、これらの作品が揃ったのは、アカデミーにとって、うれしい偶然。これらの作品や俳優の健闘ぶりを「批判への反動」と決めつけるのは侮辱であることを認識するべきだ。