金正男氏殺害の直後、暗い表情を見せた金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

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北朝鮮の金正恩党委員長の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏が殺害されたのは、脱北者による「亡命政府構想」がきっかけだった――日韓の複数のメディアが、こうした見方を報じている。

それによると、韓国政府も、昨年4月29日にソウルで開かれた世界中の脱北者の結束を訴える集会で同構想が浮上したことが、正男氏殺害の契機になったとみているという。

果たして、亡命政府とは一体どのようなものか。

一般的には、他国の侵略やクーデターによって自国の政治から排除された旧政府メンバーや国民が、外国に脱出してその地で作る仮の政府組織を言う。今回のケースでは、北朝鮮の金正恩体制への対抗勢力を組織することを目的に、脱北者の求心力となる組織を作ろうということだろう。

北朝鮮が、本当に亡命政府への警戒から正男氏を殺害したのだとしたら、「喜び組」など体制の恥部を暴露したことに対する報復として実行された20年前のロイヤルファミリー暗殺とは、だいぶ性格を異にしていることになる。

(参考記事:将軍様の特別な遊戯「喜び組」の実態を徹底解剖

筆者がこうした脱北者による亡命政府構想を初めて耳にしたのは、2013年の夏ごろのことだったと思う。すでに国旗の案もあり、元北朝鮮官僚を当てた主要な「閣僚」名簿も見たかもしれない。

記憶があいまいなのは、この話をさほど真剣に聞く気になれなかったからだ。脱北して韓国入りした北朝鮮の人々は昨年末までの間に3万人を超えた。この間、様々な脱北者団体が人権運動で成果を上げている事実はあるが、3万人どころか千人単位の脱北者を糾合できる党組織はいまだに生まれていない。

そのような状況で亡命政権の看板だけを掲げてみても、実質的な意味をなすとは感じられなかったのだ。

そうした状況は、北朝鮮当局も把握していることだろう。前述の脱北者集会では、金正恩政権に対抗できる指導者として正恩氏の叔父の金平一(キム・ピョンイル)駐チェコ大使や正男氏の名前が挙がったというが、彼らにも、広範な反体制運動を率いることのできる政治的パワーはない。

しかしそれでも、指導者としての「正統性」において何かとツッコミを受けやすい正恩氏が、こうした動きを放置できなかったということは考えられる。

北朝鮮の指導者は、先代の思想と教えを独占的に解釈することで独裁を保っている部分がある。そういう意味で、正恩氏にとって平一氏や正男氏は「煙たい存在」だったと思われる。なぜならこの2人は、同じ金王朝の血を引いている上に、正恩氏の知らない祖父・金日成主席や父・金正日総書記の姿や教えを、たくさん知っているからだ。

核武装を成し遂げ、そう簡単には外部から攻撃を受けにくくなった正恩氏にとっては、国内での権力をより完璧なものにすることが大事に思えている可能性はある。そう考えれば、たとえ実質的な力のない亡命政権であっても、北朝鮮国民に向け、それなりに意味ある言葉を語れる「指導者」が現れることは、阻止すべき課題だったのかもしれない。