50歳を迎えたキング・カズ…サッカー界のレジェンドが残した50の“伝説”

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 2月26日、横浜FCに所属するFW三浦知良が50歳の誕生日を迎えた。

 日本がワールドカップに初出場する遥か前に、一人でサッカー王国に飛び込んだ三浦。ブラジルでプロ契約を勝ち取ってから32年目を迎えた今もなお、プロの舞台に身を置いている。

 Jリーグ最年長出場記録や最年長ゴール記録を塗り替える姿は海外でも注目を集め、各国メディアも称賛の言葉を惜しまない。そんな三浦がこれまで辿ってきたキャリアを、50の“伝説”で振り返る。

1. 1982年、15歳の時に静岡学園を中退して単身ブラジルに渡る。

2. キンゼ・デ・ジャウーの一員として、1985年の静岡で行われたSBSカップに出場。

3. 18歳で名門サントスとプロ契約を果たす。

4. 日本代表デビューよりも早い1986年に、日本代表と対戦(キリンカップにパルメイラスのメンバーで出場)。

5. 1988年3月18日のコリンチャンス戦において、ヘディングシュートでプロ初ゴールを挙げた。

6. コリンチャンス戦のゴールは、サンパウロ州リーグでの日本人初ゴール。

7. 1988年、ブラジル人記者によるポジション別MVP投票で、左ウイングの3位に入る。

8. 帰国直前に所属していたサントスでのラストゲームでは、キャプテンマークを巻く。

9. 1990年、日本に帰国して読売クラブと契約。同年に日本代表にも初選出される。

10. ブラジル時代はウイングだったが、日本帰国後にストライカーへと変貌を遂げる。

11. 背番号「11」は、自身の代名詞。現所属の横浜FCでも着用している。

12. 国際Aマッチ初ゴールは、1992年8月に行われたダイナスティカップの北朝鮮戦。日本代表としての初ゴールは1991年のヴァスコ・ダ・ガマ戦。

13. 1992年、ゼロックス・チャンピオンズ・カップ決勝でのゴール時、カズダンスを初披露。

14. 日本が初優勝を果たした1992年のアジアカップでMVPに輝いた。

15. 1992年に初開催されたヤマザキナビスコカップでは、得点王とMVPになり、優勝に貢献。

16. 1993年のアメリカ・ワールドカップ最終予選で、4ゴールを挙げて得点王になる。

17. アメリカ・ワールドカップ最終予選における北朝鮮戦の活躍により、翌日の「ガルフ・タイムズ」紙に“キング・カズ”と称賛される。

18. 1993年に、日本人として初めてAFC年間最優秀選手賞を受賞する。

19. Jリーグ初年度では、日本人最多の20ゴールを記録。チームを優勝に導き、初代MVPに輝く。

20. 1994年にイタリア・セリエAのジェノアに移籍。アジア人初のセリエAプレーヤーになる。

21. セリエAでは、サンプドリアとのジェノヴァ・ダービーで初ゴールを挙げた。

22. 1996年のFIFAオールスターゲームなど、世界選抜としての出場も多い。

23. フランス・ワールドカップ一次予選のマカオ戦で6ゴールをマーク。日本代表の1試合最多得点タイ記録。

24. フランス・ワールドカップ最終予選のウズベキスタン戦で、4ゴールを記録。最終予選での日本人最多ゴール。

25. ワールドカップ予選では、通算27ゴールを記録している。

26. 京都パープルサンガ(当時)に在籍していた2000年に、Jリーグ初の通算100ゴールを達成。

27. 現時点で最後の国際Aマッチ出場は、2000年のジャマイカ代表戦。中田英寿のアシストからゴールを奪った。

28. 日本代表におけるPKでの得点は、歴代最多の9ゴール。

29. 日本代表としては、89試合に出場して歴代2位の55ゴールを記録。

30. 日本代表時代の移動バスでは、一番後ろの左側が指定席だった。

31. 2005年12月、シドニーFCのメンバーとして、クラブ・ワールドカップに日本人初出場を果たす。

32. 日本、ブラジル、イタリア、クロアチア、オーストラリアの5カ国でプロとしてプレー。