男性保育士による女児おむつ替え、何が問題か?

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「男の先生にうちの娘の着替えをさせないで」、保育施設に子供を預ける保護者の声と男性保育士の置かれる状況から見えてきたものとは――。

■保母から保育士へ。その先にあったものは……

男女共同参画社会基本法(1999年)の施行に伴い、「保母」や「看護婦」といった職業ジェンダーを固定する呼称が見直され、「保育士」「看護師」へと変わったのは、もう18年前のこと。男性保育士の姿もよく見られるようになり、女性の職場とされた保育現場は過去のものとなった。

それは女性の活躍が社会の各所で進み、例えば「山の神様が嫉妬して事故が起きる」という理由で長らく女人禁制とされていた山のトンネル掘削工事に「ドボジョ(土木女子)」技師の参加が受容され始めたのと同様だ。いまや保育所や保育園は大人の男性の職場でもあることに、私たちは社会として合意している。

そんな中で、「男性保育士活躍推進プランを策定した」との熊谷俊人・千葉市長のツイッター投稿をきっかけに、「男性保育士による女児の着替えやおむつ替えを容認できるかどうか」との論議がSNSやニュースサイトで沸騰。これまで保護者たちの間で静かに沈殿していた男性保育士への抵抗感が顕在化した格好だ。

熊谷俊人・千葉市長はツイッターでこう指摘する。

「(男性保育士活躍推進プラン策定について)女児の保護者の『うちの子を着替えさせないで』要望が通ってきた等の課題が背景にあります。女性なら社会問題になる事案です」

「娘を男性保育士に着替えさせたくないと言う人は、同様に息子を女性保育士に着替えさせるべきではないわけですが、そんな人は見たことがありません。社会が考慮するに足る理由無しに性による区別をすることは差別です。女性活躍を進める中だからこそ、真剣に日本社会が議論し、乗り越えるべき課題です」

■「男の先生にうちの娘を着替えさせないで」という心理は統計的に正当化されるか

だが、保護者をはじめとする人々の反応の中には、成人男性から幼い女児への性的関心や性暴力などを根拠とした警戒心をあらわにするものも多い。

「性犯罪加害者の9割は男性。抵抗のできない幼い子供と成人男性という、明確な力の差がある関係性の中で、実際に男性保育士による性的いたずらなどの事件が起きている以上、保護者が男性保育士に不安を覚えるのは当然の心理」

確かに男性保育士による事件は起き、報道で耳にしたことも一度ではない。そもそも世の性犯罪全体の加害者の9割が男性という話が一人歩きしているが、実際の統計では9割どころか99.8%なのだという(『平成27年版犯罪白書』第6編 性犯罪者の実態と再犯防止)。

では、実際の男性保育士による性犯罪の発生率がどれほど高いのか、それを示す統計がどこにあるのかとメディア中がやっきになって探したものの、見当たらないというのが現状だ。小中学校や高校の男性教諭による未成年を対象とした性犯罪の方がはるかに件数は多く、それらの報道と印象が混ざってしまった結果ではないかとの指摘もある。

熊谷氏は、そういった「印象論」を「漠然とした懸念レベル」「生理的に嫌という感情」と評しつつ、こう反論する。

「男性保育士が女児を世話することに嫌悪感を感じ、区別を求める多くが女性という点が面白いですね。今まで差別や不利益を被ってきた多くが女性側であったこともあり、女性側に男性の不利益に関してまだ意識が十分でないこと、特に性に関することについては女性側の男性への不信も根強いことも分かります」

もちろん、犯罪率のいかんにかかわらず、女児に対する性犯罪が実際に起こっている以上、大切なのは印象論の応酬よりも徹底的な予防策のほうだ。私が欧州で子育てをしていた時に衝撃的を受けたのは、スイスでも英国でも、子供達の遠足の引率にボランティアの保護者としてついていくだけだというのに(しかも先生からお願いされた立場だというのに)、誓約書に署名をさせられたことだった。「私には性犯罪歴はありません。子供を対象とした性的嗜好を持っていません。もしその疑いを持たれたり、行為に手を染めたりした場合、御校の規定する法的手続きに従うことを承諾します」と、宣誓させられたのだ。欧州の幼稚園や小学校において、小児性愛に対する警戒心は日本の比ではなかったのである。

日本でも、保育所での採用時に、採用対象が女性であっても男性であっても、性犯罪歴の照会や法遵守の誓約書証明などのスクリーニングをするのは決してやりすぎではなく、抑止力として十分な効果があるだろう。それを「保育の安心品質」として売りにする保育サービスが出れば、保護者は不信感ゆえの差別意識など持つ必要なく、保育する側も利用する側も共に気持ちよく過ごせる保育文化が普及するのではないかと、私は考えている。

■男性保育士の必要性

保育士の登録数と就業状況を知るには、5年ごとに行われる国勢調査が詳しい。2015年度の調査結果では保育士登録者数は119万人、うち男性保育士は5万人(4%)。さらに就業率に目を向けると、女性保育士は登録数のうち42%、男性保育士は24%にとどまり、フルタイム、パートタイムにかかわらず実働する男性保育士は全国で1万人程度ということになる。男性保育士の就業率が24%に過ぎないのは、賃金や環境などの待遇面に大きな課題があるため、就業しにくく離職しやすいのが原因だ。

だが、たとえごく少数であっても男性保育士が保育の現場へと進出していくことで、実際の保育の様子を見た保護者の側に「男性保育士はいい」と意識の変化も見られている。女性保育士とは異なる切り口からの子供との遊び方や心理的サポートが、子供たちのバランスの取れた心身の成長を促していると感じる保護者も多い。

熊谷氏も同様のツイートをして、男性保育士による保育活動を支持している。

「私も娘と息子が通う保育所に男性保育士が入り、子供たちが楽しそうに遊んでいるのを見て、『家庭の育児で男性の役割があるように、長く保育する保育所でも男性が居る方が幅広い保育が可能』と感じました」

男女共同参画社会基本法 第十条には「国民は、職域、学校、地域、家庭その他の社会のあらゆる分野において、基本理念にのっとり、男女共同参画社会の形成に寄与するように努めなければならない」とある。「女の聖域」「男の聖域」という職場意識にメスを入れることが同法の意義でもあった。

女性活躍推進の文脈では、子育て世代の有配偶女性の就業率を上げる意図から待機児童の解消が望まれる。しかし待機児童問題は保育所というハコ自体の不足よりも、待遇や労働条件の悪さを原因とする慢性的な人手不足の方に、より深刻さがある。そのような状況下で男性保育士への逆差別心理が手付かずで残っていることに、熊谷・千葉市長が危機感を覚えたのは十分に理解できることではないだろうか。

■「おむつ替え」が築く信頼感

女児の着替えや排泄は女性保育士、男児は男性保育士が担当することは「同性介助」と呼ばれ、児童が精神的に発達することで羞恥心などの感情が芽生えたときに、その心理負担を取り除く目的で、保育側の配慮で行われる。だが、それを保護者が自らの「印象」や不安、生理的嫌悪感から保育所へ要求するケースも決して少なくない。

しかし、保育の日常業務発生率において、園庭での遊びは85.6%である一方、着替えの発生率は99.6%、排泄の対応は87.2%に上る(厚生労働省 第3回保育士等確保対策検討会資料より『保育士1人1日あたりの主な業務の時間及び業務発生率』)。人手不足の現場で、保育士の性別を選んで業務を割り振っていては仕事が回らない。

また、「排泄の対応程度なら同性がやればいいじゃないか」との考え方にも、子育て経験のある保護者や保育の専門家から疑問が上がる。おむつをしている赤ん坊や、まだ幼い子供にとって、排泄の介助対応をしてもらうことは信頼感を築く上で大きな要素となる。日常の保育活動の中に排泄や着替えは自然と存在するものだ。

それだけを切り取って別の担当を付けるといった分断した活動は、むしろ例えば女児に対してなら「男性の先生は私のトイレットトレーニングや着替えを手伝ってくれないのはなぜ」と疑問を持たせる。これは、大人たちの隠れた事情や理由に気付かせ、かえって固定したジェンダー観を早期から強調して教えることになる。男女分け隔てない対応のほうが、子供の視線からすれば自然なのだ。

それでも特に男性保育士たちは、「あの先生におむつ替えをして欲しくない」「プールに一緒に入って欲しくない」など保護者から名指しされる職場環境にあり、理不尽と感じながらも黙って保護者感情を受け入れてきた。これが「男性保育士」進出以来の歴史であり、それゆえの実働率の低さなのだろう。

■これは「差別」か「区別」か

SNS上の反応の中には、「子育ての延長なのだから、保育士はもともと女性の方が適任。今までだって保母さんだけでやってきたのに、なぜわざわざ男性保育士に女児を扱わせるのか。嫌がる人がいるならやめたほうがいい。それは差別じゃなくて区別でしょ」というような主旨の、無邪気で屈託のない意見も散見される。特にまだ子育てに現実味のない、若い世代に顕著だ。

だが「これは差別じゃなくて区別」というダブルスタンダードに疑いを持たない人は、本人が男性であれ女性であれ、翻って同じ基準が自分に適用されることに同意署名していると、気付いているだろうか。例えば女性は、「女子学生率」を意図的に抑えてきた医学部などが、明らかな参入障壁を設けて自ら数を制御しておきながら、「医者は体力も知力も必要で女には不向き。数が少ないのがその証拠で、歴史が証明している」としてきたかつてのもの言いを、「区別」として受け入れるのだろうか。

熊谷市長はツイッター議論の終盤で、こう締めくくっている。

「千葉市の男性活躍推進プランに対するご意見を見ても、男性保育士に対する性差別を認識せず『差別ではない区別だ』とする人が多くはないものの一定数居ることが分かります。女性の場合と異なる基準になっていることをご本人も気付かない状況に、男女共同参画の真の理念を社会が共有すべきと感じます」

熊谷氏がツイッターで投げかけた言葉は、大きな波紋を生んだ。だが、その波に洗われたことで、私たちが既存の社会で生得的に身に付けてきただけの印象論から脱することなく、根本の性差別に疑いを持たずにいる姿勢があらわとなったことにも気付きたい。

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河崎環(かわさきたまき)
1973年京都生まれ、神奈川県育ち。桜蔭学園中高から転勤で大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、テレビ・ラジオなどで執筆・出演多数。多岐にわたる分野での記事・コラム執筆をつづけている。子どもは、20歳の長女、11歳の長男の2人。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)。

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(フリーライター/コラムニスト 河崎 環)