璃子(石井杏奈)を出産した翌晩に妻が亡くなり、以来男手一つで璃子を育ててきた肇(柳家喬太郎)。2人の広島弁のやり取りにほっこり/(C)「スプリング、ハズ、カム」製作委員会

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■ 【連載】聖地巡礼さんぽ〜あの作品の街を歩く〜Vol.30

【写真を見る】3人が並んで腰をかけた「祖師谷公園」入口広場のベンチ。広々とした「はらっぱ」が眼前に広がる

漫画や映画、ドラマなど、人気作品の舞台となった街を散策し、“住みたい街”としての魅力を深堀していく本連載。ここからみんなの“住みたい街”が見つかるかも?

第30回で紹介するのは、映画初主演を務める落語界の鬼才・柳家喬太郎と、E-girlsの石井杏奈が父娘役で共演した映画「スプリング、ハズ、カム」(2/18〜全国順次公開)。シングルファーザーの時田肇(柳家)が、春から東京の大学に通う娘・璃子(石井)のため、2人で広島から上京して部屋探しをする、何気ないけれど一生忘れることのない一日を追ったヒューマンストーリーだ。

本作のメガホンをとった吉野竜平監督は、物語の舞台として選んだ“祖師ヶ谷大蔵”を「街全体にゆったりとした時間が流れていて、飾り気のない下町感が魅力的です」と語る。また偶然にも、柳家喬太郎が子供時代を過ごした街でもあるといい、不思議な縁に導かれたように、作品の世界と街の空気感が見事にマッチしている。

実際に映画に登場したお店やスポットの取材を通して見えてきた“祖師ヶ谷大蔵”の魅力を、監督のコメントと共に紹介していきます。

■ 「祖師谷公園」

不動産屋の酒巻(東京03・角田晃広)の案内で物件を巡るなか、璃子は3軒目に訪れたアパートを気に入り、無事に部屋は決定。暮らす街を知っておこうと駅までの道を散策することにした2人は、案内してくれた大家さん(柳川慶子)と共に「祖師谷公園」でひと休みする。

腰を下ろしたベンチが、亡くなったご主人とのお気に入りの場所だったと話す大家さん。「今のうちに娘さんといっぱいお話しておきなさい。あとになってもっとおしゃべりしとけばよかったって思うから」と、肇にアドバイスを贈る。

そして、目の前の「はらっぱ」で自転車の練習をする少女と父親の姿に、自分たちを重ねる肇。吉野竜平監督は「休みの日には広い芝生のスペースで沢山の親子連れが遊んでいるので、この映画にぴったりだなと思いました」と言う。

しんみりとしたシーンから一転。公園内で山村紅葉主演の二時間サスペンスの撮影現場に遭遇し、物語は予想外の展開に発展する。

■ 「やおきゅう」

大家さんが「私はここで夕飯の買い物をしていきますから。お野菜はここで買うといいわよ」と言って時田親子と別れ、入っていくお店が「やおきゅう」。

1958(昭和33)年に創業し、現在は二代目が兄弟で切り盛りしている八百屋さんだ。

取材に対応してくださった弟の飯嶋勉さんに、生まれ育った“祖師ヶ谷大蔵”について聞くと、「活気のある商店街が特徴。来てくれる地元のお客さんもみなさん元気で明るい印象です。近くにある保育園の帰りに寄ってくれる方が多く、『焼き芋ちょーだい』と言ってくる子供がかわいいですね。売り切れていると泣いて帰っていく子もいます(笑)」と話してくれた。

ちなみに、映画の撮影はお店の営業中に行われたそうで、その時に店に立っていた飯嶋勉さんもひそかに出演しています!

■ 「喫茶 黒田珈琲」

大家さんと別れ、「喫茶 黒田珈琲」で一息つく肇と璃子。ついウトウトと居眠りをする父に、「どこでも寝よるんじゃけぇ。こたつで寝ちゃだめよ。風邪引くけぇ。起こす人おらんくなるけぇね」と言う娘のセリフが、いじらしくもせつない。

「喫茶 黒田珈琲」は、自家焙煎のコーヒーが味わえる喫茶店。種類豊富な自家製フードメニューも人気で、特にホットケーキ(550円)はファンが多い。また、定期的に行われる読書会やコーヒー講座などのイベントを、毎回楽しみにしている人も増えている。

「いつも地元のお客さん達でにぎわっています。落ち着いたお店の雰囲気が好きで、祖師谷に行った際は、よくここで休憩していました。スタッフの方とお客さんが楽しそうに話していたり、まさに地元から愛される“まちの喫茶店”という雰囲気が魅力的です」(吉野竜平監督)。

最後に、オーナーの黒田康裕さんに“祖師ヶ谷大蔵”のいいところを質問。「山の手っぽいイメージがあるけれど、実は下町っぽさがある街。人情味が残り、街に一体感があります。物価も安いので生活しやすいと思いますよ」。

■ 「ウルトラマン商店街」

円谷プロダクションの旧本社が砧7丁目に、創業者・円谷英二の自宅が祖師谷3丁目にあったことから、“ウルトラマン発祥の地”と呼ばれていた“祖師ヶ谷大蔵”。2005年からは祖師ヶ谷大蔵駅周辺の3つの商店街、「祖師谷みなみ商店街振興組合」「祖師谷商店街振興組合」「祖師谷昇進会商店街振興組合」を「ウルトラマン商店街」と総称し、街を盛り上げている。

駅前に立つウルトラマンのシンボル像をはじめ、入口のアーチ、案内掲示板、モニュメント、さらに商店街限定グッズなど、いたるところにウルトラマンを発見できるとあって、マニアにはたまらないスポットに。吉野竜平監督も「個人的には子供のころウルトラマンが大好きだったので、ウルトラマンのキャラクターにあふれた街での生活は本当にうらやましいです」と言うほど。

そして劇中で、商店街をぶらぶらと歩く肇と璃子が「街灯が全部ウルトラマンになっとるね」と反応。夜道を照らす街路灯もウルトラマンのモチーフになっているのだ。

ウルトラマンというキャラクターの魅力はもちろん、取材していて一番感じたのは、街を盛り上げようという商店街の方たちの強い結束力。実際、急なお願いにも関わらず、1枚の写真を撮るためだけに3つの商店街から人が集まってくれて感激でした! ※集まってくださったのは、高橋茶舗の高橋泰幸さん、石狩屋青果店の我部山正和さん、紙魚書房の宗田薫さん、商店街事務員の山口恵子さん、長島不動産の山中茂さん、やまと家の太田博文さん、小島米店の小島孝さん、祖師谷書房の古木努さん。

取材の窓口になってくださった祖師谷みなみ商店街の理事長・小島孝さんは、「(祖師ヶ谷大蔵は)地域密着型で郷土愛にあふれる街。各商店は住んでいる人に支えられていて、それぞれが住んでいる街をいい街にしたいという思いが強く、常に活性化をはかっています」と話し、さらに今回の映画をきっかけに「映画と同じ場所で写真を撮ったり、思い出のロケ地になってくれたらうれしい」とほほ笑む。

■ 「コルカタ 祖師谷店」

最後に紹介するのは、肇と璃子が道に迷ったインド人夫婦を案内していった「コルカタ 祖師谷店」。店内では若いインド人夫婦の結婚パーティーが開かれていて、2人もお礼として招待される。

「コルカタ 祖師谷店」は、祖師谷のほか砧、千歳船橋、成城にも店舗を展開する本格派のインディアンレストラン。本場の味をリーズナブルに味わえると、口コミでの評価が高い隠れた名店だ。

「カレーの味もさることながら、店長さんの優しい人柄に魅かれ、撮影をお願いさせていただきました。店長さんにもご出演いただき、映画の中ではノリノリで踊ってらっしゃいます」(吉野竜平監督)というように、フレンドリーな雰囲気も人気の秘密!

“祖師ヶ谷大蔵”という街について「商店街には昭和っぽい雰囲気の定食屋さんや豆腐屋さん、クリーニング屋さんなどが営業していて、歩いているだけでのんびりした気分になれます。ですが、路地を一本入ったところにお洒落なカフェやバーがひっそりとあったりもして、“下町”という言葉だけではくくれない多彩な顔を持った街でもあります」と語る吉野竜平監督。

劇中では、大家さんのセリフで「お隣の成城学園は高級住宅地だけど、このへんは畑がところどころにあってのどかなところでしょう。昔ながらの商店街もあるし、東京1年生が住むにはもってこいの場所だと思うわ」と評している。

確かに取材前は、隣の成城学園前のイメージに引っ張られた印象があったけれど、訪れて一変。どの世代でも見ればテンションが上がるウルトラマン、常に人でにぎわう商店街、商店の方々の優しいお出迎え。祖師ヶ谷大蔵がこんなに見どころあふれる人情の街だったとは!

それを裏付けるような、こんなエピソードも。

「祖師谷での撮影中、たまたま通りかかった地元のおばさんから大量のドーナツをいただきました。『足りなければもっと買ってくるから!』と言って、名も告げず風のように去って行ったおばさん。スタッフ一同あっけにとられて、ろくにお礼も言えませんでしたが、ご馳走様でした。ドーナツ、美味しかったです」(吉野竜平監督)。

新宿まで電車で1本、約22分で行ける好アクセスでありつつ、璃子のような“東京1年生”でもすんなりと入っていける安心感や包容力、街を訪れた人を迎え入れてくれる温かさが魅力の祖師ヶ谷大蔵。“ドーナツのおば様”ご本人に、どうか監督のメッセージが届きますように!【東京ウォーカー/小林未亜】

第31弾は3月上旬配信予定