青木愛さんがシンクロから離れない理由とは

 目標を持って生きる大切さ。

 一つの目標を果たしたところで、人生においてそれはあくまで通過点に過ぎないのだと、彼女たちは教えてくれる。元シンクロナイズドスイミング日本代表の青木愛さん(08年北京五輪出場)と元ショートトラックスピードスケート日本代表の勅使川原郁恵さん(98年長野五輪、02年ソルトレイクシティ五輪、06年トリノ3大会連続出場)は五輪出場という目標を叶え、現役を引退してからもセカンドキャリアで輝きを放っている。

 青木さんはチーム最年少の23歳で北京五輪に出場しながら、大会後に引退を決意する。迷いはなかった。

「母親の病気のことが一番の理由ですが、プラスして先輩たちがやめるという話を聞いていたので、今が自分のやめどきなのかな、と。元々、人を引っ張っていくタイプじゃないと思っていましたから」

 引退後はスポーツコメンテーターとして活動しながらも、後進の指導などシンクロから離れることはなかった。

「やはりシンクロが好きなので何らかの形でかかわっていきたいと考えていました。引退した立場で後輩のみんなのために私なりに何ができるのか考えると、それは約12時間に及ぶ過酷な練習を日々こなしている彼女たちの思いを聞き、メディアを通じてファンのみなさんに伝えること。それが今の私のやりたいことです。

 シンクロの魅力、素晴らしさを多くの人に伝えたい。でもシンクロだけではなく、スポーツというものが今の私をつくってくれたので、目標としては様々な競技にかかわりながら魅力をきちんと伝える仕事をしていけたらと思いますね。2020年には東京五輪があるので、そこに向かって頑張りたい」

「健康」をキーワードに多くの資格を取得している勅使川原さん

 人の前に出る仕事などいろんなことにチャレンジするのは、その目標に近づくため。一方でスイミングなど水に入る習慣は大切にしており、アスリートとして心も体も磨く日々を送っている。

 勅使川原さんは五輪に3大会連続で出場し、もうひとつの目標であったメダルにはあと一歩届かなかった。

 27歳で現役を引退後、解説などスケートに携わる一方で、「健康」をキーワードに多くの資格を取得。ウォーキング指導者、食育インストラクター、雑穀マイスター、温泉ソムリエ、睡眠改善インストラクター、ピラティスインストラクターなど免許、資格を数多く持っている。

「現役時代には自分のコンディションは自分でしっかりと整えなければいけないなと思っていたので、食事、栄養に関しては気をつけていました。大学も体育学部で、栄養学などを習っていましたから。引退して自分の時間ができたので、じゃあ、もっと知識を増やしたいと思ったのが(資格を取る)きっかけでしたね。

 ピラティスも一緒です。現役時代から体幹トレーニングでバランスを整えていて、それってピラティスと同様の原理なんですよ。だから資格を取って、みなさんにレッスンできたらいいなと思いました。基本、人間は正しい姿勢で生活しないと、どこか調子が悪くなってしまいがちです。体幹をしっかりとさせて、いい姿勢を保つことが健康に役立つのかなと思っています。私の今の目標は赤ちゃんから年配の方まですべての皆さんの健康を維持できるサポートをすること。凄く大きな目標ですが(笑)、そのために食事、運動、睡眠の資格を取り、健康スペシャリストになりたいと考えました」

2人とも「負けず嫌い」自認、青木さん「乗り越えられないものはない」

 現役時代に取り組んできたことで、社会に何かしらの貢献ができる。健康スペシャリストという大きな生き甲斐が、彼女を再び輝かせている。

 結局は2人とも自らの強い意思でセカンドキャリアを、次なる目標を定めている。自分で決めたことだから、現役生活と同じようにまい進できるのかもしれない。

 青木さんは言う。

「シンクロであれだけ過酷な練習をしてきたから乗り越えられないものはないという感じです。人生であれほど怒られることもないと思いますし。何でもチャレンジできる心はシンクロで鍛えられました」

 勅使川原さんは言う。

「スケートで頑張った自分がいるからどんなことにもチャレンジできる。そういう強い気持ちはスケートが教えてくれたもの。自分をしっかり育ててくれたスケートには、本当にありがとうと言いたいですね」

 2人とも「負けず嫌い」と自己分析する。次なる目標に向かって彼女たちはチャレンジを続けている。

二宮寿朗●文 text by Toshio Ninomiya
近藤俊哉●写真 Photo by Toshiya Kondo