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メッセージングサービス「Snapchat」やメガネ型ウエアラブルデバイス「Spectacles」を開発・提供する米Snapが米国証券取引委員会 (SEC)に新規株式公開申請書(S-1)を提出した。中国Alibaba Group(阿里巴巴)以来の大型IPOになると期待されている。通常S-1では財務諸表や会社のリスク要素など投資判断に必要な情報に注目が集まるが、SnapのS-1で印象に残るのは「変化を起こす力」だ。スティーブ・ジョブズ氏やジェフ・ベゾス氏を思い起こさせるユニークなS-1となった。

まず背景を説明すると、Snapの新規株式公開では、ユーザーあたりの売上コスト(Cost of Revenue)やユーザーあたりの総コストが上昇し続けているのが懸念されている。Snapchatの場合、売上コストにはホスティング費用、コンテンツパートナーへの支払いなどが含まれる。Twitterが上場した時、ユーザーあたりの売上コストはほぼ横ばいで安定していた。だから、ユーザーの増加、広告などによるユーザーあたりの売上の上昇が将来的に安定した成長につながる見通しが立った。Snapの場合、コストの上昇が利益の重しになっている。その点について、S-1の「戦略とビジネス機会」でSnapは次のように述べている。

生み出される売り上げを、将来の製品のイノベーションに投資することでビジネスを成長させる。誰でもすぐに、そして無料でプロダクトを提供できる時代では、(流通やコストが競争上の優位性にはならない。だから) 人々を最も引き付けるプロダクトを作り出すためにイノベートすることが競争を勝ち抜く最善の方法になる。

カメラ・プラットフォーム(Snapは自身を「カメラ会社」と定義している)を改善し、長期にわたってユーザーを引き付けられるように、我々はリスクを恐れずに未来の製品のイノベーションに徹底して投資する。

進化を加速させるために、利益を大胆に製品開発やR&Dに投じるというとAmazonが有名だが、現在の数字を見る限り、Snapも将来を見据えて大胆に投資している。

我々の製品は、よく新しいテクノロジを採用し、例えばカメラを用いて友達と話すなど、人々に行動の変化を求める。開発には多くの時間と資金が必要であり、普及率は鈍化するかもしれない。最終的に利益を生めない投資も出てくるが、それでも最高で、そして他にはない製品を作り出すためにリスクをとる。

「Stories」を開始した時にそれまでのSnapchatとは異なる使用スタイルに戸惑うユーザーもいたが、Snapが製品をイノベートする過程では、そうした「短期的にユーザーのエンゲージメントが犠牲になることもある」と明言している。

ユーザーのための最高の製品を目指しながら、そのためにユーザーに不便を強いることもあるというのは、ユーザーを新たな体験に連れて行くためにMacからレガシーポートや光学式ドライブの排除を実行したスティーブ・ジョブズ氏を思い出させる。株主の利益は、優れた製品開発に集中した結果というのもジョブズ氏と同じだ。SnapのS-1はユーザーの耳に心地良く、かつてのAppleとMicrosoftの関係と同じように、特にアンチFacebookな人に響く。

だが、それが投資家の心を動かすかというと別の話である。「2017 YC Annual Letter」の中で、Y CombinatorのSam Altman氏が、2017年はハイパースケールの時代と指摘している。メトカーフの法則が示すように、ネットワークの価値を活かしたプラットフォーム企業、Amazon、Facebook、Google、Apple、Microsoftなどがこれまで以上にパワフルな力を発揮する。反トラストの動きでも起こらない限り、このトレンドは変わらないとAltman氏は予測する。スタートアップにとっては厳しい時代だ。長いものに巻かれない限り、独自に大きく成長していくのは難しい。実際、Snapがアイディアを出し、若い層を中心に熱心なユーザーを開拓しても、Facebook傘下のInstagramやWhatsApp、そしてFacebookが、Snapchatの人気機能を真似ておいしいところを持っていってしまっている。SnapのS-1は、Facebookによる対抗策でSnapchatのDAU(1日当りアクティブユーザー数)に早くも陰りが見えてきたことを、投資家に攻められないための予防線とも読める。

ただ、Y CombinatorのAltman氏は、こうも書いているのだ。「(ハイパースケールの時代が)スタートアップにもたらす影響を(起業家は)慎重に考えなければならない。これらの企業(プラットフォーマー)が必然的に力を発揮できないエリアがある。そうしたところからスタートするべきだ」。

2016年に6,520億ドルだった世界の広告支出は2020年には7,670億ドルに増加する。最も伸びているのはモバイル広告であり、660億ドルから1,960億ドルになる。その背景にはTVよりもスマートフォンを優先する若い層の拡大がある。Nielsenによると、2010年に比べて18歳〜24歳の層がTVでのTV番組視聴に費やす時間は35%も減少した。そうしたシフトが今後さらに加速する。現在スマートフォンユーザーは全世界に広がろうとしているが、広告支出は上位10カ国で70%に達し、モバイル広告だと85%近くになる。SnapchatのDAUは6,000万人が米国、1,000万人が英国など、60%以上が広告支出の上位10カ国である。S-1の中でSnapは、まずはそうした市場に集中すると宣言している。

・製品サービス開発やR&Dに積極投資
・ユニークで先進的なサービスを生み出す
・モバイル広告が活発な市場やユーザー層を中心に展開

Snapが開発する製品・サービスは、Facebookのように「全世界の人々を結ぶ」と宣言できるようなものではない。ユーザーの伸びは不透明だ。最終的に利益につながらない試みや失敗も少なくないだろう。しかし、本当にユニークで優れた製品・サービスは熱心なユーザーに支持される。そしてモバイル広告が活発な市場、質の高いユーザーをターゲットに、実のなる市場から浸透し始めることで効果的に利益を上げていく。

ハイパースケールの時代に上場を目指すスタートアップとしては理にかなった戦略である。素晴らしい製品・サービスが必ずしも成功するとは限らない。ハイパースケールの時代ならなおさらだ。だが、Snapはこれまでの活動から、時勢を読み、新たな市場を開拓するアイディアと実行力も備えていることを証明してきただけに、大物食いへの期待が高まる。

(Yoichi Yamashita)