ドビュッシーやロルカを魅了:消えゆくサクロモンテ・フラメンコのルーツを探る

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ドビュッシー、ファリャ、ロルカなど数多くの芸術家を魅了し、世界的なフラメンコ・アーティストを多数輩出した、フラメンコの聖地サクロモンテ。この地の洞窟には、かつて迫害を受けたロマたちが集い、独自の文化を形成していた。

ここで生まれた洞窟フラメンコの力強く情熱的な踊りや歌は多くの人を魅了したが、1963年にサクロモンテを襲った水害のせいで、ロマたちは住む場所を奪われてしまった……。現在上映中のドキュメンタリー映画『サクロモンテの丘〜ロマの洞窟フラメンコ』は、失われたサクロモンテの黄金時代を生き抜いてきたダンサー、歌い手、ギタリストたちにインタビューを敢行。その言葉を通して、このフラメンコ・コミュニティーのルーツと記憶を探っている。そこで今回は、本作を手がけたチュス・グティエレス監督に、サクロモンテのフラメンコの魅力について聞いた。

-この映画を観ていると、フラメンコのリズムが迫力満点なので、思わず映画館の中で拍手したくなります。

なんてステキな言葉なんでしょう! そうやって観ていただけたらうれしいですね。



-作中に登場するダンサーやミュージシャンたちは、椅子を半円に並べて歌ったり踊ったりしていましたが、あれはかつて洞窟の中で演奏していたというサクロモンテの人たちの演奏スタイルを再現したものなのでしょうか?

その通りなんですが、それを説明するためにはまずは歴史の話をしなければいけません。一説によると、ヒターノ(ロマ)たちがスペインのグラナダに着いたのは1492年、レコンキスタ(キリスト教国によるイベリア半島の再征服活動)でグラナダが陥落された頃だと言われています。当時の歴史はややこしいんですが、キリスト教国が進軍したときにヒターノたちも一緒についてきたんです。

-ヒターノは何をしていたのでしょうか?

当時のヒターノの人は鍛冶屋に従事する人が多かったんです。ちょうどレコンキスタで進軍するにあたって、銃などの武器が必要となるため、彼らも軍隊と一緒についてきたんです。洞窟というのはもともとイスラム教徒たちが使っていたところだったんですが、ヒターノがそこにたどり着いた際にそこを占拠した、という歴史があります。

-なるほど。

サクロモンテには小さな教会があって、そこが巡礼地になっていました。ですから、観光客もたくさん通ってきたわけです。先ほど言った通り、ヒターノの人たちは鍛冶屋さんが多かったから、そこでいろんな鉄の商品を自分たちで作って売っていたんです。そしてその時に一緒にフラメンコをショーとして見せていました。洞窟という限られた空間の中で観光客がショーを観られるように、みんなが丸くなって、洞窟沿いに一番広い空間ができるようにしたんです。それにはあの配置が一番いい形だったわけです。

-洞窟はヒターノにとっての居住空間でもあったわけですか?

そう。彼らはそこに住んでいて、そしてそこで踊っていたのです。



-チュス監督はグラナダ出身だと聞きましたが、フラメンコには小さい頃から親しんできた?

そうですね。わたしはグラナダ生まれですが、実は8歳のときに、家族と一緒にマドリッドに移り住んだので、そこからは離れていたんです。でも本作の案内人であるクーロ・アルバイシンさんのことは、10歳とか12歳くらいの時から知っていました。

-フラメンコのルーツはグラナダのあたりなのでしょうか?

フラメンコの起源がどこだったかは誰にも分かりませんが、アンダルシア地方全体から広がったものだと言われています。今となってはスペイン全土で親しまれている音楽だと言えます。

-フラメンコはどのように受け継がれてきたのでしょうか?

今はもちろん音楽学校がありますが、昔は学校なんかなかった。口伝えで伝承されていたものだったんです。ですから、うまいダンサーや歌手が口伝えで教えていって、スペイン全土に広がったものだと言えます。

-今回のドキュメンタリー映画でサクロモンテのフラメンコを題材にしたのは?

もともとヒターノの人たちは差別される側にいましたし、今でも差別されています。特にサクロモンテのフラメンコというのは、フラメンコの世界からも無視され、差別されてきたものでした。純粋なカンテ(フラメンコの歌)を格付けする人たちにとって、サクロモンテのフラメンコは、観光客相手にやっているフラメンコだと軽く見られてきたのです。

-だからこそ、記録しておかねばならないという使命感が生まれたのですね。

そうですね。とにかくサクロモンテというのは特別な場所なのです。目の前にはアルハンブラ宮殿がありますし、その後ろには聖なる山があります。グラナダはわたしの故郷ということもあるんですが、この映画の案内役となるクーロ・アルバイシンさんに再会したということも幸運だった。常に彼はサクロモンテのフラメンコの記憶を失わせちゃいけないと戦い続けてきた。だから彼がいなかったら、自分にはこの映画が作れなかったと思います。

-出演者の中には、この映画を撮った後に亡くなった方もいらっしゃったと聞きました。この映画はやはり記録として重要なものだったんだと思います。

少なくとも、当時の記憶をとどめることはできたと思います。今回、サクロモンテのドキュメンタリーを撮ろうと思って、調査・研究をしたんですが、昔の映像がほとんど残っていなかったんですよ。他の地域のフラメンコ映像はたくさん残っているのに、サクロモンテのフラメンコ映像は残っていなかった。だからここで、彼らのことを記録しなきゃいけないと思ったんです。


CHUS GUTIERREZ
チュス・グティエレス 1962年、グラナダ生まれ。CMディレクターとしてキャリアをスタート。現在ではスペインの中でも信望が厚く重要な監督の一人である。子供の頃に初めて両親にタブラオに連れていかれて以来、何度もサクロモンテを訪れ、サンブラと関わり続けている。1995年の『アルマ・ヒターナ/アントニオとルシアの恋』ではサクロモンテの重要なアーティストの協力を得て、非ロマとロマとの共存を描いている。また『世界でいつも・・・』(2003年)『ヒステリック・マドリッド』(2004年)『デリリオ -歓喜のサルサ-』(2014年)はいずれもラテンビート映画祭で上映された。

『サクロモンテの丘〜ロマの洞窟フラメンコ』
監督:チュス・グティエレス
参加アーティスト:クーロ・アルバイシン、ラ・モナ、ライムンド・エレディア、ラ・ポロナ、マノレーテ、ペペ・アビチュエラ、マリキージャ、クキ、ハイメ・エル・パロン、フアン・アンドレス・マジャ、チョンチ・エレディアほか
有楽町スバル座、アップリンク渋谷ほか全国で公開中。
http://www.uplink.co.jp/sacromonte/